13話
「倒したのか……?」
強い冷気が去った後、徐々に晴れていく先を見る。やれることは、精一杯やった自覚があるし、なんの音沙汰もないことを思えば勝ったんじゃないかとも思う。でも、いくら傷ついていたって、龍は龍という思いもあった。実はあの氷の身体の下に本体が眠っていて、割れると同時に飛び出して襲い掛かって来るんじゃないかとも思ってしまう。でも、いくら待っても、目を凝らしてもそれらしき存在は現れない。そして遂に全ての冷気が風に流されて消えた。
「……勝った」
冷気が晴れた先にあったのは、アイスピックで思いっきり突いて壊したような、氷の山だった。そこに生命としてのなにかは全く見えなかった。本当に、氷の山でしかない。元が生き物だったなんて誰も信じないだろうと思うほどだ。
「勝ったぞぉ!!」
両手を振り上げて、のけ反る。空は図ったかのように晴天で、吹雪もない。龍と共にどこかに流されてしまったみたいだった。身体の倦怠感も、この達成感には及ばない。歓喜が全身を満たした。
「ウィリアム!」
一頻り喜んだあと、最も近くで立っていたウィリアムへと駆け寄る。彼もいつもより表情が緩んでいて、疲労もハッキリと映ってはいたけれど、やり切った顔をしていた。
「なんとか、なったな」
「あぁ! 全員無事さ!」
見上げるのは氷の山だ。不自然なくらいに冷たい風を垂れ流していて、周りの環境もあるのだろうけど、溶ける様子は全くない。試しに触れてみるが、硬さはそのままで、酷く滑らかな氷だ。食べれるのだろうか、そんな呑気なことも思いついてしまう。勿論、そんなことはしないが。
「おぉーい」
「ん、おーい。こっちは大丈夫だ!」
氷龍だったものを観察していると、上からミラの声が聞こえて来た。見上げれば、ミラとプロトが並んでこちらを見下ろしている。すでに警戒も解いているようで、ミラの表情はとても明るく、彼女の髪も澄んだ空気に棚引いて、オーロラのようだった。
「一旦、上に上がろうぜ」
「であるな。これは興味深いが、今はそんな余裕もない」
そう言葉を返すウィリアムの視線の先は当然氷龍の氷だ。確かに、どうなっているのかの興味は尽きないが、研究者でもないし、持って帰ることも出来ない以上、どうしようもなかった。勿体ないとは思うけども、本来の目的を思えば、置いていく他なかった。
それから、ミラたちにはロープを垂らしてもらって、穴から登る。傾斜は緩いから、無くても登れそうだったが、疲れもあったし、これで怪我をするのは酷く馬鹿らしい。それにいざ、登ってみれば徐々に疲れが身体の奥からジワリジワリと染み出してきたから、正解だった。
「はぁ……もう動きたくないね」
「お疲れ様。でももう少しだけ頑張ってね」
ミラがそう言いながらコップに注いだ水を渡してくれる。1つ礼を言ってから喉に通せば、外気に負けないくらいに冷たい。水結晶から割りたての水が、戦いで火照った身体を気持ちよく解してくれる。
「ふぅ。生き返った気分だ! でも、どうするか、だよなぁ……」
辺りを見渡せば、何もない雪上が広がるばかりだ。元居た穴倉まで戻る選択もあるけれども、面倒だ。かと言って、ここで休むのはちょっと難しい。結構な音が響いただろうし、氷龍の気配もしないとなれば、何かが寄ってくる可能性もある。だから結局は前に進むしかないのだが、疲れが足を引っ張っていた。
「行くしかあるまい」
「まぁ、そうなるか。でも少し休んでからな。俺の足が、ほら、まだ震えてんだ」
同じように水を口に運ぶウィリアムへ足を指さしてみれば凍えたように、小刻みに震える足がある。寒くはない。ただ、疲労が自然とそうさせていた。正直なことを言えば、気絶しなくなっただけ、マシと思える。
「ルークの体調はどうなの? あ、火熾そうか?」
「いや、そこまでじゃないさ。ちょっと休めれば良い。どうせ全快するわけじゃないしな。だから少しでも余力を残しててくれよ」
「そう?」
プロトが首を傾げる。
「あぁ。まだ無いと思うけど、魔物がここに来ないとも限らないだろ? でも俺は動けないからさ。プロトの余力が残ってる方がいい」
「そっか。分かったよ」
