27話
ノクスとの間に嵐が吹き荒れた。比喩でもなんでもない。本当に嵐だ。服がはためくなんてレベルではない。直立することも難しい。もしノクスに向かって、さっきと同じように跳べば、辿り着く前に押し返されるのが目に見えていた。
ノクスの哄笑が響く。嵐にも負けない声は酷く気に障る。
(集中を切らすな!)
嵐を掻き分けるように視線をグルグルと回す。視界が悪いわけではないが、突然致命的な一撃が飛んでこないとはとても言えない。
視界の隅にはウィリアムの姿があった。彼を守るようなことはしないつもりだが、それでも息を合わせる必要がある。だからけして集中は乱せなかった。
ノクスが右腕を振り上げる。次の瞬間、彼の背後に幾つもの光が点々と溢れ出した。経験が、攻撃の種類を連想させる。でも合っていたとしたら、今までに見たことがない規模だった。とにかく前に出ながら、武器を構えて力を必要な場所へ振り分けていく。
「穿て」
呟くような声だ。それなのに耳元でささやかれたみたいに良く聞こえた。彼の背後はいよいよ満天の星空のようになり、光が零れだした。
「来るぞ!」
叫びながら足を前へ前へと突き動かす。それを阻むかのように、零れた光が線となって迫る。
(舐めやがって!)
光線は敢えてなのか隙間がある。雨のように振られたらかなり難しかっただろうが、まだ避けられる箇所が十分にあった。ましてや、今の自分なら多少の困難こそあるが避けるだけなら難しくは無かった。
「先に行くぞ!」
横目に見えるウィリアムも自分ほどではないがきちんと避けられているようだった。だから煽るように声を掛けてから速度を上げる。そうすれば直ぐにでも速度のあがった足音が聞こえてくる。やっぱり凄い奴だと感心するばかりだ。
(でもやっぱり届きそうにはない……文様をどうにかしないとな)
ノクスに届きそうな場所へは辿り着けた。しかし、攻撃の手は益々過激になってきた。おまけにノクスが新たな魔法を繰り出そうとしているし、背後の文様も光も、枯れる様子を見せない。お陰で手詰まりに見えてしまう。でもなんとかしなければ終わってしまう。ウィリアムと並んで前で棒立ちは勘弁願いたかった。
「ん? なるほど! 流石だプロト!」
突如として自分の前で魔力の歪みが生まれた。すわノクスかと思ったが、彼の目線は自分と同じものだった。直後、再び冷気が一気に溢れ出して氷の壁が生み出される。
現れた氷の壁は分厚く、氷山のようだった。でも現れてから直ぐに罅が入り始め、揺れる。それがノクスの攻撃を受け止めているからだと簡単に想像がつく。しかしそれ以上に目を引いたのは表面の凹凸だった。
意図的か、あるいはそうなったのかは分からなかったが、氷の壁には沢山の凹凸があった。勿論、氷の壁だから登るのはかなりの困難だ。でも今の自分ならばという思いがあったし、最悪双刃剣やナイフを刺して行けばいいと思ったのも事実だった。
(よし、これなら蹴りで行ける)
氷はノクスの攻撃であっという間に罅が入ったように、硬さはそこまででもない。だから今の自分が蹴り込めば、強引に取っ掛かりを創れた。下では、それをウィリアムが階段代わりに使う音がする。
(ウィリアムが間に合うかは分かんねぇか)
罅はどんどお深さと数を増している。だから自分が登り切る前に壊れる可能性も考えられた。とにかく急ぐほかない。ウィリアムには悪いが彼の事までは現状考えられない。
「見えた!」
登り切り、頂上を一気に越す。するとさっきまで消えていた風を再び全身で浴びる。同時に致命的な罅の音が響いた。
「間に合え!」
氷の壁を足蹴に、矢のように飛び出す。次の瞬間、ノクスと目があった。しかし、彼の発動中の魔法はまだ自分へとは向いていない。そして蹴りだすと同時に壁が崩れる音が響いた。
「ハァァァアアア!!!」
振りかぶった右手の中、双刃剣が踊り、籠められた力に反応して黄金色に光る。暖かく、目を反らせない光が溢れていくのが分かった。
一閃。横に力強く薙ぐ。直接刃を当てる必要はない。溢れた原始の力が刃となってノクスと彼の背後にある起動中の魔法を切り裂く。こんどはかなりの力を込めた。距離だって近い。だからノクスだって簡単には防げない筈だ。体を回転させてバランスを取りながら力の行く先を見守る。
