21話
「おらおら! 捕まえてみろよ!」
飛び跳ね回る。地上は遠く、落ちれば死にはしないだろうけれども致命的な隙を晒すことになるだろうことは簡単に想像がついた。でも、今の自分であれば簡単に落ちるようなマネはしないし、それだけの自信もあった。
(問題はどうやってダメージを稼ぐかだなぁ)
双刃剣で切り付けた相手の肌を見ながら奥歯を噛みしめる。あれから大きな一撃は狙っていない。なにせ無駄に攻撃すればこの力を維持できない。大きく力を振るうたびに、喪失感が体を襲う。だから使いどころは絞りたいのが本音だ。でも強化された体と武器で殴りつけるだけだといまいちな成果で精一杯なのも同じくらいに悩ましかった。なにより強い敵は皆簡単な傷なら治ってしまうこともあって、それも焦りを誘った。
「……みんなはどうだ?」
ぼそりと呟きながら下を見る。3つの影が動き回っているのは分かるが何を狙っているかまでは分からない。でも、敵がこっちに集中してくれているお陰で今の所自由に動けてはいるようだった。
「おっと。そんなんじゃ当たらないぜ!」
よそ見していた所を咎められる。敵も自分の肩に乗られているのは鬱陶しいのか、体を揺すったり、右手で水分を拭うようにしたりとしてくるがまだ掠りもしていない。だから余裕はある。でも同時にノクスが態々鉢合わせさせた敵がこの程度なのかという思いもジワジワと頭の隅から進出する。そしてその予感は正しいものだった。
「なんだ? 下か!?」
巨体が揺れる。それも腕や尾が動いて感じる揺れではなく、内部が微震しているような揺れが伝わってくる。まさしく前兆と言う感じの動きは嫌な予感だ。
「なっ!?」
思わず跳ぶことを強いられた。そして宙を舞う浮遊感に口端が引き攣る。これは予想外だ。でも跳ばない訳には行かなかった。自分が立っていた場所を見れば新たな棘が肌を突き破るように飛び出している。あのまま立っていたら串刺しだった。
「おいおい。まだ変化すんのか」
落ちながらも相手の動きをじっくりと見続ける。
敵は元々の姿をどんどん変化させる。作りかけの粘土のような体が蠢き、今まで棘の無かった部分がより纏わりにくい形になる。あれでは肩の上に乗れても自由には動けない。それに脇の下あたりに鰭のようなものがマントのように生えてひらひらと舞う。何の意味があるのかは分からないが、意味もなく出したとも思えなかった。
「おい! 大丈夫か?」
「問題ねぇ! それよりごめん。何か来るぞ!」
体を空中で上手く回転させて勢いを殺し、地面へ着くと同時に更に回る。心臓の高鳴りはまだ収まる気配がない。好都合だったが良いものなのかは分からない。
敵が吼える。相変わらず気味の悪いガチャガチャとした声だ。しかしその声に反応するように現れた鰭に木の実のような赤い光がポツポツと灯っていく。
(なんだ、魔法か?)
「牽制するね! 吹きすさべ!」
ずっと杖を構えていたプロトの宣言と共に強い魔力のうねりが巻き起こる。そして敵が動く前にプロトの杖から吹き荒れた風が生まれて、大きな風の刃に変化しながら敵へと迫る。
着弾。今までずっと魔力を練ったお陰か今までに無い程に大きな魔法だ。空間一杯に引いた横線のような刃は確かに敵へ当たったが、その反応はこちらの眉を顰めさせる。
(えぇ……結構、良い一撃だったぞ)
プロトの魔法は敵の体を切り付けて、傷を作る。体を両断するような線だがその深さは明らかに浅い。血のようなものは出てこないし、後退したが怯みはしていない。
「あれでこれか……」
ウィリアムも思わず渋い声を出す。彼も今の所有効な一撃を持たない以上、これではこの先の動きに迷いが出る。
「来るわ!」
ミラが悲鳴のような声を出す。敵は傷もそのままに身を一度集めて、勢いよく開く。次の瞬間、赤い光の球は光の線をあたり一帯、見境なく放出し始めた。
「くっそ!」
前に飛び出す。そして双刃剣へと力を流し込むと乱射される赤い線を注意深く睨む。そして仲間へと向かってくるものを選別して双刃剣を振るう。
赤い線は着弾と共に地面を激しく叩く。まるで重たいものを力いっぱい叩きつけたかのような爆ぜ方は光線とは思えない。そして球じゃないだけに、敵の動きによって、破壊しながら動く。その軌道も鰭が不規則に動くものだから予測が難しい。
「固まってくれ!」
振り返る余裕はない。そして自分の背後を巻き込むものを更に絞って弾く。何とか力の放出を抑え込めてはいるが、双刃剣越しに体へと凄まじい衝撃が奔る。
(受け止め続けられない!)
