4.竣工パーティーとクリスマス
東栄会の会長室。若田部の側近の一人でもある向井洋一郎が呼び出されていた。向井は数か月前から栄建設の社長を任されている。
「新社屋の竣工パーティーの件だが…」
「抜かり有りませんよ。工事もおおよそ目途が立ちました」
「そうか。ところで、パーティーに黒木君も呼んだのかね?」
「ええ。会長のご希望ですから」
「うん、うん。そこで相談なんだが、パーティーの日程を変更することはできないかね?」
「えっ?」
「いや、なんでもない。ところで黒木君だが、パーティーには参加せん」
「分かりました」
「それから、俺もパーティーには出ん」
突然の若田部の話に向井は一瞬固まった。そして、静かに微笑んだ。
「会長、そんな冗談はらしくないですよ」
「用事が出来た。だからパーティーはお前が仕切ってくれ」
向井の顔色が今度は次第に蒼ざめて行った。
「用事ってなんですか?新社屋の竣工パーティーより大事な用事なんですか?」
「ちょっと出掛けにゃならんのだよ」
「どこへですか?」
「いや、それは言えん」
どうもおかしい。向井はそう思っていた。黒木が来なくなったことと関係があるに違いない。それなら、黒木に話を聞くまでだ。新社屋のビルは黒木の会社から買ったものだ。売主も買主も来ないパーティーなど意味はない。
「分かりました」
向井は一礼して会長の部屋を後にした。
新聞配達の仕事を終えた和子がいったん帰宅すると、吉田の姿はなかった。一通りの家事をこなし、昼食の支度を始めようとしたとき、電話が鳴った。吉田からだった。
「昼飯をご馳走するから出てこいよ」
和子は時計に目をやった。午後のパートまでには二時間ある。
「いいわ」
和子はそう答えて部屋を出た。待ち合わせ場所に着くと、吉田がご機嫌な笑顔で手を振っている。元々悪い男ではないのだ。
吉田は駅前の寿司屋に和子を連れて行った。
「好きなものをどんどん頼んでくれ」
「どういう風の吹きまわしだろう」
「会社に事情を話してこっちの営業所に配属してもらったんだ」
吉田は建設現場で人夫の取りまとめをやっている。その会社は関東の主要都市に営業所を置いていると聞いたことがある。東京には東東京営業所と西東京営業所がある。吉田は西東京営業所に回してもらったという。
「本当にこっちに住むつもりなの?」
「そうさ。今のアパートから奈美恵ちゃんが勤めている店は結構近いんだぜ」
「まさか、あんた、その店に通っているのかい?」
「バカ言うなよ。この前、出て来たばかりなんだ。そうだ!今度一緒に行ってみるか?」
「この前出て来たばかりで、どうしてそんなことを知ってるんだい?」
「それは内緒だ。いいから早く食えよ」
俊彦は栄建設の社長室に居た。向井に呼び出されたのだ。
「竣工パーティーのことは聞いてるよな?」
「ああ。申し訳ないとは思っている。水島を代理に立てるから面倒を見てやってください」
「いいだろう。あいつは若いが見込みはある。黒木さんはどんな用事があるんだい?」
「若田部さんからは聞いてないのか?奈美恵と軽井沢に行く。クリスマスはずっとそうすることにしているんだが」
「なるほど!」
向井はそれを聞いて急に顔を曇らせた。
「どうかしたのか?」
「会長も行く気だよ。軽井沢に」
「えっ?まさか。だってパーティーは?」
「今朝、急に行かないと言われた。あんたには解ると思うが、あの事件の事もあって、奈美恵さんには特別な思い入れがあるようだからな。ところで、あんたたち、いつになったら所帯を持つんだい?会長はそれを待ち望んでいると思うがな」
奈美恵はいつもの様に昼食の支度をして俊彦が戻って来るのを待っていた。ステレオからは広瀬香美の曲が流れている。




