16話
魔道人形たちの村は普通の村と比べれば違和感があった。彼らはそれぞれが好きな、或いはやりたいと思った事をしているらしいが、大人がままごとをしているような奇妙な現実感と大量生産をする工場の作業員のような融通のなさがあった。つまるところ、それっぽい動作を繰り返し続けていた。
「落ち着かないな……」
村唯一の宿、初めての客として案内された一室から村を眺める。部屋は木製で、余計な遊びのないシンプルで品の良い内装だった。埃や染みの1つ見当たらず、木枠の中に詰められた藁は客の来ない極寒の地と思えないほどにパンパンに敷かれていて、シーツも真っ新だった。それでいて代金は掛からない。彼らはお金を必要としない。その代わりと言えるのかは分からないけれども、宿の主人という役目が果たせることが対価みたいだった。
「水も、問題ないようだ」
部屋に置かれていた水差しからウィリアムが顔を遠ざける。腐っているか、毒のようなものが入っているかもしれないと、少しだけ思っていた。でもウィリアムが何も感じられないのなら、まともな水なのだろう。
「ご飯も用意してくれるらしいけど……どうやって確保しているのかしら?」
「この場所は温度が安定してるし、雪も降ってこないから、畑でもあるんじゃないか?」
「食べないのに?」
「あぁ。ほら、畑作業がしたい魔道人形がいるかもしれないだろ?」
彼らのことは詳しくないが、意外なことに彼らの興味は多種多様だ。広場に行く途中にあった商店には確かに食べ物らしきものが並んでいるのも見た。だからきっとそう言うものに興味を持った個体がいても変では無い気がした。彼らは生きる為にやっているのではなく、生きる意味と興味の為に行動しているのだ。
「プロト殿は大丈夫だろうか……」
「さぁな。でも、早まった事はしないさ。今も、話を聞いて回ってるだけだろうさ」
プロトは宿に留まる事はせず、直ぐに外へ出て行った。落ち着いてなにか考え事をする感じではなかったし、周りに会話できる同族、或いは兄弟が沢山いるのだ。話してみたいと思うのは自然なように思えた。それに、そうやって動き回っている方が、今は良いだろう。
「……それにしても、驚いたわ。彼らにも寿命があったのね。確かにどんなものにも終わりはある、ものね」
ミラが気まずげに口を開く。彼女の驚きは良く分かる。俺だって、驚きすら口からだせなかった。
「あんなに短いなんて……想像もしなかったわ」
「そう、だな」
沈黙が落ちる。村がとても長閑だからか、部屋の中の沈黙がより深い闇に感じられる。プロトは違うと否定したい感情が心の中央にどっしりと構えて主張する。でも、ノクスの性格と兵器としての側面、そしてここに住む魔道人形たちの言葉がそれを押さえつける。プロトだけが違うとは言い切れない。それがもどかしい。でも下手な慰めは誰も望んでいないから、やっぱり口を噤む他なかった。
「ただいま」
「おかえり、プロト。どうだった?」
「うん。たくさん、喋ってこれたよ。皆良い人たちだった」
プロトが帰って来たことで長い沈黙が破れた。助かったと思う。誰かがどうにか口を開いても、明るい雰囲気には出来ず、詰まってしまっていたから。……一番大変だろうプロトが踏ん張っているのに情けない。それに発破を掛けた俺が沈むのはもっとダサい。頬を叩く。
「そうか、ならよかった。ただ、あんまり長くは居られない。悪いな」
「ううん。ボクの我儘みたいなものだから。それにルークの用事の方が先だったしね。大丈夫だよ。それに、ノクスに聞きたいことがボクにも出来たから」
「そっか」
あの、重苦しい雰囲気を少しも感じさせない。いつも通りのプロトだ。でも少しだけ、ホンの僅かな瞬間にぼんやりと、何かを考えているような無の時間があった。もっとも、それも当然のことだ。
「それで、どうする? 今日は泊まるけど、明日には出るか? それとももう少しだけ、聞きたい事とかあれば……そうだな、1か2日いられると思うけど」
プロトに顔を向ける。ここに用事があるとすれば彼くらいなものだし、事情が事情だから、居たいなら、その位の猶予はあるように思えた。
