14話
プロトが指さした黒い林は、外から見るのと中から見るのとでは印象がガラリと変わった。最初は何だが寂しい感じのする、閑散とした林に思えた。でも、中に入ってみると、思ったより鬱蒼としていて、重たい感じがした。視界が悪いわけではないけれども、良好とは言い難い。それに、侵入を拒むような感じもした。
「……不思議な場所ね」
「あぁ。でも嫌な感じもしないな」
警戒の為に武器を握ったままだったが、何かが襲い掛かって来る感じはしない。最初の印象から、魔物の隠れ家を想定していたのが馬鹿らしくなってしまう位には、なにもない。でも、隠れ家という言葉はピッタリに思えた。
「まだ先か?」
「う、うん。でも遠くない、と思うよ」
先を進むウィリアムの後ろを歩くプロトはどこかソワソワしたままだ。彼が何を感じているのか分からないけれども、興味を引き続ける何かがあるらしい。罠の予想は拭えないけど、彼にそう言い切ってしまうのは、どこか気が引けた。
「む? なにか変だ。プロト殿、この辺りではないか?」
「うん。この辺り、だと思う。……ちょっと待ってて」
ウィリアムが足を止めて周囲をキョロキョロと見渡す。確かに、空気が変わったような気もする。こう、見えない壁の前に立たされている感じだ。
「えっと……こっち、かなぁ」
プロトは頻りに何もない場所で、なにやら探すような感じで宙に手を彷徨わせる。それから、杖に切り替えて、宙をノックした。すると、何やら波紋みたいな揺らぎが辺りに広がって、ポーンと間の抜けた音が林に響いた。
「なんだ!?」
突然の現象に驚きが隠せない。しかし、そんなことは気にならないのか、プロトは音がした方をジッと見つめていた。そして、波紋の出来た辺りから、突然空間が割れるような感じで林が開けて、光が溢れる。
「これは……」
ミラの七色の瞳が丸く開かれる。ウィリアムもどこか唖然としているようだった。プロトだけが、静かにその先を見ていた。
「なんだ、これ?」
開かれた先は、氷原の林とは到底思えない景色が広がっていた。それこそ、初めてプロトと出会った時の村みたいな、牧歌的な景色が広がっていた。
「あ、おい! プロト!」
その光景に見とれていると、プロトが躊躇うことなく、足を踏み入れて奥に行こうとしてしまう。その背を慌てて追った。
「寒くない……どうなっているのかしら?」
「地面も土、ですな」
「木も、本物……だな」
肌に感じる暖かさや感触はこれらが本物である事を如実に伝えてくる。でも、頭の中は、非現実感を訴えていて、強烈な幻覚を見せられているような感じがした。
「ここは、いったい……」
呆然としていると、奥の村らしき場所から何か影が2つ、こちらに向かって来るのが見えた。
「あれは」
ミラが息を呑む。あの影は見慣れたものだ。咄嗟に頭が現実を掴んで、手に武器を持たせる。
「待って!」
前に出ようとした自分をプロトが聞いたことも無い大声で止めた。何故、そう思って彼の方を見れば、これまた見たことがない表情をしたプロトの顔があった。警戒、という訳ではない。どちらかと言えば信じられない、みたいな雰囲気だ。その視線の先、向かってくる影がはっきりすると、プロトが止めた理由も良く分かった。
「おいおい。まじか」
プロトが被っている物より幾分長い三角のとんがり帽、魔法使いらしい青っぽい、ゆったりとしたローブに、道化師のような曲線を描いた楕円のズボンを履いた2つの影が歩いて来た。しかし、敵意のようなものは感じられない。まるで家にやってきた友人を出迎えるような呑気さがあった。
「こんニチワ、兄弟ト連れノ人」
連れ添った内の片方が、やや片言で話しかけてくる。やっぱり敵意のようなものは無い。むしろ親しみすら感じた。
「あ、あぁ……えっと。こんにちは」
なんて返したらいいのか分からないが咄嗟に挨拶だけする。しかし変な間が出来てしまった。
「あ、あの! 君たちはどうして此処にいるの? 何をしているの?」
「兄弟、それナラ、奥デ話すヨ。つイて来て」
こっちが話しあぐねているとプロトが堰を切ったように口を開く。そして向こうもそうなると分かっていたかのような言葉を発した。
「……どうだと思う?」
「……分からない。でも、ついて行った方がいいとは思うわ」
向こうの真意が分からない。ただでさえ、表情にも乏しい相手だ。プロトなら分かっても、似ているだけの相手のことは分からなかった。でも、プロトは話を聞きに行く気に溢れていたし、自分達も気になってはいた。
「大丈夫、ボクたちは、見捨てラレタ存在だかラ。ノクスもココは気にしナい」
まごついていたこちらを気遣うような事を口にする。ノクスの名前も出て来たし、見捨てられたの意味も気になる。こうなると断るのも変だと思ったから全員の顔を見渡して、頷く。
「分かった。案内してくれ」
そう言えば、彼らも頷き、元来た道に引き返して行く。その背を追った。
「やっぱり村、だな?」
「そのようだな……どうなっているのか。場所自体が別の次元にでも飛んでいるかのようだ」
連れられた先、当初から見えていたが、やっぱり只の村だ。でもこの場所で普通の村であることはなによりの異常だった。それに雪景色などどこにもなく、春か秋くらいの気温に、草木も謳歌している。天辺に位置する太陽は見覚えがある。時間も合っているのに、環境だけが変だった。
「魔道人形がこんなに……」
村には迎えに来たのと同じ見た目の魔道人形で溢れていた。そして普通の村人のような生活を営んでいるように見えた。見慣れた景色だから、より変に感じられる。帝国で相対した人形はもっと無機質だったし、αやβはもっと兵器だった。でもここにいるのはプロトに大分近い雰囲気がした。
「こっチ」
案内をする魔道人形に連れられるまま、村の中を抜けていく。辺りで作業をしている人形たちは、こっちを見ることはない。黙々と作業している。唯一目が合うとすれば、商店を営んでいる人形ぐらいだろうか。それにしても、声を張り上げるようなことはしないし、こっちと目が合えば会釈をするくらいだ。歓迎している訳ではない。気にも留めない、と言う感じは少し落ち着かない。無音に思えるのに、彼らがあくせく働く音だけはしっかりとするのが何だが変だった。
「こコ。話すノニ、丁度いイ」
連れてこられたのは建物の中ではなく、広場のような場所だった。辺りではやっぱり、魔道人形たちがいて、思い思いに過ごしているように見えた。異様そう言ってしまえれば楽なのだろうけども、彼らが余りにもノンビリとしているように思えたし、そう言ってしまうのは心が無い。そう思える程には普通で溢れていた。
「ナニか、聞きたイ事、あル?」
こちらが周囲を見ていると魔道人形たちからそう聞いてくる。勿論、聞きたい事は沢山あった。でも何から聞くべきか、迷ってもしまう。
「あの、君たちは……なんで此処にいるの? そもそも此処は何なの?」
悩んでいる間に、プロトが堪えきれない風で口火を切った。すると、それが分かっていたかのように、彼らが答えた。
「ここハ、棄てらレタ者たちノ棲家。皆、家族。何処にモ行けナイ僕らノ、墓場」
「皆、動きガ止まるマデ、好きニ過ごしテル」
語られたのは予想とは違った。でも、納得が行くものでもあった。
良ければ評価、ブクマ等してもらえれば幸いです。