今度は納得して縦に首が振られる。プロトも結構な魔力を消費した筈だが、ピンピンとしている。疲労が表に出ないだけに、正確なことは分からないけれども、もし厳しいなら本人から申告がある。それが無い、ってことならまだ余裕があるという事だ。
「よし! 待たせたな、ありがとう。もう大丈夫だから行こうぜ!」
悪いとは思いつつ、腰を下ろしてしっかりと休んだ。勿論、作戦会議も含めてだから、悪く思うことはないが、それでも、自分の体調が一番の理由だけに礼だけは口にする。
「ううん。それより、本当に大丈夫なの?」
「あぁ、問題ないさ。それにここが安全な訳じゃないしな」
荷物を背負いながらミラの方を見れば、不安そうな表情をした彼女がいた。でも本当に、彼女が心配するほどでもないのも事実だ。もう足は震えていない。戦うのは無理かもしれないが、仲間がいるのだ。最悪、逃げられればどうとでもなる。
「そっか。なら行こう」
「おう。ウィリアム、前行けるか?」
「あぁ。問題ない」
そして再び山の向こうを目指して歩き出す。ノクスの反応は近い。気を新たに、雪を踏みしめた。
山の側面を回り込み終える頃には7日と少しが経っていた。どこまで行っても変わらない景色は、当初感じた神秘性も感じられなくなって、鬱陶しいものに早変わりした。それすらも慣れれば、土の上を歩いているのと変わらない感覚にもなる。オーロラだって見飽きてしまった。
「あぁ、あれだ」
「そうなの? よくわからないけども……」
山を迂回した先、雪原の向こうは再び山が聳え立っていた。まだまだ距離が有るから正確なことは分からないけれども、2回りくらいは小さく見えた。でも酷く整えられたように見えたし、あまりにも俗っぽい雪山だ。一から粘土で捏ねて、作られた山のような見た目は、違和感と神秘を併せ持っていた。でも、この違和感をもっているのは自分だけらしく、3人は首を傾げるばかりだ。
「本当にあれなのか?」
「あぁ。間違いない。あそこにノクスがいる。あの天辺だ」
指さしたのは山頂だ。やや平らに見えるそこには、一見何もないように見える。でも、間違いなくそこに何かがあると確信があった。
「そうか。まぁ、お前の指示でここまで来たのだ。今更異を口にはしない」
「そうね。私たちは信じるだけ」
「ありがとう」
自然と感謝が口から出た。言葉に偽りは無いと確信が持てた。それが長い付き合いになるからかは分からないけれども、暖かな物があった。
「……」
「ん? どうした、プロト?」
ふと、横を見ると、プロトが全く別の場所を見て、固まっていた。
「え? ……あぁ、えっと……なんて言ったら良いんだろ……」
「ゆっくりで良いぜ」
「うん。ありがとう……」
そう言うとプロトが首を左右に振りながら、何か考え事でもするように、口元に手を当てる。そして暫く待っていると、不安そうな雰囲気と共に口を開く。
「えっとね。なんて言うか、あっちの方に変な魔力だまり? みたいな感じがするの」
「魔力だまり? それってなんだ?」
「んーと、あの帝国の飛空艇の時に感じた、変な魔力の流れ? みたいな感じ、かな」
「あ~なるほど?」
ようは、変な魔力の流れを感じた、という話だった。あの時もそうだったが、自分には感じられない。それは他の2人も同じだ。
「あ、でも。気になっただけだから、無視してくれても」
「いや。もし、それが何かを隠しているなら、見に行ったほうがいいだろう」
「ウィリアムの言う通りだな。ノクスが何か仕掛けてるかもしれないしな」
「で、でも。本当に微弱、だよ? 気のせいかもしれないし」
「だとしても。あなたが何か感じたのでしょう? なら行っても良いと思うわ。そんなに時間も掛からないでしょうし」
後から何か起きるくらいなら、今のうちに確認しておきたい。ノクスと対面する時に憂いがあるのは良い事とは思えなかった。
「プロト、案内してくれ」
「う、うん。じゃぁ、あっち」
そう言って指さされたのは、少しばかり深く、黒い林の向こうだった。
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