26話
ノクスの背後で魔力が大きなうねりをつくる。それは魔力を扱う素養の無い自分であってもハッキリと分かる程だ。まるで大きな津波が現れたかのような威圧感が膨れ上がる。しかし詠唱や、魔法を扱うための動作はまったくと言っていいほどに無かった。
(相変わらず反則染みたやつ!)
声には出さなかったが奥歯を噛みしめる。世界のルールというとあまりにも固い感じもするが、それでも確かな法則を破られるのは腹がたつ。
「ま、しょうがないか」
前に飛び出す。何がどうなるか分からないだけに、指示は出さない。それでも仲間は上手くやってくれるという信頼があった。加えて、自分が前に出て、ノクスの攻撃を受け止めなければならないという確信もあった。
「さぁ、少し遊ぼうか!」
傲慢な子供みたいな笑顔とテンションでノクスが叫ぶ。同時に彼の周囲には紫交じりの白い球が6つ、ノクスを守るみたいに生み出されて漂う。以前に戦った時に見たものと酷似したそれはシンプルながらも酷く厄介なものだったと記憶していた。それらとは別に光の輪が幾つも生み出されては連なり、こちらに向かって動き出す。
連なった光の輪はまるで葉の上をあるく芋虫のように宙をくねくねとしながらもこちらを明確に目掛けていた。それでいて幾つもあるだけに、視界がグルグルと回って、速度は大したことがないのに、目まぐるしさを覚える。
(それに注意が切れたら、あれが飛んでくる)
ノクスの回りを舞踏会みたいに動いている光球たちが監視しているように見えた。事実、ノクスの目線はこちらに向けられて以降、一切外れていない。
心臓の鼓動が速くなる。まるで別物のようだった。それがノクスと言う相手がいるからなのかは判断に着かないが、好都合ではあった。足が軽い。思考も緊張こそあるが、すっきりとしていた。だから迫りくるノクスの攻撃に対して更に加速しながら正面から飛び込む。
「行くぞ! ぶっ飛びやがれ!」
手加減や様子見という選択はない。ノクス相手にそんな事が出来るとは思えなかった。それに相手が牽制技を出してきたのだから、むしろチャンスだ。原始の力を右手に握った双刃剣から三日月のような形で解き放つ。
「あまい」
しかしノクスは揺らぐことなく、自信に満ち溢れた表情で迎え撃つ。彼の周りを回っていた光球が列を成して、放った攻撃へと正面からぶつかり合う。
怒号、実体のない力の塊がぶつかり合ったにしては酷く重い音が響く。そして死体に群がる獣のように、放った斬撃はノクスの光球に散々に砕かれた。
(ま、そんな上手くはいかないか)
眉間に皺が寄る。悲観はしていない。この程度でうろたえるような奴ならこんなことにはなっていない。
放った斬撃を処理した光球がその勢いのままに、迫って来る。合計で六つ、踊る光の粒は不規則な形でこちらを取り囲み、雨粒のみたいに降り注ぐ。
「お前もな!」
その場で一度足を止めて腰を落とす。構えた双刃剣へと力を流して、射程に入って来た光球を切り裂いた。
(よし、これなら行ける!)
以前に城で戦った時はまだ、力の扱いが上手く行かなくて避けるしかなかった。でも、あれから力の扱いにも慣れ、体自体も強くなった今は光球に押し負けるようなことなく、打ち消すことが出来た。これなら、一方的に嬲られるようなことにはならないだろうし、反撃も十分に考えられた。
「ふふ、漸く身に付いたんだね」
「ハッ、言ってろ」
新たに光球をストックしながらノクスが嗤う。今も、水の中を泳ぐみたいに宙を舞う彼はどこか幻想的だ。しかしその周囲に漂う力の奔流はゾッとしそうな位に重たく、冷たい。そして重たく淀んだ力が一気に動き出す。
「さぁさぁ! 見せてくれ!」
ノクスの背後から見たことがない文様が描き出される。ただ、それがこちらにとって良いことではないことだけはハッキリとしていた。しかし邪魔するのは難しい。
完成した文様が赤く光る。そして次の瞬間、大火の中に放り込まれたような熱さを全身で感じた。いや、本当に火が全身を包んでいた。
「チッ、こんなんも出来るのかよ!?」
悪態が口をつく。しかしそれで現状は変わらない。今は体を原始の力が守っているから即死していないだけだった。なんならその力もどんどん削られているような感覚さえした。速く対処しなければ、呆気なく死んでしまう。
(ミラたちがどうなってるのかも分かんねぇ! とにかく、あれを壊せば行けるか!?)
