20話
「ふざけやがって!」
闇の中、思いっきり叫ぶ。改めて、ノクスを前にすると平常心を保てないことを自覚するが抑えきれないものは抑えきれない。それもこれも人を逆撫でする態度であることもそうだし、情報を小出しにするところも、半端な物言いなのも全てが腹が立つ。
「何が待ってるだ! 今すぐ出て来い!」
そう叫んではみるが、闇はなにも答えなかった。そしてその闇が晴れた時、さっきまでとは全く違う所に立っていた。
「……ここは、どこだ?」
さっきまでいた研究所然とした場所とはうって変わって歪な空間にいた。赤黒い鍾乳洞のような空間で、気味が悪い。それでいてホールのようになっているから尚の事、不快感が押し寄せる。
「ルーク、何か来るわ」
振り向けば仲間たちの姿があった。よかった。全員が逸れるような最悪なことにはなっていないらしい。しかし、全員の顔が険しい。周囲を見れば一点、闇が渦潮のように集まっている部分があった。
「なんだ、アレ?」
さっきまでの怒りの熱が解けて、嫌な感じが背すじを駆け上る。よっぽど冷静じゃなかったらしい。双刃剣を右手に構えて、腰を落とす。すると自分を待っていたように収縮した闇が弾け、中から何かが飛び出してきた。
それは生物と呼ぶには歪だった。宙に浮かび、赤黒い体の前面をこちらに向けているがとても浮かべるような体には見えない。羽は無いし、翼もない。しかし山のような巨体は確かに宙に浮いていた。
海底で得物を待ち伏せる魚みたいに平たい体つき――ただ筋肉なのか表面は異様にボコボコと膨らんでいる。そして体のラインに沿うように大振りな棘がずらりと並ぶ。人のような腕が後ろから覗き込むように飛び出していて、胸の前で交差していた。
足はない。飛んでいるのだからそこは変ではないが、サソリのような尻尾がだらりと伸びて、風もないのに左右に揺れている。
「……気味が悪い」
ウィリアムが呟く。嫌悪感が滲んでいた。でもこの場の全員が同意見だった。
「あれも、作ったのかしら……」
ミラが怒りを露わにする。精霊種である彼女からすれば酷く冒涜された存在にも見えるだろう。事実として、既存の何物にも似ていない姿は醜悪だ。
「なら、止めてあげなくちゃいけないよね」
プロトが杖を握り締めた。
「そうだな。生みだされただけかもしれないけど、立ち塞がるなら倒すぞ」
そう言いながら敵を見据える。さて、どこから攻めるべきか。
「グギャギャガウゥ……ガァァァア!!」
甲虫が藻掻いているような音を立てて敵が叫ぶ。閉じられていた口がぽっかりと開かれて内部が見える。口の中は鋭い牙が輪になって、それが何個も連なりながら奥へと等間隔で敷かれていた。一度呑み込まれるようなことになれば、どうやっても助かりそうにない。さっきまで居た闇の方がずっと居心地も良さそうだ。
胸の奥、心臓が急激に弾み始める。分かったことだが、ノクスが原始と呼ぶ力を使うには感情が昂らなければ使えない。それも生半可な物じゃだめだ。激情と呼ぶほどのものでなければ力を十全には使えない。普段振るっているのはその余波にも満たない程度だ。そして眼の前の敵を倒すには余波ではだめだ。
「俺が前に出る。様子を見ながら援護してくれ」
足を前に出す。まだ力は目覚め切っていないが、それを待ってくれる相手ではない。敵は組んでいた両手を開き、背中を糸で引っ張られるように巨体を後方に下げる。どんな攻撃をしてくるか想像が付かないだけに自分が前に出るしかない。でもどんなものにしろ、氷龍と同等に見える。何なら怪我もない万全の状態だけに、氷龍よりも上に感じられた。
低く重い風切り音が響く。敵はその場で軽く一回転した。しかしその影響は軽くでは済まない。揺れていたサソリのような尾が壁のように横から迫って来た。それもこちら全員を範囲に巻き込んでいた。
「ハァ!!」
双刃剣を力の限り振り上げる。心臓は既に痛いくらいに弾んでいた。命の危機を感じたのか、見えている景色も時間が引き延ばされて逆にゆっくりに見える。自分が為さなければ仲間が傷つく。そう思えば力は際限なく湧き出す気がした。
落とした腰、両手で握った双刃剣と尾がぶつかる。手に痺れるような重みがはしる。奥歯を砕けるほどに噛みしめながら上へ尾を受け流す。相手が宙に浮かんでいるなら出来る筈だと言い聞かせながら持ち上げてやれば叩きつけられた球のようにその部分が跳ねて波のようなうねりが生まれた。
