18話
「やっぱり切れ目だ」
荒くなった呼吸を宥めながら、顔を上げる。登山なんて言葉じゃ言い表せないほどに過酷な道だったが、なんとか辿り着いた。流石に山頂まで登れるような装備ではなかったけれど、多少の無茶は持ちこたえてくれた。
「本当ね。この奥に、あるのかしら?」
光の加減で、ただの影に見えた黒い筋は切り傷みたいにぱっくりと縦に裂けた穴だった。奥からは山肌を滑る風とはまた違った種類のものが頬に纏わりつく。
「……多分な。引っ張られる感じがする」
胸の奥、ここまで俺を引っ張って来た感じがこの切れ目の奥からする。同時に引き返せないんだな、という感じもした。なんと言うか、化け物の口に自ら食べられにいくような。そんな雰囲気が確かにあった。だから今立っているのは、限界ギリギリの場所で、決断が必要な時だった。
「みんな、聞いてほしい」
切れ目の前で振り返る。この切れ目に背中を向けるのはちょっと怖い感じもしたけど、これから入るんだから、震える訳にはいかない。俺の旅だ。
「多分、この切れ目に入ったら、ノクスとケリ着けるまで、出られないと思う。だから、改めて、聞きたいんだ」
ジッと、仲間と目を合わせる。ミラの7色の瞳、プロトの弾けた雫みたいな目、そしてウィリアムの鈍く光る黄金色の目がそれぞれの意思を宿しながらぶつかる。
「俺は、ノクスを止めたい。アイツの考えは俺には分かんねぇ。俺が何か優れた者だなんて思わないし、この力を自覚してからだって一緒だ。何処まで行っても、只の、俺だ。正直言えば、怖ぇよ。アイツ、滅茶苦茶強いから。でも、俺……思ったより、皆のこと、好きだし、こうやって一緒に旅とかすんのも好きなんだ。だから、全部壊そうとする、アイツ、許せないんだ。たった1人の同族でも」
自分でも何を言っているのか良く分からなくなってきた。足元へ目線が落ちる。今になってなお、そんななのかと情けなくも思うけれど、やっぱりそれも自分だと思う。幾ら気取っても、根っこはあの日、スラムで行く当てもなく彷徨い、拾われてからも同族が見つからないと嘆いていた自分がいた。だから、ノクスがあんな奴でも、まだ思う所はあった。ただ、それでも今、新たな一歩を踏み出すべきだと思った。
「俺は、アイツ、ノクス倒すよ。だけど、皆はまだ、戻れる。行かないってことを選べる」
胸の奥が酷くうるさい。今にも口から何かが溢れ出してしまいそうだ。今更だろうとは思うけれど、それでも、大事な仲間だと思うから。危険からは遠い所にいて欲しい、そう思うのも嘘じゃない。
「だから、皆、改めて選んでほしい。勿論、どんな選択をしたって良い。俺になにか言う資格があるなんて思わないし、ここまで一緒に来てくれただけでも十分だ」
そう言い切って、顔を上げる。その瞬間、頬に鋭い、でも決して痛いだけじゃない衝撃とパン、という軽い音が響いた。
「えっ」
「ルーク、あなたまだそんな事言うの?」
「馬鹿と思っていましたが、ここまで馬鹿とは」
「そうだよ、ルーク。流石にボクでも怒るよ」
眼の前には怒ったというよりは呆れた顔が3つあった。頬の痛みはミラが叩いたからで、彼女の右手は既に腰に当てられていた。
「あのね、命が危ないからで引くくらいなら最初から着いて来ないの。言ったでしょ。あなたを私たちは助けたいの。私たちが困ったときに、あなたが命懸けで助けてくれたように、ね?」
「……忌々しいが、お前には祖国を取り戻した時の借りがある」
「ボクも、いつも一緒にいてくれたし、励ましてくれたから。ルークが困っているなら、ボクは力になりたいよ」
「みんな……」
なんで、俺は真っすぐに彼らを信じられなかったんだろうと思う。何度もそう言われてきたのに、なんですぐに疑って、子供みたいに試そうとしたんだと自省する。ずっと彼らは行動と言葉で伝えてくれていたじゃないか。目が熱くなる。でもそれが無性に恥ずかしかったから、後ろを向いて右手で顔を擦った。
「そ・れ・に! 私たちは全員あいつの顔、殴ってやらないと気が済まないの! だから、ルークはそんなこと考えてないで、前だけ見てなさい!」
「あぁ……ごめん。いや、ありがとう、皆」
少しだけ、少しだけ、時間が欲しい。そうじゃないと皆の顔をもう一度見れない。外は極寒の筈なのに、とても温かかった。
「ふぅ……よし! もう大丈夫だ! 行こう、皆!」
「えぇ!」
「あぁ」
「うん!」
振り返れば、気合いの入った仲間の顔が並ぶ。迷いはもうなかった。
「暗いな……明かりは、無いのか?」
切れ目の中は当然と言えば当然なのだが、陽の光が届かないから暗い。おまけに酷く底冷えしたような冷気が充満している。一歩進むごとに体が冷やされるような心地だ。
「ちょっと待ってて。今カンテラを点けるわ」
ミラが持つカンテラで光結晶が煌々と瞬き始める。でも、この冷気のせいか、いつもより弱弱しく見えてしまう。光の周りを冷気が纏わりついて食べているみたいだった。こころなしか白に青が混じっているようにも見えた。