振り返る余裕はない。そんな事をすればノクスは絶対にその隙を見逃しはしないだろう。だから急いで力を武器へと回して火、そのものを切り払うように振り抜いた。
振り抜かれた刃に沿って、隙間が生まれる。しかし火そのものが消えた訳ではない。ノクスの背後に浮かんだ模様もそのままだ。むしろより煌々と赤い光を発しているようにさえ感じた。それに加えてノクスも次の行動を始めている。
(急げ!)
無理やり開いた隙間を抜ける。そして模様を背にするノクス目掛けて地を蹴った。
「オラァ!!」
目と鼻の先にまでノクスが迫る。正直なことを言えば宙に浮かぶノクスに無闇に飛び込むようなマネはしたくない。しかし主導権が向こうにある以上、こちらからリスクを取らないとジワジワと押されるのも分かっていた。きっと、ノクスから見れば罠に飛び込んできた鼠にも見えただろう。
(構うもんかよ! 目にもの見せてやる!)
無策と言えば無策だ。でも原始の力が馴染んできたと同時に不思議と力について分かることも増えた。この力は過酷な状況で、あるいは詰まった状況で最も力を発揮する。
(意味は分からねぇ……でも今は、力が有ればいい! このクソッタレを止める力が有れば!)
「受けてみろ!」
独楽のように回り、たっぷりと溜め込んだ力を双刃剣から開放していく。力はどんどん奥底から湧き上がり、留まる事をしらない。その理由も分かりはしないが、今だけは丁度良かった。
「簡単には行かないさ」
ノクスの周りに集まっていた光球が集い、そして振り抜いた双刃剣とぶつかる。一瞬の抵抗感に動きが緩む。そうなれば当然ノクスが一つ速く行動を再開した。
「ハハハハ!! さぁ、踊ろうか!」
力はこちらが上だった。すべての光球が破裂し、文様が乱れて爆発が起きる。新たな熱を頬に感じるが、全身を苛むような熱はパタリと消える。どうやら文様が放っていたものは消せたようだった。しかし、攻撃をしっかりと避けたノクスの笑い声が閉じた視界の先から聞こえる。
新たな嫌な予感が全身を駆け抜けていく。しかし宙に浮いた体は簡単には制御出来ない。ギュッと体を丸めて光の収まった先を睨む。直後、見慣れた光球が矢のように連なって跳んできた。
「グッ!?」
間に双刃剣を挟んで直撃を避ける。同時に下へと迎えるように弾いた。しかし、それが分かっていたかのように光球がボールのように跳ねて、今度は落ちていく自分を追いかけてくる。そして攻撃はそれだけではない。
「不味いか!?」
光の輪が今度は横に重なり合って、壁のように横からやって来た。更にはノクスがいるだろう辺りでさっきの文様に似たものが描き出されていくのも見えた。こっちがリスクを取って得られたものに一切見合わない返答だ。おまけに状況も最悪に傾いてしまった。そう思った瞬間、光の輪が下からそそり立った氷の壁に阻まれた。
「プロトか! 助かるぜ!」
確かめるまでも無い。ならば迫って来る光球にと注意を払った瞬間、黒い影が自分の上に現れて、迫って来た光球を消し飛ばした。
「ふん。無様だな」
「おぉ、助かったぜ、ウィリアム!」
地面に到達してノクスから距離をとる。それから少し遅れてウィリアムが並んできた。
「おい。ノクスを倒すのだろう?」
「あ? あたりまえだろ。どうしたんだ?」
話をする余裕はないぞ。そう言おうとしたがウィリアムの圧力に負けて口を閉じた。
「いいか。きっとお前しか、アレにまともに攻撃が出来ないだろう。なのに、お前が露払いでは不可能だ。故に、吾輩が、前に立つ」
「は? でも、アイツの攻撃は」
「黙れ。いいか、吾輩とて命を無駄にする気などない。だが、必要な危険は受け入れなければならんのだ」
そう語る彼の目は燃えていた。有無を言わせない。思わず口を噤んだ。それを了承と勝手にとったウィリアムが宣言通りに前に出る。
「今はお前の方が強いのかもしれん。だが、吾輩も帝国最強の意地がある。故に信じるがいい。吾輩は守られるような存在ではない」
そう断言する彼の背は酷く大きく思えた。
(あぁ、そう言えば、あの時も絶対に勝てないって思ったなぁ)
場違いにも彼に追われ、挑んだ日のことを思い出す。あの時と比べれば幾らかズルい力もあるが、強くなったと思ったがそれでも、彼の背と言葉は強かった。
「……わかった。アンタの分まで殴っとくぜ」
「ふん、それも己で為す。行くぞ」
氷の壁が砕けて嵐が吹き荒れる。その先ではノクスが余裕の笑みを浮かべていた。でも何も怖くなどなかった。
「おうよ!」
そして駆けだした。
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