25話
勢いよく踏み出したがノクスが現れる様子はない。でも自分の中にある直感が、もう目と鼻の先にノクスがいると告げていた。
一歩一歩、薄暗い通路を歩く。緊張感が全員を包んで、口を開くことはない。皆の足音と、僅かな息遣いだけが響く。そして再び重厚な扉が現れて手を掛ける。
(いくぞ)
顔だけ振り向き、皆の顔を見れば縦に小さく振るのが見えた。最後にミラと目を合わせれば彼女の七色の瞳がキラリと光った。そして勢いよく扉を引いた。
「ノクス!」
入ると同時にそう呼びかける。部屋の中はパッと見でも帝国の大ホールよりも遥かに広い。天井も高く、いったいどうやって作ったのだろうと思えるほどだ。飾り気こそないが、この大きさこそが飾りと主張するような威圧感が部屋にはあった。
「やぁ。来てくれて嬉しいよ、ルーク」
部屋の奥にノクスはいた。その傍には大きな石のようなものが一つ置かれていて、落とした卵みたいに割れていた。それを愛おしそうに、或いは無関心そうにノクスは撫でていた。
「でも残念だ。ルーク、もう一度聞くけど、僕と共に来る気はないか? それこそが、この世界にとって、一番の選択だよ」
「くどい! 俺はお前の手を取らない!」
ノクスはその美貌に諦観にも似た悲しい表情を浮かべた。それに合わせて彼の黒紫色の長髪が風に揺れるように小さく振られ、癖のある先端だけが嗤うように跳ねた。
「やっぱり、運命は僕たちにもあるのか。それとも……いや、もう考えるだけ無駄なんだろうね」
「なにを」
「ルーク。僕は、本当にこの世界が嫌いだ。進化の止まった種族、本能しか持たない獣に紛い物でしかない魔物たち。そしてそれらによって停滞を強いられる世界そのもの。全てが嫌いだ」
ノクスがこちらに振り返る。その表情はもうなにも読み取れはしない。真っ新な肌はただ光を反射するだけだ。
「この世界は終わりへ向かう。止まった世界に価値はない。このまま緩やかに、ただ破滅するくらいなら、僕が壊そう。哀れだろ? 意味のない世界の、意味のない存在なんて」
「それはお前の勝手な言い分だろ! 俺たちは決してお前の言うような存在じゃない!」
「ルーク、それは君は少し下等生物と暮らし過ぎた。だから先が見えてない。それに僕は終末、世界の行く末は僕が一番見えている」
ノクスが地を蹴って宙へと浮く。翼を持たぬ者が地から旅立つその姿は異様だ。あってはならぬ世界の理。でも、それが当たり前のように行われる。そしてこちらを見下ろすようにして滞空したノクスが両手を広げる。見る者によっては、思わず崇めたいと思ってしまうだろう。そう思えるぐらいには、異様な雰囲気が彼にはあった。
「ルーク、世界は一度、終わらなければならない。そしてやり直さなければならない。曲がりなりにも、ここまで発展したものを修復するのは困難だ。故に壊して、一から創りあげるんだ。僕には分かる。この世界が終わっていると」
「下らねぇ……やっぱり全部お前の勝手な妄想と諦めだ。俺はそんなもん感じられないし、そんなことするくらいなら全種族の手を繋がせて歩いてみせるさ」
グダグダと、子供の言い訳みたいに言葉を紡ぐノクスに痺れを切らす。もう十分だ。そもそも俺たちは分かり合えない。それだけははっきりとしている筈だ。だからノクスの言葉じゃもう聞きたくなかった。俺たちは決別したんだ。
「そうか……わかった。僕も本当に未練を捨てるよ。でも、最後にこれだけはさせてもらおう」
ノクスがそう言うと彼の右手が光る。その右手を振り上げると光が離れて天に登って弾ける。
「なんだ!? 気を付けろ!」
そこまでなにか感じた訳ではないが、何が起こるか分からない。だから双刃剣を後ろへ引き絞って構えれば仲間たちが武器を構えた音が続いた。
「そんな警戒することはないさ」
ノクスは毛を逆立てる猫へ声をかけたような雰囲気でこちらを見下ろす。しかし信じる余地はない。降って来た光を弾くように武器を振った。
「なに!?」
光は双刃剣をすり抜ける。そして体に当たってしまった。戸惑うような声が後ろからもしたから、全員同じように光に当たってしまったことが分かった。
「なに只回復してもらうだけさ。これから決着をつけようってのに、両者が万全じゃないなんて興覚めだろ? こっちはちょっと用事があったから戦ってもらっただけだしね」
その言葉を証明するように、体にあたった光は何の衝撃も起こさない。そして先程まであった疲労感に喪失感が満たされていくような感覚がする。
「なんだと……?」
戦う前に相手を回復させる意図が掴めない。いや、理由は聞こえたが、だからと言って信じる理由がない。なのに、確かに体は言えていくから気味が悪かった。それにノクスが下等生物と呼ぶミラたちも纏めて回復させるのが意外とも言えた。
「僕としては君と一対一で戦いたい。でも、君は原始で、繋がりが君の力でもある。だから、後ろのも一緒に戦うことを許可しただけさ。さぁ、もう十分だろう?」
こちらの困惑を正確に読み取ったノクスがそう告げる。そして光りが絶えると共に、彼が纏う雰囲気が一気に重く、苦しい感じが増した。
(本気)
自然とそう思わされた。今までは人を揶揄う自由な風みたいな雰囲気だったのに、今はそんな感じは微塵もしない。まるで立ちはだかる山稜、奈落の谷、そんな風を思わせる。足元を擦る音が聞こえ、自分が気圧されたことを悟った。
「ルーク」
背中からミラの声が聞こえる。そして両方から足音がした。
「大丈夫」
「うん。ボクたちなら大丈夫だよ」
「ふん。いまさら怖気づくな」
仲間たちが並んだ。今まで自分とノクスが話している間、控えてくれていた仲間が並んだ。心が満たされる。胸の奥が凄まじい速度で鼓動する。震えは武者震いに変化した。
(そうだ、俺は一人じゃない)
恐れることなどなかった。
「ごめん。ありがとう。行こう!」
最後に残った恐れを吐き出すように気迫で応えた。同時に一歩、踏み出して原始を興す。いいだろう、お前が終末を名乗り、俺を原始と呼ぶならば、今だけは応えてやる。
「俺の名前はルーク。原始のルーク! 行くぞ、終末野郎!」
「あぁ、決着を着けよう。我の名はノクス! 終末を告げるもの。行くぞ始まりの人!」
戦いが幕を上げた。
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