「少し、弱いかしら?」
「この環境もあるかもしれません。普通の場所とは別に考えたほうが良いでしょう」
「ボクも魔法使う?」
「いや、そこまでじゃない。でも警戒はしよう。何が出てくるか分からないからな」
同じことを皆思ったのかカンテラで照らされた周りをぐるりと見渡す。切れ目の中は周囲こそ、普通の山肌だが、足元は道として申し分がない。つまり不自然だ。間違いなく、ノクス、そうでなくても何かしらの意図を感じた。でもこんなに寂しい感じがするのに、懐かしい感じがするのは何故だろうとも心の隅で思った。
ここまで来た時と同様にウィリアムを先頭に立てて歩く。彼が望んだことでもあるし、闇の中で一番目が利くのが一番の理由だ。
「どこに繋がっているのかしら?」
「さぁな。上に登る気配がないのも妙だ」
切れ目の先は真っすぐに伸びていた。まだ対して歩いていないけれども、山ではある以上、必ず限界がある筈だ。そもそも本当に上に行けるかはまだ分からない。でも直感はこの先と伝えてくる。
「でも、お城みたいな道だね」
「ウム。戦うにも困らん」
プロトが言う通り、道幅はウィリアムが大剣を振り回して尚余る程に広い。高さだって、家をまるまる呑み込める位だ。ノクスは何の意図を持ってこんな場所にこんなものを作ったのだろうか?疑問は膨らむが、答えは掴めない。
「あれはなんだ?」
しばらく歩いていると、ウィリアムが足を止める。同時に一気に警戒心が揺らされて、体に力が入る。でも、魔物を見つけた時のような緊張感は感じられなかった。
「何かあったのか?」
一番後ろなこともあってまだウィリアムの疑問が見えない。かと言って後ろの警戒を解くわけにも行かず、もどかしい気分だ。
「なにかしら……」
「わかんない……でも道具、なのかな? 光ってる」
ミラとプロトが感想を零す。好奇心が更に膨らむばかりだ。
「ルーク、お前も見てみろ。進むかどうかはお前に任せよう」
ウィリアムが替わる為に後方に下がって来た。そして彼と入れ替わって前に行く。
「……なんだ? でも、懐かしい感じもするなぁ」
「懐かしい? ルークが見たことがある訳じゃない、のよね?」
「あぁ……初めての筈だ」
行く先に現れたのは少しばかり開けた場所で、その中央に青白い光をうっすらと放ち続ける円柱状の何かがあった。円柱の中は透明で、向こう側が透けて見えた。
「……行ってみよう」
自然とそう口を着いた。同時に足が動いて、広場の中へと入った。
「中に入れるのね……何かしら、見たことがない文字……それに、何かしら?」
しげしげと円柱を眺めるミラが学者のような目つきと口調を零す。
「多分、上に行くんだと思う」
「ルーク分かるの?」
「いや、そんな気がするんだ……それにこの文字も、なんだろう、懐かしい感じが」
プロトを横目に円柱状の壁に手を触れる。硬い。見た目は透明で向こうが見えるのに、氷とかではなくて鉱石みたいに硬かった。そしてよく見れば、透明な壁には1つ、取っ手のような窪みがあった。
「どうする? 俺は、試したいことがあるんだけど……」
「任せるわ。私たちじゃ判断出来そうにないもの」
ミラが首をふる。後の2人も興味はあっても、今までの知識に当て嵌るものは無いらしく、反対する様子は無かった。
「ちょっと離れてて」
手を窪みに嵌める。冷たくはない。一度引く。動かない。横に押すと少しの抵抗と共に壁が動いて開いた。
「大丈夫そうだな」
漠然とした確信を持って中に入る。これに変な仕掛けは無いと、何故か思ったのだ。そしてその直感はあっていて、少し明るさが増した以外は何も起こらなかった。
「乗ってみてくれ」
手招きすれば皆が恐る恐る足を踏み入れる。あのウィリアムでさえ、何処か引け腰だ。そんな危険は感じられないのにとも思うけど、今は他のことに気が向いていた。
「えっと……これだ」
「ねぇ、本当に大丈夫なの……って!?」
壁に埋まっていたボタンを直感の儘に押していく。一番押したかったボタンは何故か反応しなかったから、反応するボタンを探して押せば少しの揺れと共に扉が閉まる。
「大丈夫。やっぱり、これ上に行くんだ。それに、俺、これに乗ったことがある……多分」
「多分って……」
「ほら」
プロトが不安げな声を出すと同時に小さく揺れながら足元が急上昇していく。凄くスムーズだ。それにやっぱりと言う気持ちが強かった。
「ごめん。でもこうするべきだと思ったんだ。でも、大丈夫だと思う。それより、皆準備してくれ」
「準備? キャッ!?」
「あぁ、きっと、戦いになるだろうから」
動いていた足元が一気に減速して止まろうとする。そして透明の壁の向こうに大きな影が蠢いていた。
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