原始の力が宿った刃は通った場所全てを切り裂いて進む。まるで大きな三日月が突然現れたようで、ノクスの力に満ちていた空間は一気に塗り替わる。しかし、それでもノクスに慌てた様子はない。機敏な動きで身を翻すと青白い靄のようなモノを腕に纏わせて、呼び止めるかのように腕を突き出した。
轟音が響く。とても不定形だったものがぶつかった音ではない。だからどちらかと言えば、高波同士がぶつかったあとに衝撃が実際に巻き散らされたような感じだった。そしてぶつかり合った力は暫しの拮抗のあと、狭い所に強引に押し込められたモノが決壊したみたいに弾けた。
「うぉ!?」
その衝撃は並ではない。思わず身構えてしまう程で、一瞬体が固まる。これが攻撃同士のぶつかり合いでなければ致命的な瞬間だっただろう。直ぐにいくらか後退して、ノクスが居ただろう辺りを見上げる。
「ちっ、すかしやがって」
ノクスは最後に見た時と同じ姿勢で薄く笑いながらこちらを見下ろしていた。でも何の成果もなかった訳ではない。さっきの衝撃波は彼の後ろにあった魔法を掻き消すことに成功していた。だから風はもう吹いていないし、光の雨が降る事もなくなった。視線が強く交わる。言葉にせずとも、何を言いたいのかは分かった。だから右手に力が籠る。その直後、後方から強い魔力の波動が流れ込む。
白い光。ノクスとは違って純白とも言える光が空間を染め上げた。ミラだ。ここまでずっと魔力を練り込んだのだろう圧力は彼女の全力以上のものが感じられた。聖魔法とは違う光は真っすぐにノクスを呑み込みにかかる。
「なら!」
ミラの魔法がどの程度の効果を発揮するかは分からない。彼女の本質は攻撃ではないだけに、結果は想像しにくい。ただ、ノクスに聖魔法が特効と言う感じはない。だからあくまで足止めまでだろうとは思えた。だからこの隙にもう一度彼に接近する。いまなら跳ぶリスクは低く見えた。しかし状況は思ったよりも早く変化する。
ノクスを呑み込んだ光は突如として割れた。魔力がガラスに変わったのかと思うほどに、空中で砕けて姿を消していく。その原因は当然、ノクスだ。
彼の体全体に青白い靄が纏わりつき、更に彼の周囲には同色の球がいくつも見えた。先程まで見ていた球よりもハッキリと色が濃く、大きなガラス玉にも思えた。その球がブンブンとノクスを中心に不規則に動き回って、彼を守る騎士みたいだった。
「おい! 飛ばせ!」
ノクスを見上げていたら、横から声を掛けられた。直後、自分に影が掛かる。
「気を付けろよ!」
問うことはしない。見えた靴底へ刀身を当てて、力強く振り抜く。明らかに危険だ。でも、安全な作戦も思いつかないなら、仲間を信じる他ない。だからウィリアムが飛んでいくのを見ながら自分も走り込む。
「ハァ!!」
ウィリアムの気迫の籠った声が響く。そして彼の剛腕が大剣を唸らせてノクスの頭を目掛けて一気に振り下ろされた。
「無駄なことを」
しかしノクスはその一撃を易々と防ぐ。彼らの間には例の球があり、たかが一つでウィリアムの攻撃を防いでいた。
「哀れだね」
「お前がな」
次の瞬間、ウィリアムが武器を捨てて強引にウィリアムを掴み、抱え込んだ。
(なんつーことを!?)
余りに強引だ。それにウィリアムが武器を手放したのに対して、ノクスの攻撃手段は失われた訳ではない。加えて、ノクスが纏っている力の靄は接触したウィリアムを苛んでいるように見えた。なにより、彼の手足である球は全て残っていて、今もウィリアムに対して照準が向いていた。
「今だぁ!!」
ウィリアムの咆哮じみた声が響いた。抱きつかれているノクスの顔が初めて歪む。そしてノクスがウィリアムを払いのけようとした瞬間だった。彼らの真下にいた自分の体が押さえつけられるような感覚がして咄嗟に後退した。するとその体を押すように風が通った。そして、ノクスとウィリアムが凄い勢いで落下して、地面に叩きつけられる音が響いた。
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