10話
「皆! 無事か!?」
降り注ぐ吹雪という異常を振り払い、無事を確かめる。振り返る事は出来そうにない。傷ついているのが嘘だろうと思うほどのプレッシャーが氷龍から放たれているからだ。
「問題ない!」
「えぇ! ありがとう、ルーク!」
「だ、大丈夫」
全員の声が聞こえて安堵をつく。まだ力を使いこなせている自信がないし、そもそもこの状態に成れたのも確信があってのことじゃない。ただ、予想の通りに感情の昂りだとか、危機的状況に陥るとこの状態になるらしいという確信めいたモノが今、あるだけだった。
「でも、どうれば……」
仰ぎ見る。その先には氷龍がその巨体を悠々と浮かせたまま、こちらを見下ろしていた。氷龍の背後は極寒の嵐が吹き荒れて、陽を遮っていた。一度は吹き飛ばしたように思えたが、肝心の所までは届いていないらしく、氷龍の姿に変化は見えなかった。そして、氷龍と戦う為の用意はなにもなかった。
「せめて飛べれば……」
愚痴が口をつく。何せこちらから届く攻撃がない。氷龍は片翼でもしっかりと空を飛んでいた。厄介だ。それこそノクスの様に飛べて、強力な魔法を使えないと戦いにすらならない予感があった。
「……お前の力では難しいか?」
「分かんない。でもさっきの攻撃が何度も出来るなら、撃ち合っても勝ち目は無いと思う」
並び立ったウィリアムが問い掛けてくるが首を振る。まだ先程の攻撃を発せる自信はある。でもこれは理屈ではないし、磨いた技術でも無いから、どこか他人事の様に思える力だ。確信を持てる様なものはないし、氷龍の様子から、相手の方が遥かに余力が多い様に見える。傷ついていても龍は龍。正面から倒せるとは思えない。見逃して貰えるならそれが一番だが、どうにも目が合う。
「……怒ってる?」
「らしい。それも俺に」
プロトの呟きに溜息を吐きたくなった。氷龍は明らかに自分を見て、怒っている。何かした自覚は無い。お互いに不干渉でいてほしかったし、あの不吉な雲も彼が不調故に、起きていた現象なのも理解した。そのまま身体を休めてくれていれば良かったのに無理矢理出てきたのだ。自分を殺す為に。それほどの執念を抱かれる覚えはなかった。正確に言えば無くはない。と言うか1つしかない。
「……ノクスだろ。どうせ」
「であろうな」
この旅の先にいる筈のノクスが原因に違いなかった。だから彼と同種と判断した龍が怪我を押してでも殺意を優先して出てきたのだ。最悪だ。そしてそんなお喋りをしていたのを見逃し続ける程、氷龍はノンビリではなかった。
「! 来るぞ!」
ウィリアムが叫ぶ。氷龍の口が少し開き、その中から青白い光が溢れ始める。まだ放たれていないにも関わらず、周囲の空気すらも凍り付いていた。凍り付いた空気が落ちてくるなんて初めての経験だ。でもそんな神秘的な光景に目を奪われる訳には行かない。けして死ぬ前の走馬灯を見たいのではない。双刃剣を後ろへ振り絞り、腰を落とす。
「プロト! 力いっぱい火を放て! ミラ、回復の準備! ウィリアムはいつでも飛び出せる様にしてくれ! アイツは俺が墜とす!」
予想通りなら、ノクスは氷龍を単独で退けたのだ。なら、ソイツに挑む自分が手負いの氷龍に負けてやる訳には行かなかった。腹を括って、挑む。その気持ちが全身を駆け巡る。
キーン。まるで全てが凍り付いた様な甲高い音が空間を叩いた。一瞬の空白、時すらも止まった様に感じた次の瞬間、氷龍は擡げた首をこちらに向け、喚くように口を開いた。
最初に感じたのは冷たさだった。まだ口を開いただけなのに、その時には背中に雪を命一杯入れられた様な冷たさが全身を襲った。関節が軋んだ様な気さえしたし、凍り付いた様な気もした。
放たれたのは冬そのものだった。純白と呼ぶには余りにも荒々しく、拒絶を孕んだ白だった。それが世界を塗りつぶすように放たれ、落ちて来た。
「炎よ!」
プロトの声、そして極大の火炎が飛んでいくが、魔法の炎は息吹に当たる前にその儘凍り付いた。炎が凍り付くと言う異常事態。しかし、驚きは無い。その位は容易くするだろうと思った。だから、一瞬だけ止まった息吹の隙を付くように全身をバネの様に跳ねさせながら双刃剣を振り上げて、全身から、ノクス曰く、『原始』の力とやらを解放させる。練習をしたわけではないが、身体が自然と力の出し方を教えてくれた。
凄まじい高揚感と脱力感が襲い掛かる。何か大事なものが抜けてしまった様な感じもするし、胸の奥からその隙間を埋める様に溢れ出す様な感じもあった。そして放った力は氷龍の息吹をぶつかり、弾けた。
「ウォォォォォ!!!」
