15話
魔道人形たちの話はそこまで長いものではなかった。そのうえで分かったことは、彼らは異常な個体としてノクスに捨てられたこと。そして異常がプロトのように、ハッキリとした自我を持っているということだった。ノクスが求めるのは彼の指示に躊躇いなく従う道具であり、けして自由に考えて行動するものではなかった。αやβのように指揮を見据えた個体であれば、その限りではないが、それにしても自由に物を考えて行動するようなことは無いらしい。ましてや、村を作って暮らすようなことはありえないとの話だった。だから彼らはここに集まって、生活を営んでいるようだった。
「なぁ、こんなこと聞くのはアレかもしれないけどさ。飲み食いなんてしないんだろ? それに、寒いとかもないだろうし、こんな立派な村を作る必要ってあったのか?」
周囲を見渡せば、今いる広場の周りはきちんと人が住めるような住居が建ち並んでいる。それに商売をしている個体が居たことを思えば、なにかしらの売買が成立する基盤があるということだ。彼らの体を思えば、手足の生えた剣が生活をしているようなもので、村として見れば普通だが、彼らが混ざるとかなり不思議な光景だ。
「僕たちニは、要らないネ。でモ、僕たち、普通に生きてみたカッタ」
「僕タち、生キル、知らナイ。でも、興味あっタ」
それは、酷く純粋な言葉に聞こえた。なんというか、まだ1人で家の外に出たことがない子供の疑問みたいだと思った。でも微笑ましいとはまた違う。透き通ったというにはあまりにも寂しい言葉だとも思った。それに慰めるとか、同情するには卑屈さも鬱屈も感じられなかった。だから、純粋さだけが際立った。
「普通に……生きて……」
プロトが彫像のように固まって、彼らの言葉を繰り返す。思い返せば、プロトも同じようなことを、アガパンサス団のアジトで言っていた。勿論、それを探しに行く旅の件も忘れてなんかいない。あの時、自分は上手くプロトに返せなかった。でも今、初めてプロトにとって同類が現れた瞬間だ。その衝撃だけは理解できた。だからそう呟くプロトになんて声を掛けたらいいか、分からなかった。
「だから貴方たちは、ここで暮らしてるのね。でもなんでこんな場所なの? ノクスに何かされるかも知れないのに」
今はそっとしておこう。ミラもそう思ったのか、呆然とするプロトを横目に彼女は疑問を投げる。確かに、こんな場所でなくていい。もっと多くの人がいるところでも良い筈だ。普通に喋れるんだ。だったら、幾らでも受け入れてくれる街はあるだろう。特に、飛空艇でやって来たあの街なら、多少の苦労はあっても馴染むことは出来るだろうし、旅するのだって、彼らの体ならそこまでの苦労はないように思えた。
「僕たチも考えタ事あル。でも、僕たちハ、いつ動かナクなるカ分からない。生きル、分からナイのに、街にハ居られなイ」
「それニ、造物主、僕たチ、興味なイ。だかラ、ここ」
迷いのようなものは感じられない。そもそも感情が分からないから、本当に言葉どおりなのかも良く分からない。でも、彼らなりの何かがあって、決まったことなのは良く分かった。
「いつ、動かなくなるか分からない、というのは?」
今度はウィリアムが尋ねた。確かに、彼らはずっと「いつ動かなくなるか分からない」と口にしている。同時に彼らが兵器で、作られた物であるなら稼働限界とでも言うべき区切りがあるのは自明だ。
「僕たチ、戦うたメ作らレタ。長く使ウ予定ナイ。だかラ、長ク動かなイ」
「動けル時間、ばらバラ。でも、3年ナい」
「えっ」
驚愕の声が嫌に響いた。プロトが下へ向いていた顔を彼らに向けた。垂らした雫みたいな目がいつもより大きくなっていた。でも、驚いたのは仲間全員だったし、本当にプロトだけが声を漏らしたなんて思えなかった。
