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9.母親と信頼できる人

 幸い、店には他の客が居なかった。俊彦は奈美恵に母親へ電話をするように促した。奈美恵は紙切れに書かれた番号を見ながら店の電話から掛けた。呼び出し音が鳴った。相手が出た。

「もしもし?奈美恵です…」


 和子は吉田と一緒だった。その店で一番高いコース料理を食べていた。身に着けているのは店に来る前に吉田が買ってくれたばかりの洒落た服だった。携帯電話が鳴ったので着信表示を確認した。知らない番号だった。奈美恵かも知れないと思い、出ることにした。

「はい、川村です…。あ、はい…。今、取り込んでおりますので後でかけ直してもいいですか?…はい。お願いします」

 電話を切ると吉田が聞いた。

「誰からだ?」

「スーパーの主任。カラオケをしているから合流しませんかって」

「よく行くのか?」

「二、三度お付き合いしたことは有るけど」

「そうか。食事が済んだら行ってもいいぞ。俺は一度事務所に戻って、そのまま出かけるから」

「そうなの?どれくらい向こうに行ってるの?」

「クリスマス頃には帰って来るよ」

「なんか危ないことに首を突っ込んでるんじゃないでしょうね。ここの払いだってすごい金額なんでしょう?」

「そんなものは大丈夫さ。臨時ボーナスが出たんだ。それより俺のことを心配してくれるのか?」

「当たり前でしょう…」


 奈美恵がすぐに電話を切ったので俊彦は状況を察した。

「取り込んでいるから後で掛け直すって」

「と、言う事は会話を聞かれたくない相手と一緒に居るってことだ。しばらく待つしかないな」


 食事が終わると吉田は支払いのためにレジカウンターへ行った。伝票には6ケタの数字が書かれていた。吉田は涼しい顔で財布を開いた。和子がそっと覗いてみるとかなりの量の札が入っていた。

「じゃあ、後はゆっくり遊んで来るといい」

 そう言って吉田は和子に一万円札を5枚渡した。

「主任さんとやら、お前のその格好を見たら惚れてしまうかもな」

 そんな冗談を言いながら笑った。

「バカねえ。主任さんは女性よ」

「なんだ、そうか。じゃあ」

 吉田はそのままタクシー乗り場の方へ歩いて行った。和子は吉田の姿が見えなくなるのを確認して携帯電話を取り出した。


 店の電話が鳴った。俊彦はマスターに合図した。マスターは頷いた。奈美恵が電話に出た。

「はい。やっぱりお母さん?どうしたの?…解かった。ちょっと待ってね。」

 奈美恵はそう言って俊彦の方を見た。

「会って話したいんだって」

「それじゃあ、ここに呼んでくれ。メモを入れたという事はこの場所を知っているはずだから。マスター、今日は俺が貸し切る。他の客は入れないでくれ」

「了解!」

 マスターはそう言って“貸切”のプレートを持って店の外に出て行った。

「それじゃあ、お店に来て…。そう。ペニーレーン…。大丈夫。今日は貸切にしてもらった…。うん、じゃあ、待ってるから」

 奈美恵は電話を切った。

「とにかく待とう」


 和子がペニーレーンに来ると、奈美恵が言っていたように“貸切”のプレートが出ていた。恐る恐る店のドアを開けると、カウンター席に座っている奈美恵が目に入った。カウンターの向こう側に居るのが店のマスターだろう。そして、奥隣に居る男に目が行った。

「あのう…」

 奈美恵が立ち上がり、手招きした。和子が近付いて行くと、奈美恵は隣の男を紹介した。

「こちら、黒木さん。信頼できる人だから安心して」

 奈美恵が言うとおり、確かに信頼できそうな風貌をしている。

「奈美恵の母です」

 俊彦はボックス席の方を指して腰掛けるように促した。そして、自分はカウンター席に座ってボックス席の方へ向き直った。

「早速、詳しいことを聞かせて」

 奈美恵が切り出すと、和子は奈美恵が出て行った後のことから順に話して言った。







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