獣の様な咆哮が口から出た。直接何かぶつけられている訳では無い筈なのに、全身に重たい物を押し付けられている様な感覚がする。それを押しのける為に更に力を絞る。そのの度に何か、知らない知識が頭の中に湧き出してくる。気分が悪い。でも今、力を振るう事を止める訳にはいかない。
「ルーク!」
背に手が当てられた。それだけで圧し掛かられている様な感覚が薄れる。濁流の様になっていた脳内の流れが穏やかな物になって行く。そして力強く振り抜けば、相手の息吹と相打った。
「ウィリアム! 俺を飛ばしてくれ! プロト! 土塊を撃て! 足場にする! ミラ、光で時間を!」
視線の先は悠々と飛ぶ氷龍の姿。こちらが全力で攻撃しているにも関わらず、向こうは何一つ気に留めていない。2回も相打ちに出来たことが奇跡の様なものだ。もしかしたら向こうが全力であればアッサリと撃ち負けたかもしれない。でも今、相手はボロボロで、それでも出てきたのだからこちらが気にする様な事ではないし、見世物じゃない。遠慮など最初から無い。思いついた秘策を双刃剣に施しながら行動を開始する。時間との勝負だ。
ウィリアムの傍に全力で駆け寄る。相手の攻撃の間に、相手へ到達する必要がある。そこいらの木よりもずっと高い場所。翼が無い物にとっては大空の向こうと言ってもいい場所に鎮座するアイツに手を届かせなければならない。1人では無理だ。だから仲間の力を精一杯使う。背中越しにミラの声と共に光が放たれ、影が伸びる。
「ハァァァ!!」
ウィリアムの近くに寄ると同時に飛び上がって、彼の大剣の腹に足を掛ける。力を籠める様にして大剣が沈み、それに併せて自分の腰も落とす。離れた所ではプロトの魔力が高まるのが分かった。そして次の瞬間、視界の端が引き延ばされて、ウィリアムの頭部を越えた辺りで力一杯に蹴りつけて宙へ飛んだ。
グングン迫る氷龍の怒りに満ちた目と睨み合う。ミラの光による目くらましがあって尚、その視線は外れることが無い。まだ距離があるにも関わらず、警戒心も殺意も収まる所を知らない。それなりに近付いたがやはりまだ届かず、自分の速度が緩やかになっていく。氷龍もそんな自分に向けて再び背後の魔法陣を輝かせ、さっきの焼き直しの様に魔力を昂らせている。近付けば近付いただけ威力は高いだろうから、此処で受ける訳にはいかないし、落ちれば下が雪だとしても無事ではすまない。だから、更に跳躍する
足裏から強烈な衝撃が伝わる。それを何とか膝を曲げて受け止めて、逃がしていく。プロトの魔法だ。指示通りに土塊を飛ばしてくれたが、彼の魔法の威力が高いのか、想像よりも衝撃が強い。しかし、その分きちんと成果はあって、落ちかけていた速度が強引に下から押し上げられて、氷龍の顔の辺り目掛けて迫る。
氷龍は当然迫る自分を見過ごしはしない。彼の背後の魔法陣が星々の様に煌めいて、限界を迎えた水滴のように降り注ごうとしていた。だからタイミングを見計らう。ここえ攻撃をしてもいいが、それで倒せなかったら、問題だ。2度もこうやって迫る事を許してくれるとは思えなかった。だから確実に、最低でも地面に叩きつけてやりたい。凍りついていく顔面もそのままに、吹雪の中、ひたすらに目を凝らした。
「ッ! 今!」
プロトが放った魔法の土塊を勢いよく蹴り飛ばす。欠けた破片がアッと言う間に吹雪に呑まれて飛んでいく。もう氷龍は目と鼻の先だ。同時に氷龍の魔法が放たれる。ここ迄来たのに届かない。それどころか方向すら見当違い。傍目にはきっとそう見えたに違いない。でもこの距離とタイミングで間違いはない。空中で勢いよく、振りかぶって双刃剣を氷龍目掛けて投げた。
投げられた双刃剣は魔法陣から吹雪が放たれるよりも速くに氷龍へと到達した。そしてその後を追うように長い紐が続く。ウィリアムへ寄る時に結んだロープだ。これは崖を登るときにだって使える特別強靭なロープで簡単には切れない。そこへ今の身体能力が合わされば、氷龍のやや細い首の部分に巻きつかせる事だって出来た。そこから大きく身体を揺らして、吹雪の射程圏外へと身を躍らせ、その勢いの儘に上部へ放り投げられてやる。そう、目指したのは氷龍の背中だった。
「凍った蛇野郎の背中に乗るのは2度目だ」
飛び乗った氷龍の背は酷く冷たい。何なら靴は足を着けた瞬間に凍り付いた。背後からは吹雪が全身を襲った。どうやら魔法であれ、自滅はしないらしい。でも何でもいい。一撃。今の自分の放てる最高の一撃があれば、傷ついた氷龍の一匹落とす自信があった。
「フィナーレだ」
掠れた声でそうつぶやき、手元に無い双刃剣の代わりに拳に力を籠めて、氷龍の背を原始の力を力いっぱい纏わせながら振り下ろした。次の瞬間、絶叫と破砕音が氷原に轟いた。
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