3.水割りとラーメン
俊彦は奈美恵を店まで送ると、再び事務所に戻って来た。俊彦の会社は不動産業で従業員は俊彦の他に二人。ほとんど外に出ていることが多い。この日は月に一度の会議の日だった。会議と言っても報告会みたいなもので、軽く飲みながら話をする。
「社長、先日買い取ったビルのリニューアルがそろそろ終わるんですよ」
そう報告したのは萩原という若い社員だった。
「確か、栄建設にやってもらっているんだったよな」
「ええ、超突貫で昼夜やってもらったおかげで何とか引き渡しに間に合いそうです」
「突貫で手抜きされていないかちゃんとチェックしているか?」
「はい。もちろんです。それで、向井社長が工事が終わったら会長が一席設けるから社長にも出席してもらう様にって」
「わかった。いつ頃だ?」
「クリスマスあたりかと」
「クリスマス…」
「ダメですか?」
「ダメに決まってるだろう!お前、知らないのか?クリスマスは社長は奈美恵さんと軽井沢なんだぞ」
口を挟んだのは萩原の先輩で肩書は統括部長の水島だった。
「いや、いい。その件は俺が直接若田部会長に話をするから」
水島に小突かれながら萩原がしきりに頭を下げている。
「じゃあ、今日はこの辺でいいな?」
俊彦が会議の終了を告げると、水島が俊彦に声を掛けた。
「社長、軽くどうですか?今日は萩原の誕生日なんですよ」
和子は奈美恵の居場所を何とか聞き出したいと考えていた。けれど、縁を切った娘が気になるそぶりを見せればかえって警戒される。あくまで、娘には興味が無い風を装いながら寄りを戻そうとする吉田の下心にツケ込むつもりだった。
「ところで、こんなパート仕事ばかりじゃろくな生活もできないだろう?もう一度考え直してくれないか?俺もあれから少しは出世して羽振りもよくなったんだぞ」
「どうせ、ヤクザかなんかになっちまったんでしょう!」
「バカ言うな!ちゃんとした堅気の仕事さ」
「そうかい。でも、私は今の生活が性に合ってるみたいだから、今更田舎になんか戻りたくはないね」
「じゃあ、こっちで一緒に暮らそうじゃないか。そのうち、娘も呼んでよぉ」
「娘とは縁を切ったと言っただろう」
「そんなこと言うなよ。二人っきりの親子だろう?」
吉田はそう言って和子に抱きついてきた。和子は拒むようなしぐさをしながらも吉田を受け入れたような芝居をすることにした。
奈美恵を迎えに行く都合上、この日は飲まないつもりだったが、さすがに部下の誕生日だと聞かされたら付き合わないわけにはいかなかった。だから、意識はしっかりしていたのだけれど、俊彦はタクシーで店に向かった。
店に着いてドアを開けた。相変わらず客は少ない。
「やあ、トシさん。今日は早いですね」
マスターがいつものように腰を低くして声を掛けた。
「ああ。久しぶりに一杯貰おうかな」
「だめよ!車でしょう」
奈美恵が口を尖らせて睨みながら近付いてくる。
「あっ!お酒臭い。飲んでるでしょう!」
「ちょっとな。でも、車は置いて来たから大丈夫だ」
「それならいいわ。水割りでいい?」
奈美恵はそう言いながら、ボトルを持ってきた。“巌ちゃん”と書いてある。
「そのボトル…」
「ああ、これ?この前、巌ちゃんが来たのよ」
「若田部さんが?なにしに?」
「おかしなことを聞くわねぇ。何しにって、飲みにきたに決まってるじゃない」
「まさか…」
「まさかも何も本当の話よ」
「何か言ってたか?」
「とくに。普通に喋って飲んでいたわよ。ああ、クリスマスの予定を聞かれたけどね」
「クリスマスの…」
「ええ、だからクリスマスはトシさんと軽井沢へ行くと話したわよ」
「そうか…」
俊彦は車を置いて来たので奈美恵と一緒にタクシーで帰った。マンションの少し手前で降りてラーメン屋に寄った。深夜でも込み合っていた。テレビで紹介されたのだという。
「一度食べてみたかったのよ」
そう言って笑う奈美恵は無邪気で何とも言えない安らぎを俊彦に与えてくれる。




