7.ヤクザと刑事
吉田は和子を連れて近所の焼き鳥屋に入った。
「まあ、せっかくだから飯でも食って帰ろう。もしかしたら、そのうち店が開くかもしれない」
「私はもういいよ。居る場所が分かったから、そのうち気が向いたら来てみるよ」
「そうか?じゃあ、俺は明日にでももう一度来てみるよ」
「よしなよ!あの子はあんたのことが嫌で家を出たんだから下手に関わらない方がいいって」
「大丈夫だよ。俺のことなんか覚えてないさ。知らん顔して座っていれば気が付かれないって」
「それじゃあ、何のためにあの子に会いに行くんだい?一緒に暮らすように話をするんじゃなかったのかい?」
「物事には順番ってものがあるだろう?いきなりそんな話なんか出来る訳ないからな。それより腹減っただろう?」
そう言って、吉田は生ビール二杯と適当につまみを頼んだ。
和子は吉田が東京に現れた日に自分にナイフを突きつけた時の目を思い出すと気が気ではなかった。
映画はシリアスなストーリーながら、時折笑える部分が絶妙に織り込まれており、退屈しなかった。むしろ面白かったと言っていい。奈美恵は喜んでいるし、若田部や権藤も感動しているようだった。もちろん、俊彦も満足していた。
「俺が刑事になったのは子供の頃、刑事ものの映画を見たからなんだ」
権藤が話し出した。奈美恵は興味深く権藤の話を聞いている。俊彦と若田部は赤ワインが注がれたグラスを掲げて目で乾杯の合図を送り飲み始めた。今日は小林が居るから俊彦も飲むことにした。
「今日は邪魔して悪かったな」
「いや、ヤクザの親分と一緒に映画を見るなんて体験をさせてもらったんだ。世間広しと言えど、そんなヤツは俺くらいしかいないだろう」
「確かにな…。ところで、黒木君。君たちはいつになったら一緒になるんだ?このところ、それが気になってどうも落ち着かん」
「実はそのことでちょっと相談があるんですよ。明日、事務所にお邪魔してもいいですか?」
「なに?そうなのか?もちろんOKだとも」
若田部が連れてきた店だけあって、料理もワインも最高だった。4人が店を出ると、小林が正面に車を付けて待っていた。
吉田と和子は焼き鳥屋を出ると、もう一度ペニーレーンの前に行ってみた。けれど、やはり店は閉まっていた。今日は帰ることにして、駅前のタクシー乗り場の方へ向かった。しばらく歩いたところで和子が立ち止った。
「どうしたんだ?」
吉田は和子がながめている方に目をやった。
「あれ、奈美恵ちゃんじゃないのか?」
「気のせいだよ。奈美恵があんな垢ぬけた格好をしているわけがないよ」
「そんなことあるかい。スナックで働いているんだ。それなりの格好はするさ。ちょっと声を掛けてみよう」
和子が止めるのを振り切って吉田は奈美恵が居る方へ歩き出した。しかし、すぐに、踵を返して戻って来た。そして、隠れるように脇の路地へ入って行った。
奈美恵のそばには三人の男が居た。そして、奈美恵たちが出て来たのは金持ちでなければめったに行けない高級料亭だった。奈美恵がそういう人間と一緒に居ることが和子には信じられなかった。その男たちと談笑しながら一緒に車に乗り込んだ。
車が出店から離れた頃、吉田が路地から出て来た。
「こりゃ、驚いた」
「何がだい?」
「今、奈美恵ちゃんと一緒に居た連中だよ」
「ずいぶんお金持ちに知り合いが出来たもんだねえ」
「お前が知らないのは無理もないが、一人は東栄会の若田部会長だ。関東で一番大きいヤクザの大親分だ。東栄会と言ったらお前だって聞いたことくらいあるだろう」
吉田からその名前を聞いて和子は腰が抜けそうなほど驚いた。どういう付き合いなのかは知らないが、とても親しそうだった。そういう人がそばにいるのであれば、吉田のようなチンピラの出来損ないみたいな男が手を出すこのなど不可能ではないかと思った。そう思ったら、いくらか気が楽になった。それにしても、あの紙切れを見て奈美恵が連絡を寄越してくれればありがたいと和子は心から願っていた。
小林は先に若田部を自宅まで送った。権藤はヤクザに警察署まで送ってもらう訳にはいかないと適当なところで降りた。車内が俊彦と奈美恵だけになると、小林は肩の力を抜いた。
「いやー、権藤さんまで乗って来るとはね」
「やっぱり苦手?」
「そりゃそうですよ。あんなヤクザみたいな刑事なんか」
奈美恵がクスッと笑った。




