22話
「へぇ、お前でもここは柔らかいんだな」
眼球に引かれた横線は威力を証明するみたいに大きな谷へと変貌した。目と目の間こそ多少の硬さを感じたが、それでも今の自分ならという自信もあった。そして敵は呻くように両手を顔の前に当てる。
「よっと」
狙っている訳ではないが、迫って来る手に足を掛け、宙に躍らせた体の勢いを一度殺す。そして下を見て、まだ時間が必要そうなことを確認しながら、足を離して落ちていく。どうせ体中に棘や凹凸があるから威力を殺すのは簡単だ。
「プロト! あいつが動きそうになったら頼む!」
魔力を練っているいるプロトへ声を掛ければ、返事こそないが少しだけ彼の顔が上を向く。それを見ると同時に再び敵へ目を向ければ、顔の辺りで肉が蠢くのが見えた。
「ま、そんな上手くは行かないよな」
どうやら本格的に頭に来たようで、痛みに震えていた体が怒りへ変化したような揺れに変わっているように見えた。勿論傷の出来た部分の動きは激しく、再生する速度も早まっているように見えた。
(ま~た形でも変わるかぁ?)
さっきも悪い状況を変える為の手段として体が変化した。なら、再び同じことをしてきても変ではない。体勢を整えて地面へ着地しながら上を睨む。
今度の変化は大きいものだった。だけど形が変わった訳でもなかった。敵は空中で胎児のように巨体を抱えるように丸まっていく。
(なんだ?)
姿はそのままに丸まっていく敵は不完全ながらも球体と呼べる形で宙で纏まる。最後に尾が蛇のように絡んだ姿は辺境の土産物のようにも見えた。
「……? いや、まずっ!?」
最初はなんで丸くなったのか分からなかったが、それは敵が空中で回転し始め、更には下降してきたことでハッキリした。
「ウィリアム! どっちか抱えろ!」
なりふり構わず、全力で仲間たちの下へ走り出す。そしてウィリアムがミラを抱えたのを見て、プロトへと手を伸ばして背負う。
「ミラは魔力は練り続けてくれ! プロト行けるなら壁だ! 遅らせてくれ!」
「うん! 立ちはだかれ!」
プロトの杖が今まで以上に輝き、魔力のうねりを生む。そして魔力は本格的に回転し始め、今にも飛び出しそうになった敵へと姿を変えながら向かう。
それは土石流だった。間違いなく最上級と言って何一つ差支えのない規模と勢いでもって魔力が岩石や土塊に姿を変えながら、巨体の敵をも呑み込みに掛かる。もし、これが普通の国同士の戦い、それも決戦の場だったとしても、勝敗の天秤を一気に傾けてしまう。そう思えた。
(おいおい!? どこにそんな魔力と技量があったんだ!?)
プロトの魔法は一緒に旅をしていたからよく知っている。でも、その記憶の魔法とは少しも一致しないほどに規模が大きい。いくら時間を掛けたって、素質が無ければ絶対に不可能、というかこんな規模はそれこそ龍が扱う魔法のようだった。つまり人が扱えるようなものではなかった。しかし、敵も龍と同程度、或いはそれ以上の能力を持っていた。
「おいおい! あれで止まんないのかよ!?」
「厄介な……」
振り返りながら思わず叫んでしまう。プロトの放った土石流の規模は凄まじく、当然その効果も折り紙つきだった。しかしそれでも巨体は徐々に回転数を上げ、迫る魔法を弾いていた。傷ついていない筈はない。それでも止まる様子は微塵もなかった。
「ごめん。ルーク……ボクじゃ、止められないみたい」
「いや、俺の予想が甘かった。それに、距離は稼げた」
プロトの声が何段か沈む。しかし、これは彼が悪いとは思えない。むしろあれで駄目なら世界中の魔法使いの誰がやっても結果が変わらないか、遥か下だったに違いない。
「それに俺たちは仲間、だろ? 足りない分は皆で補うさ」
背負ったプロトを下ろす。横目にミラを見れば額から汗を流しながら目を閉じたままだ。杖は光を無理やりに閉じ込めたみたいに輝きが漏れ始めている。でもまだ少し足りない。そんな感覚がした。
「ウィリアム、俺がぶん殴って止める」
「我が追撃だな」
「おう、頼むぜ」
ウィリアムがミラを下ろし、魔法を放ち終わったプロトがミラを支える。
遂にプロトが生み出した土石流がすべて弾かれた。そして現れたのは坂を転がりきった球のように加速した敵だった。傷があるかはもう分からない。でも仮に死んでいたとしても転がってくるだろうことは予想に容易い。だからそんなことはもう気にしないことにした。
「先行くぜ」
返事を待つことなく駆けだす。まだ後2回なら全力を出せる。丁度いいとすら思えた。
もはや球ではなく、壁が迫っているように感じられた。なにせもともと城の城門よりも大きいのだ。いくら丸まっていたって近くでみれば威圧感は凄まじいものがあった。
(本当に止められるのか?)
