17話
「忘れ物はないか?」
「えぇ、大丈夫よ」
さっぱりとした宿を振り返る。普通の宿よりも人の気配がないのに、何倍もの歓待をうけてしまったから、敢えて自分達の荷物から必要なものを出す事はなかった。でもそれだけに、忘れ物の類がないか不安になる。もっとも、綺麗で片付いた部屋だから忘れ物があれば違和感として映る。最期に扉を閉じる時に見えた部屋は随分寂しく見えた。
「世話になったな。水とか食料も分けてもらったし、ありがとう」
「良いヨ。どうセ、僕ラは使わナイから」
「それでもさ。良い事してもらったら、お礼するのが普通さ」
「そうよ。ありがとうね」
「そウ? なラ、受け取ル?」
そう言いながら小首を傾げる魔道人形は随分とユニークで、コミカルに見えた。それは短い間とは言え、一緒に居たからかもしれない。プロトみたいに、理解できる訳では無いのだけれども、敵意さえなければ手を繋ぐのも簡単だった。それに、彼らにはノクスの影を感じさせないのもあったかもしれない。
「じゃあ行くか」
「あ、ちょっと待ってて」
プロトが思い出したように声を上げる。今日は起きてからずっと静かだったから少し心配していた。
「離れてたほうがいいか?」
「あ、んっと……お願いできる?」
「勿論。でも長くは待てないぜ」
「うん! ありがとう、ルーク。ミラとウィリアムもごめんね」
とんがり帽が大きく揺れた。そして離れた所でプロトたちを見守る。
「……もどかしいわね」
「そうだな……正解があれば良いけど……どこにもない、だろうから」
「生きていることの証明、であったか……吾輩も考えたこともない」
自分が生きている。あまりにも当たり前すぎたから、考えたことなんてない。きっと、プロトから見た自分たちは幸せなものだろうし、生きていると思えるに違いない。勿論、プロトが生きていないなんて思ったことは無いけれど、兵器として作られた彼の生きている事の証明は難しいように思えた。
「なにか、納得出来るものがあれば良いのだけれど」
「あぁ、そうだな」
一晩明け、プロトが眠っている間にも考え込んだが何も良い答えは見つからなかった。
魔道人形たちの村を出ると、一気に極寒の世界に引き戻された。自分達が極限の場所にいるんだと、頬を叩かれたような心地だ。林を抜けていく雪風は、思わず足を止めたくなった。快晴にも関わらず、積もった雪は少しも溶ける様子を見せなかった。
「ウィリアム、また頼むぜ」
「あぁ」
ザックザックと強い足取りで大きな轍が作られる。しっかりと休んだお陰か、ウィリアムの体は随分軽いように見えた。思いがけないアクシデントや情報を手にしてしまったが、敵がいない場所で休めたのは確かに大きい収穫だった。そして前を歩くプロトの肩はピシッとして、村での事なんて無かったかのように見えた。
「あれは……魔物か?」
「ん……そうみたいだな」
ウィリアムが足を止める。横に立って同じ方を見れば、確かに魔物のような影があった。
「氷龍がいなくなった影響かしら?」
「恐らくは……どうする? 倒すか?」
「そっちの方が楽じゃないか? 山も遠い。これなら雪崩もないだろうしな。音もこれだけ広けりゃ、響かないだろ」
大きな音がすれば問題だが、今は辺りにこれといった目ぼしいものは無い。遠くにノクスの気配がする山があるだけだ。でも、ひょっとしたら氷龍とノクスに挟まれたこの平原に片方が消えたことで魔物たちが流れてきている可能性はあった。強者がいなくなった後の山や平原は、この厳しい環境で絶好の資源のたまり場だろう。ならばいずれにしても早く抜けてしまうに越した事はなかった。
魔物たちはやっぱり氷龍がいなくなった影響か、自分達が来た方向から流れてきているようだった。だから、魔道人形の村を出て、暫くすれば出会う頻度は下がった。お陰で歩が止まってしまうことはなかったし、氷龍から逃げた魔物に苦戦するような事は今更なかった。
「ここが麓だ」
「遂に、来たな」
荷を下ろして、山の天辺を睨む。夕方の赤い陽を背負った山は神々しく、こちらを悠々と見下ろしていた。その中にノクスの、あのこちら見透かしたような目が混じっているようにも思えた。
「……登る所、あるかしら?」
ミラが周囲を見渡して言葉を零す。確かに言われて見れば、人が登るための道などどこにも無いように見える。断崖絶壁、難攻不落。いくら言葉を重ねても山の厳しさを表せてはいないような山肌はあるがままに人の希望を挫く。