「傷一つ付かないか」
通り過ぎていく尾を見ながらぼやく。赤黒い肌は双刃剣で跳ね上げながら切り付けてやったのに、傷が付かなかった。思ったよりも硬く、それでいて弾力性を感じられる手応えだった。少なくとも明確に攻撃しなければ効果は薄そうだ。
「雷よ! 貫け!」
戦いが始まってから直ぐに魔法の準備をしていたプロトの杖から雷が迸る。尾が迫って来た時にも一切の乱れを見せなかった彼の魔法は闇を切り裂きながら敵に迫る。
命中。しかし効果はやっぱり薄い。相性が悪いとかそれ以前に、足りていない。そんな印象を受ける。巨体の中央あたりに命中したが僅かに黒煙があがったに収まり、敵は守る姿も怯む様子も見せない。一切を無視したまま次の行動に移ろうとすらしている。
「でも効かない訳でもない、か」
プロトだって、全力だった訳ではない。それで多少なりに効果があったなら、つけ入る隙はある。それこそ相性次第では氷龍にだって痛手を負わせた。なら、後は自分の頑張りだ。
「前に出れなきゃ話にもならなさそうだな!」
さっきの尾を見る限り、範囲では負けている。尤もこれはいつもの通りだ。だからまずは近付いて、自分へ攻撃を集中させる必要があった。幸いと言っても良いのかは微妙だが、思考するだけの頭がある。だから不可能ということも無いだろう。
「そのままこっち見てろよぉ……」
敵との距離は左程遠くない。氷龍みたいに高く飛ぶような様子も見せず、近付くこちらを伺うようにして見下ろしていた。好都合だ。勢いが付いていく全身を弾ませて、少しだけ安直に跳んだ。
「お互いか」
敵はこの安直に真っすぐと向かってきた。それがどんな考えの下に決定されたかはしらないが、こちらにとって好都合なら良い。
振り抜かれるのは敵の左腕だ。ハエでも払うようにして振るわれた腕は、ただ大きいというだけで十分な脅威だった。それでいて速度もある。正面から受ければ、山にだって穴が開きそうな一撃を身をもって証明することになってしまう。迫って来る腕に対して体を丸めて、足を揃える。そして丁度いいタイミングで蹴りだして、体を縮めた。
「ツゥ……結構上手く受け止めたつもりだけどなぁ!」
足から衝撃が頭の天辺まで抜けて行く。でも耐えきった。振るわれた腕は足場に変わって、持ち上げられていくことで敵との距離が一気に縮む。そして胸の辺りまで来ると敵の顔の全貌が見えた。
「気持ちわりぃ」
思わずぼやく。ワームのような口に赤い複眼が鈍い光を放つ。それでいて顔のつくりは4つ足の獣染みていた。なんというかそれぞれの種族の優秀な部分を集めて合成したような顔だった。なのに、途中で作るのに飽きてしまった粘土みたいな印象が強く残る。なのに成立しているから気持ちが悪かった。
「まずは一撃、行くぜ」
腕を伝って駆けだす。当然その複眼で見えているだろうが、大きな動きを見せない。気にするほどでもないと見ているのか、それとも何か手段があるのか。いずれにせよ、踏み込んだのだから迷いはなかった。手にした双刃剣を回し、ここまでで十分に目覚めた力を解放させていく。狙いは顔だ。
双刃剣に力が宿る。慣れた型をなぞりながら、さらに体そのものを加速させて威力を付ける。そして迫った相手の横顔目掛けて力の限り切りかかった。
「へぇ、そっちの方が良い面だぜ」
双刃剣はきっちりと相手の顔を切り裂いた。ただ、異常なほどに硬い何かに阻まれて、奥まで切るには至らなかった。骨かな、とは思うが確かめる術はないし、動かない筈の複眼、その中身がぎょろりとこっちを一斉に見た気がした。
「そうだ、こっち見てろよ!」
威勢良く吼える。耳は見当たらないが、どうせあるだろう。尤もこっちの言葉を理解しているかは怪しいが。でも下の方で動いている仲間たちが自由に動ける時間を作らなければならない。だから出来ることは全部する。そしてさっさとコイツを倒してノクスの場所に行かなければならない。
「さ、次行くぞ」
双刃剣を握り直して、構える。戦いは始まったばかりだ。
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