6.映画とお邪魔虫
奈美恵は部屋の掃除をしながらラジオを聞いていた。そろそろクリスマスソングが流れ始めている。聞いているだけで気分が盛り上がる。去年の今頃は同じ曲を聞いてもこんな気持ちになる余裕が持てなかった。
軽井沢は奈美恵にとっても思い出の場所だ。楽しい思い出ばかりではなかったけれど、俊彦は自分のことを心から大切に思ってくれているのだと感じた。それまで付き合っていた男とはきちんと清算できた。嫌いになったわけではないのだけれど、お互いに前を向いて先に進んでいこうと約束して笑顔で別れることが出来た。たまに彼が服役している刑務所から手紙が届く。逮捕される前に知り合った女性が面会に来てくれているという。出所したらその人と暮らすと知らせてくれた。
俊彦とずっと一緒に暮らしたい…。今は心からそう願っている。クリスマス休暇を軽井沢で一緒に過ごす。これ以上のシュチエーションはない。きっと俊彦は奈美恵にプロポーズをしてくれるはずだ…。
ラジオから流れる山下達郎のクリスマスソングを聞きながらそんなことをぼんやりと考えていた。その時、テーブルの上で携帯電話が震え始めた。マスターからだった。
「マリちゃん、ごめん。急に熱出ちゃって。今日は店を休もうかと思う。他の子たちにはもうそう伝えたから」
「そうですか。分かりました。お大事に」
さて…。少し考えて奈美恵は俊彦にメールした。
1年間一緒に居たけれど、二人で映画を見に来たのは初めてだった。刑事ものの人気シリーズの完結編。奈美恵は過去のシリーズも見ていて、どうしても見たかったのだと俊彦に言った。
「俺も映画なんて久しぶりだなあ」
「そんなことは知らないよ。大体、なんであんたたちがここに居るのか解からないんだけどなあ」
久しぶりに映画を見に来たと言った若田部と権藤に俊彦が嫌味を言った。
「トシさん、いいじゃないですか。賑やかな方が楽しいよ」
「映画なんて賑やかに見るもんじゃないだろう」
「気にするな」
そう言って権藤は俊彦の肩をポンと叩いた。
「俺は納得できないな」
俊彦が納得できないのは奈美恵の両側に若田部と権藤が座り、俊彦はその権藤の隣に座っていることだった。
奈美恵からメールが入ったのは俊彦が若田部の部屋を出ようとした時だった。着信音に反応した若田部が俊彦を呼び止めた。間の悪いことに、ちょうどその時、権藤が若田部のところに顔を出したのだ。
「黒木君、今の着信音は奈美恵さんからのメールではないのかね」
「なんであんたがそんなことを知ってるんだ?」
権藤が若田部に絡んだ。
「この前、店に行ったときに聞いたんだがそれが何か?」
「店って、ペニーレーンにか?」
「自分の店に行って何が悪い。それより、黒木君、奈美恵さんは何と言っているのかね」
「そのペニーレーンのマスターが熱を出して店が休みになったから映画を見に行きたいと。なので、僕はこれで失礼しますよ」
「ちょっと待った!映画って?」
俊彦を引き止めたのは権藤だった。
「ああ、刑事もののシリーズ完結編のヤツが見たいとか…」
「分かった。俺も行く」
「なんだって!だいたい、あんたは若田部さんに用があって来たんじゃないのか?」
「どうでもいい用事だ」
そう言って権藤は踵を返す。
「待て!俺も行くぞ」
若田部もそう言うと、小林を呼びつけて車の用意をさせた。
吉田と和子はペニーレーンの前に来ていた。
「おかしいなあ…。まだ早いのかなあ…」
「もういいよ。帰ろうよ」
店の前に立ち竦んで、しきりに首を傾げている吉田に、和子は言った。
「何か事情があって、今日は休みなのかもしれないな」
吉田はようやく諦めてその場から離れた。
「仕方がない。どこかでメシでも食って帰ろう」
「そうだね」
和子は頷いて吉田の後を追った。その直前、和子は隙を見て自分の名前と携帯電話の番号を書いた紙切れを店のポストに入れておいたのだった。