「……あと、1日だけ、良い? そしたら、うん。大丈夫。行けるよ」
「構わないさ。2人もいいよな?」
「えぇ。少しでも、納得してから、出たほうが良いもの」
「吾輩も異論はない。プロト殿、手伝える事はあるか?」
「えっと……今は、思いつかない、かな。でも思いついたら、お願いするね」
「まかせな!」
「みんな、ありがとう!」
そう言ってプロトは嬉しそうに体を揺らした。
翌日、朝食を摂る頃にはプロトが一足早く宿を出て行った。憂いはなさそうだったから、笑顔で見送った。そして朝食を摂り終えた後、各自で別れてプロトと同じように村を回る。
「ふーん。意外と、違いがあるんだなぁ」
村で過ごしている人形たちは型番が違うのか、細かい所が少し違う者がいる。大半が一緒だから見過ごしてしまいそうになるが、服のちょっとした差し色や装飾品が違う。だからじっくりと眺めれば見分けは出来そうだ。でも、喋り方や、挙動があまりにも似ているから、難しいのも事実だった。
「ん、この先は……」
村の中心からやや逸れる道を見つけた。視線で追って行けばちょっと遠くまで道が繋がっている。村は柵で覆われているが、円を崩すようにしてこの道は伸びていた。
「なんか寂しい道だな」
冒険心が疼いて道を辿ってみるが、何もない。村の中央は奇妙ではあるが賑わっているのに、この道は人をやんわりと拒絶するような雰囲気があった。でも確かに人通りはあるのか、土が露わになってもいた。
「あれは、プロトか?」
見慣れた背中が見えた。確信が持てなかったのは、小さい背中がより小さく見えたからだった。杖も持っていないから、先の折れたとんがり帽が寂し気に見えた。
「よう、何してんだ?」
「あ、ルーク」
道は少しだけ盛り上がった場所へ繋がっていて、プロトはその上から遠くをボォっとみていた。その肩を叩けば、少しだけ全身が伸びて元に戻った。
「えっと、アレ……」
揺れるとんがり帽から目線をプロトが示す方へ向ければ、何やら土から棒のようなモノが突き出した場所があった。
「……墓地、か」
「うん。そう言ってた」
確信を持って言えなかったのは余りにも寂しい感じがしたからだ。此処でどれだけの魔道人形が動かなくなったのかは知らないが、1体ということもないだろう。なのに、こんもりと盛られた土も棒も1つしかなかった。もし、なにも知らなければ、目印か、どれだけ好意的に見ても、ペットの墓くらいの出来だ。参られたような跡もない。本当にただ、必要だから置かれた、みたいな寂しさがあった。
「でもね。なにも埋まってないんだって。動かなくなると、消えて無くなっちゃうみたい。だから、本当に形だけ、なんだって」
「そう、なのか? でもアスケラで見たのは本当に道具みたいじゃなかったか?」
「うん。幾つか型があるみたいで、ここで暮らしてるのは皆絡繰りみたいに歯車の1つ無いんだって。良く分からなかったけど、魔素ってのを固めて作られたって言ってた」
「魔素……」
初めて聞いた物質だ。ノクスが生み出したのだろうか? 名前の響きで言えば魔力によく似ている。プロとたちが全員魔法を扱える事を思えば強ち外れではない気がした。
「ボクはどっちなんだろうね……ただの道具なのか、それとも何もないのか……」
「……プロトは、プロトだろ……」
自分でも白々しいし、軽すぎると思った。でも、何を言っても慰めになりそうにないのはずっと一緒だった。
「ごめん。変な事言っちゃった。でも、ボクずっと考えてるんだ。生きてるって何だろうって。ボクや魔道人形たちと、それ以外で何が違うんだろうって……生きるって何だろうね? それが証明出来なくても、生きてるって言えるのかなぁ……全然分かんないや」
「プロト……」
プロトが肩を落とす姿を見ることしかできなかった。でも自分でも、どうやってそんな事を証明できるかなんて分かんないから、やっぱり何も言えなかった。そして夕暮れが迫るまで、2人でずっと、遠くを見つめていた。
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