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5.想い出と現実

 所帯か…。俊彦もそれは意識していないと言ったらウソになる。最初に奈美恵が俊彦のところに転がり込んできた時から気になっていたことだ。けれど、その時はまだ麻紀のことが心の隅に引っ掛かっていた。1年前の事件をきっかけに、それは想い出に変わった。

 今、俊彦の心の中にあるのは奈美恵の元彼の存在だった。1年前の事件の時、二人の関係は清算された。しかし、今でも奈美恵の中に彼の存在があることも俊彦には解っていた。

 1年もの間、同じ部屋で暮らしているにも関わらず、俊彦が一線を越えられないのにはそういった背景があった。


 向井のところを出た俊彦は昼食をとるために自宅に戻った。車を会社の駐車場に入れると、自宅のある隣のマンションへ入って行った。

「悪いな。遅くなった」

 俊彦が部屋に戻ったのは午後の1時を過ぎた頃だった。いつもの様に奈美恵が昼食の支度をして待っていた。

「お帰りなさい。お料理、冷めちゃったから温め直すね」

 奈美恵は味噌汁の鍋に火を点けて、さんまの塩焼きをレンジに入れた。

「クリスマス休暇のことだけど…」

「はい」

「どうやら若田部さんも軽井沢に来るらしい」

「まあ!巌ちゃんも」

「なんか嫌な予感がする…」

「嫌な予感って…。トシさんには苦い思い出がありますからね。でも、考え過ぎですよ。大丈夫ですって。それとも、もしかしてまだ麻紀さんのことを…」

「いや、ゴメン。麻紀のことはもう大丈夫だ。それに僕には君が居る」

「まあ!嬉しいわ。ところで…」

「ん?」

 奈美恵は言いかけて止めた。自分から言うのは気が引けた。きっと、今度のクリスマス休暇の間に俊彦の方から言ってくれるはずだから。

「ううん、なんでもない。軽井沢、楽しみだわ」


 吉田は完全に和子と寄りを戻すことが出来たのだと信じていた。けれど、和子はまだ吉田のことを警戒していた。

「来週から新しい現場に入るんだ。今夜、奈美恵ちゃんの店に行ってみよぜ」

「今更、どの面下げて娘に会えるっていうんだい?」

「大丈夫だから。二人っきりの母娘なんだから。それに縁を切ったと言ったって、お前が一方的に言い出しただけで、奈美恵ちゃんがお前を憎んでいるはずはないさ」

「だから、余計に会い辛いんじゃないか」

「大丈夫だから、俺に任せとけって」

 吉田のこの自信はどこから湧いてくるのか…。ただの親切心からだけではないと和子は思っていた。しかし、二人で行くのなら、吉田が良からぬことを考えていたとしても阻止できるかもしれない。折を見て奈美恵に気を付けるよう、進言できるかもしれない。

「あんたがそこまで言うのなら取り敢えず付き合ってやるわ。でも、その後は知らないよ」

「いいんだ。とにかく任せておけって」

 午後のパートが終わったら、吉田が迎えに来ると言った。和子はそのままレジの仕事に向かった。吉田はパチンコでもしながら時間をつぶすのだと言って駅の方へ歩いて行った。


 食事を終えた俊彦は一旦、会社に顔を出してから若田部に会いに行った。

「若田部さん、竣工パーティーをすっぽかして軽井沢に行くんですって?」

「さすが黒木君、耳が早いな」

「早いも何も、どういう事ですか?」

「いや、急に向こうでチャリティーコンペが開かれることになってね。支配人からどうしても来てほしいと頼まれて、断りきれなかったんだ」

「本当ですか?」

「もちろんだとも。権藤も一緒だ」

「権藤さんも?」

 権藤というのは俊彦と同じように、若田部とは持ちつ持たれつの関係を続けている刑事のことだ。1年前の事件の時も骨を折ってくれた。

「だから、決して君たちの邪魔はせんから安心してくれ」

 そう言った若田部の顔が引き攣っていたのが多少気にはなったが、権藤が一緒なら大丈夫だろう。

「それじゃあ、お互い、都合がつけば一緒に食事でもしましょうか。奈美恵も喜ぶと思いますよ」

「そうか!奈美恵さんは喜ぶか?」

 ヤクザの親分が奈美恵のことになると、子供の様に顔色が変わる。そういう所は憎めない。

「やっぱりそれが目的なんですね?」

「うっ…」







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