「ノクスが居城にしてんだ。なにかあるとは、思うけど」
「一見ではわからんな」
ウィリアムも溜息を吐く。流石に彼に探してくれとは言えない。範囲も広いし、ノクスが執着しているのは自分だけである以上、バラバラに探すというのも出来ない。勿論雪山の脅威も含まれている。
流石に見るだけでは仕方がない。麓から山肌に近付けば、登れなくもないとは思えて来た。
「でも、最初だけだなぁ」
見上げる。なるほど、山なのだから登れはするだろう。でも、今の装備や知識で登り切れる山には到底思えなかった。中腹に辿り着ければ奇跡を謳っても良い。それもこのメンツの1人だけだったとしても、だ。
「なにか、無いのかしら……ノクスは飛べるけども……ルークに来てもらいたがっているのでしょう? なら道があっても良いと思うのだけれども」
「そうだよなぁ……俺があの力使ったって、登り切る前に力尽きちまう」
「でも、周りは真っ白だよ」
「うむ……それに陽も暮れて来た。休むなら山から離れねば」
こんな山肌の傍では寝られない。雪崩が起きたら全滅だ。今だって死地となんら変わりない。だからウィリアムの懸念は良く分かる。でもずっと違和感があった。それこそ、プロトが村を発見した時みたいな違和感だ。
「多分、道はあるんだと思う。そんな感じがするからな。でも、それが何処か分かんないなぁ」
「そうなの? プロトが感じたのと一緒かしら?」
「似たようなものかな……確信はないけど」
手で雪を掬う。手袋越しでも冷たさがじんわりと伝わってくる。握りしめて投げてみるが、何か見つかる訳でも無かった。
「その感覚はこの辺りなのか?」
「うーん。多分? ノクスの気配の方がずっと強いから、ちょっとわかりづらいのかな? 気が利かない奴だ」
天辺を睨む。今にもノクスの笑い声が聞こえてきそうだ。待っていろ。今に殴りに行ってやるからな。
「とにかく、直ぐに分からないなら、一旦離れるべきだ。明日、探しても良かろう」
「そうだな……ここまで来てノクスが突然暴れたりもしないだろうしな」
敵ではある。でも彼なりの美学、みたいなものが有るのは分かっているから、此処で突然戦闘を始めるようなことはないだろうとも思えた。間違いなく、何かしらの手段でこの山を登ることが出来て、その先に待っている。
「プロトはどうだ? 何か感じるか?」
結局目的地を前にして日が暮れてしまった。急いで雪を積み上げて作ったシェルターの中で暖を取りながら作戦会議をする。
「うぅーん。ごめん。良く分からないや」
「謝ることはねぇよ。だとすればやっぱ俺なんだな」
壁に凭れ掛かりながら目をつぶる。なにか、なにかないかと頭を捻る。でも、辺りを包む闇みたいに頭の中は暗く、先が見えなかった。
翌日、外に出てみると、白銀の世界が広がっていた。赤いと美しさよりも怖さが際立った感じだが、昼間はいっそ目が痛いくらいに眩しく神聖さがあった。
「これなら、なにか探すには丁度いいんじゃないか?」
「えぇ。良く見えるわ」
ミラと並んで山を見る。雪山はどこまでも同じ色であらゆるものが狂って見えてしまいそうだった。その中、違和感の正体を探すために目を凝らす。
(なにか、なにかないか……? ある筈だ。アイツが用意した道順が絶対にある)
心の中でもはや只の願望めいたことを呟きながら山を見ていると、一点だけ変な場所があった。
「……あれはなんだ? ウィリアム、あそこだ。あれは、切れ目じゃないか?」
「ムッ……確かに、影、ではない、か?」
判別がやや難しい。山の出っ張りに雪が積もって影になっているだけにも見えるが、それにしては、変な感じだ。昨日は山の裏側から陽が照っていて丁度見えなかった。だけど今は真正面から陽を浴びているから、良く見えた。
「角度的に、影だと変ね……行ってみる?」
「あぁ、他になにも無さそうだからな……そこまで高い位置じゃないし、行ってみようぜ」
もしかしたら罠かもしれない。でも行ってみる価値は十分に思えた。それに今日中に辿り着けそうな位置なのも後押しする。
「なら行くぞ。早く行動したほうがいいだろう」
ウィリアムの言葉に頷き、全員で荷を背負う。そして山の切れ目を目指して登り始めた。
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