動く以上、ずっと受け続けることはないが、万が一重なろうものなら押し切られかねない。そして当たれば致命傷だ。それが肉体だけでなく、精神にもプレッシャーとして襲い掛かる。
「光よ!」
力で無理やりに突破するか悩んだその瞬間、ミラの声が響く。そして一条の光の筋が真っすぐ敵の胸へと着弾したその時、初めて敵が怯む。
(まさか……)
「ミラ! もう一度出せるか?」
「時間さえ、あれば!」
威勢よく、でも少しだけ苦しそうな声だ。彼女の本領は回復であるだけに、攻撃は少しばかり、労力が掛かる。でもその結果は今までで一番だ。
怯んだ敵の鰭からは赤い球が消えた。胸の中央には大きく黒ずんだ円形の傷が出来ていた。どうやら、ミラが持つ聖魔法が極めて効くようだった。ただそれにしても効きすぎているようには見えたが、今その事に意識を回す余裕はない。するべきは変わらず注目を引くことだ。
「前に出る! ウィリアム! 守りは頼むぞ!」
「任せろ!」
怯んでいる内に前に出なければならない。プロトもミラも既に集中を初めた。
「もう動くか」
敵は傷もそのままに動き始めようとしていた。当然と言えば当然だ。ダメージはあっても怯んだだけ。むしろもっと強大なものが来るかもしれないと思えば今の攻撃の主、ミラを狙うのは当然と言えた。
「こっち見ろ!」
大声を上げながら先程出し渋った力を出すために再び双刃剣へと力を籠めていく。さっきのミラの魔法で新たな作戦は頭の中にある。そのためにはもう一度、大きく怯んでもらう必要がある。その為の時間稼ぎなら力を出す価値があった。
「おらぁ!!」
力を籠めるように巨体を収縮させていた敵目掛けて溜め込んだ力を一息に放出させる。心臓の鼓動が半分ほど静かになる感じと溜まっていた力が大きく抜ける感触がした。でもその分の効果はハッキリと出た。
「その体でも受けられないだろ!」
自分の放った力はハッキリとダメージを与える。それこそミラの魔法よりも明らかなダメージで、相手も苦悶の声を上げた。
(そうでなきゃ困るけどな)
息が上がる。でも膝が抜けるほどじゃない。それに時間をまだ稼ぎ切ってはいない。だから黒煙を上げながら高度を下げる敵へ全力で駆けていく。まずは相手の体に乗り上げて、注目をもう一回惹かなければならない。それも難易度が上がった状態でだ。
「ジッとしててくれよ」
全面と動かす要所以外が棘塗れになった敵の体を登るために跳びあがる。高度が下がっている事と、棘のお陰で動き出しは簡単だ。地面に着いた尾の裏側、相手の視界から外れてから登り始める。
蹴り上げ、森の木を渡るようにしてドンドンへと登る。敵はまだ痛みに悶えているのか、体を登られているのにも関わらず反応を見せない。揺れは多少あるものの、この程度なら曲芸の内だ。
「うざったいなぁ」
密林のように生えた棘が行く手を阻む。もし、敵がこちらをしっかりと認識していたら本当に登れなかっただろと思えてならなかった。
(ミラはきっとまだ時間が掛かる。それに特大なのを練ってそうだ)
詳しい大きさや時間を指定できればよかったのだが、そこまでの余裕はなかった。ウィリアムがある程度時間と安全管理はしてくれるのだろうが、それでも張り切っていたミラが力まない筈がない。となればある程度余裕をもって時間を稼ぎたい。
「そろそろ背中も終わりか」
背中から首への曲線が見える。この辺りは棘も少なく、攻撃を通すことも出来そうだ。ただ、首周りは硬い装甲に覆われているように見えるから、容易く痛打を与えるというのは想像できない。
「となれば……やっぱ顔か」
形態が変わっても、顔の辺りはあまり変化がない。そして一度は通った場所だから大体の硬さも知れている。本命の一撃もこの辺りになりそうだと思う。勿論出来れば首を落とすぐらいのものは欲しいが、その辺りは臨機応変に行くしかなかった。
「ま、まずは第二陣と行きますか」
手の中で双刃剣を回す。そして敵の頭を真上から跳び越えて、正面へと身を躍らせた。
「受けて見な」
そして双刃剣で相手の目を狙って思いっきり横に剣閃を引いた。
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