僅かに不安が胸の奥を擽る。でももう互いに止まれない。それに自分が止められなければ仲間が死んでしまう。
「……あの頃とは違う」
旅の間、ウィリアムに守られていた自分とはもう違う。今は自分が前に立っている。無力を感じた日に戻りたいとは少しも思わない。自分の後ろを、なんの躊躇いなく走っているウィリアムの足音を感じる。信じてくれているのだ。あのウィリアムが。
あと一歩、一撃を叩き込むには丁度いい距離まで踏み込んだ。そして体を半身に、右手を引き絞る。ぶん殴るとは言ったが流石に双刃剣は使う。それに応えるように刀身が震えた。
「くたばりやがれ!」
轟音を鳴らしながら迫る敵で視界が一杯になった瞬間、押さえつけられていたバネのように引き絞っていた右手を突き出して、双刃剣を振るった。
「アァァァァァアアアアアア!!!」
今まで感じたことが無い程の衝撃と重さが全身を走った。立っていた地面が沈んだような気がしたし、一瞬で肉体が壊れたような気さえした。あまりのことに思わず絶叫が漏れる。でも、敵と拮抗した。
「なめてんじゃねーぞ!!」
力はもう十全に出している。勢いも少し落ちたように思えた。でもまだ止まっていない。むしろこちらが少し後ろに下がらされてすらいた。
(もう少し、もう少しだけ落とさねぇと……ウィリアムが寄れねぇ!)
ウィリアムがいくら強くても、これと正面から向き合える訳ではない。彼は今の自分のような特別な何かが有るわけではない。だから少しでも相手の力を削ぎ落したかった。
(クッソ、回っただけでこれかよ! こっちは意味の分かんねぇ力まで使ってんだぞ!)
大きな体に勢いをつけてぶつかる。ただそれだけのことなのに、それが途方もなく強い。もしかしたらそれ以外にも何かしている可能性もあったが、今分からないなら考えるだけ無駄だった。
(もう一回、籠めるか!? でもそうしたら、この後が……)
大分無くなった勢いが再加速し始める気配がした。こっちは繰り出したら後は下がるだけなのに対して、向こうは再加速出来る以上、最初に止められなければこうなるのは必然の結果でもあった。
(どうする!?)
迷いが出る。それが駄目なことなのはよく知っていたのに、迷ってしまった。大きく足が一歩後退する。
「あ」
最悪だ。自分の出した声が嫌に頭に響いた。何とか戻そうと足に力を籠めるが、前に出るよりも後ろに押されるほうが圧倒的に速い。どこまでいっても時間稼ぎに変わってしまった。
「ウォォォオオオ!!!」
絶望に心が呑まれそうになった時だった。大きな声が背中を打った。そして頭の上に一本の影が敵へと伸びた。
「諦めるな!」
ウィリアムだった。後ろで控えていた彼が援護の為に飛び出してきた。
「成すのだろう!? ならば諦めるな! そんな結末はつまらんぞ!」
背中に彼の体がぶつかった。倒れそうになった体が支えられる。
「ガァァアアアア!!!」
自分と違って素のままのウィリアムでは拮抗出来るはずもない。でも、彼は何一つ恐れることなく、敵の前へ躍り出た。彼の口から漏れ出る悲鳴染みた咆哮がそれをなによりも語った。彼は、仲間を守るために躊躇うことなく前に出た。それだけだった。
「くっそがぁ!!」
唖然とした。でもそれはほんの僅かな、瞬間と言っていい時間だけだった。ウィリアムが支えてくれた背を軸に、もう一度力を籠めて敵を押し返す。勿論、体の中で例の力も揺り動かす。全部信じることにした。ミラは間に合う。なにせ世界一の騎士が守りから攻めに転じたのだ。間に合うに決まっていた。そして、その証明は為された。
「光よ! 我らが敵を撃ち果たせ!!」
本来なら味方を癒すことに特化した聖魔法が、一条の光の筋へと形を変える。それは流星にも似て、希望を運ぶ船の軌跡にも見えた。世界が白く染まる。温かく、優しい感覚がした。
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