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8.紙切れと電話番号

 1年前の事件で組長をはじめとする幹部のほとんどが逮捕された松藤波組は事実上、消滅したと言ってもいい。松波に代わって北関東を仕切るようになったのが辰沢組だった。辰沢組は松波の傘下にあったが規模は松波とそん色ないくらいだった。先代が藤波の盃を受けた縁で傘下に入っていた。

「東栄会との宴席はどうなっている?」

 小柄ながら、目つきの鋭い初老の男が言った。辰沢組組長の立澤信儀だ。

「藤波とは犬猿の仲でしたからね。なかなかいい返事がもらえませんよ」

 そう報告したのは立澤の側近、中山光一だった。中山は長身の細身でインテリ風に見える。実際、一流大学を卒業している。辰沢組では立澤の参謀役として手腕を発揮している。

「松波のオヤジが欲をかいてあんな無茶をしなければこの北関東も平和でいられたものを…」

 立澤が嘆いているように、松波が失脚してからは東栄会の勢力が北関東にまで及んでいる。立澤は自分の島には手を出さないように交渉を続けていた。

「でも、ちょっとしたチャンスが巡って来ましたよ」

「どういう事だ?」

「若田部会長がひいきにしているゴルフ場の支配人がクリスマスに行うチャリティー大会に若田部会長も呼んだそうです」

「なるほど。と、言う事は軽井沢だな。もう、段取りは付けてあるな」

「もちろんです」


 熱が下がったマスターが店に来て、郵便物を取り出していると何やら電話番号らしきものが書かれた紙切れを見つけた。“奈美恵へ”と書かれてある。そして、それを書いたであろう人物の名前が“川村和子”とあった。

 マスターはそれが“マリ”に充てたものだと気が付いた。マリが来たら渡そうと、エプロンのポケットにしまった。


 吉田は朝から仕事に出ていた。事務所で人夫の配置を行っていた。休憩時間に一服していると、営業所長の野坂に呼び出された。

「本社から伝言がある」

 野坂はそう言って、吉田にメモ用紙を渡した。吉田はその内容に目を通すと、メモ用紙に火を付けて吸い殻入れに置いた。

「本当にやるんですか?」

「それで一生遊んで暮らせるんだ。文句はないだろう?これは極秘事項だ。知ってしまった以上、後戻りはできんからな」

 吉田は生唾を飲み込み、頷いた。


 スーパーのレジ打ちの仕事を終えて帰宅した和子は携帯電話を握りしめて着信が来るのを待っていた。すると、着信を知らせるライトが点滅した。すぐに電話に出ると、相手は吉田だった。明日からしばらく本社での引継ぎがあるから、留守にするという事だった。

「今日は早めに上がるから美味いものでも食いに行こう。ほら、昨夜、奈美恵ちゃんたちが出てきた店。あそこに行ってみよう」

「あんな店に着て行く服なんか持ってないよ」

「じゃあ、服も買ってやるからすぐに出てこいよ」

 奈美恵から電話があるかもしれないと思うと、なるべく一人でいたいところだが、下手に断って余計な勘繰りをされるのも面倒なので吉田の言うとおりにした。それにしても、あんな高級な店に行こうだなんてきっと何かある。なんだか嫌な予感がしてきた。


 奈美恵が店に着くと、マスターは郵便受けに入っていたメモを渡した。

「今日、店に来たら郵便受けに入っていたんだ。それってマリちゃんのお母さんから?」

奈美恵はそのメモを見て戸惑った。メモの文字は見慣れたものだった。間違いなく母親のものだった。郵便受けに入っていたという事は直接ここまで来たことになる。

「ちょっと失礼します」

 奈美恵はそう言って店の外に出た。そして、すぐに俊彦に電話した。俊彦はよほどのことがあったに違いないと言った。しかし、母親が店を知っていることは腑に落ちないとも。

「今から、店に行くから。僕が着くまで待っててくれ」

「分かったわ」


 奈美恵からの電話を切ると、俊彦は事務所を出て駐車場に向かった。なんだか嫌な予感がする。1年前の事件と10年前の事件が俊彦の頭の中でラップした。







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