「そ、それは……どうにもならないのか?」
「分かラなイ。でモ、僕たチ、どうヤッテ生まれたカモ知らなイ。だかラ、どうしようもなイ」
「そレなラ、探すヨリ、残リの時間、やりタい事やル」
なんの躊躇いも、迷いもない言葉だった。悲しさもない。ただ、そうあるから、あるだけ。受け入れて、前に進む事を選んだ言葉だった。それに悲しさを感じても、それはこっちの都合と我儘だ。だから、言葉が出なかった。
「今日ハ、止まるト良いヨ」
「あそコが、宿だヨ。初めテノお客サん」
案内してくれた魔道人形たちはそう言うと、広場から出て行ってしまった。残されたのは、突然の事実に打ちのめされた自分達だけだ。周りにいる他の魔道人形たちは、こちらを見ることはないし、各々が自由にやりたいことをしていた。
「……」
沈黙が自分達の上で帳のように掛かっていた。誰も口を開けない。開こうとしても、プロトの様子が気になって、何を言ったら良いのか分からなくて、口端がモゴモゴとしてしまうだけだった。風が吹き抜ける。でも、この重たい空気は流れて行ってくれない。
「な、なぁ……」
どれだけの時間が流れただろうか。陽の感じは変わらないから、そんなには経っていない筈なのに、もっと長い時間が過ぎてしまっていた気もする。あぁ、何も変化の起きないこの村が時間を狂わしてしまっているような気もした。
「ルーク……」
プロトはこっちを見ない。彼の心もどこかへ行ってしまったようだった。その背中は酷く寂しそうだ。でも、駆け寄って、肩を叩いて励ますのが正解なのか、分からない。こんな経験は一度だってない。打ちのめされたプロトを、どうしたらいいんだろうか。
「あぁあああ! プロト!」
「ワァ!!?」
やりきれない気持ちを、全部吐き出して、苛立ちを足で踏みつぶすみたいに慣らしてプロトへ寄って、肩を掴んだ。プロトはそれが酷くびっくりしたのか、猫みたいに飛び上がったけど、それも手で抑える。
「プロト! あの時も言ったけど、俺には難しいことは分かんねぇ! でも、でも! 今、いくら考え込んだって分かんねぇ事に悩んでも仕方ねぇ、とは思うんだ」
酷く無責任な言葉しか言えない自分に嫌気が差す。プロトはいつも自分を追いかけて来てくれて、助けてくれたのに、そんな彼に何も返してあげられない自分が嫌だ。でも、落ち込んで、今にも消えてしまいそうなプロトは見ていられなかった。
「だから! 行こう。俺たちと、アイツの下に。そんで、一発、殴ってやろう。残り時間とか、色々、あるとは思うけど……でも、だからこそ!」
「ルーク……」
上手く言葉が吐くことが出来ない俺にプロトが顔を向ける。さっきまで、現実感のない雰囲気はなくなって、迷子みたいな顔になっていた。
「わかんないよ! でも、行くべきだ。分かんないからこそ! 進むべきだ……と思う」
言い切れない。でも、そうやって生きて来たから。そうとしか言えなかった。悩むんじゃなくて、無様でも、誰かの手を借りなきゃ立てなかったとしても。動いて、動いて、答えを求めるのが自分の生き方だった。
長い沈黙だった。でも、プロトとの目線は切れなかった。言葉も無かった。でも、随分喋ったような気もした。強い風が抜けていく。三角帽子がユラユラと、迷うように揺れた。
「ルーク……うん、そう、だね。ちょっと、まだ、整理がつかないけど……止まっても仕方ないもんね」
「あぁ」
「でも、少しだけ。もう少しだけ、時間もらってもいい? 話は聞きたいんだ」
「勿論だ。ノクスの野郎、殴るのはそれからでいいさ」
そう言って笑う。上手くは笑えなかったかもしれない。でも、重い空気が少しは晴れた気がした。
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