20.車と新幹線
東栄会新社屋の竣工パーティーには萩原と水島が出席していた。栄建設の向井社長は社長の黒木に出席するよう依頼していたのだが、東栄会側も会長の若田部が主席しないので向井もそのことを水島たちには言えなかった。
水島が式典と祝賀会で司会を務め、萩原が補佐し、恙なく終了することが出来た。時計を見ると、予定通り午後の2時を回ったところだった。
「今から飛ばせば間に合いますかね?」
「間に合わすさ」
水島も萩原も俊彦の結婚披露パーティーに出席するつもりだった。二人でその話をしていたところだった。
「まさか車で行くつもりじゃないよな?」
二人の話に割って入ったのは向井だった。そう言って、向井は新幹線の切符を4枚出した。東京発14:24の長野新幹線長野行の切符だった。
「14時24分じゃ間に合いませんよ」
「バカだなあ大宮ならここから30分もあれば行けるだろう?」
「そうか!」
大宮から乗り込めば14:50だ。15:35には軽井沢に着く。車よりはるかに早い。向井は二人にチケットを渡すと、一緒に駐車場まで行った。そこには権藤が車を停めて待っていた。
「頼む」
権藤は運転席の若い刑事に言った。3人が乗り込むと若い刑事はパトランプを取り出し窓から屋根に取り付けた。車が走り出すとともにサイレンが鳴り響いた。
「ちょ、ちょっと!こんなの有りですか?」
萩原が狼狽えていると、助手席で権藤がにこっと笑いながら振り向いた。
「有りに決まってるだろう!」
「だからチケットが4枚あったんですね」
水島がポンと手を叩いて言った。
「そう言う事!」
向井が得意気に頷いた。
呼び止められた男の顔に健二は見覚えがあった。松波がいつも消したいと言っていた男だった。その男がこんな話を持ちかけてきたのには驚いた。
「お前さん、確か加藤健二と言ったね」
「はい、そうですけど…」
「川村奈美恵さんの元彼氏だそうだね」
東栄会の会長から奈美恵の名前が出て来るとは思いもしなかった健二は驚きのあまり心臓が止まりそうになった。
「別れました。彼女にはちゃんとした人が居るはずです。俺も今は…」
健二の視線の先に居る女性の姿を若田部は見た。
「なるほどな。まあ、それはそうと、ここであったのも何かの縁だ。奈美恵さんの結婚式に参列してみる気はないかね」
「えっ!」
若田部から奈美恵の名前が出ただけでも驚いたのに、今度は奈美恵の結婚式に出ないかと言った。東栄会の会長と奈美恵との間にどんな関係があるのかは分からないが、とても断れる状況ではないような気がして裏返る声で「はい」と答えた。
もちろん、その後のラウンドはひどいものだった。
そこはホテルに併設されたチャペルだった。どうにか間に合ったようだ。小林は健二と奈美を一番後ろの席の座らせると、自分もその横に座った。その直後、ウエディングマーチが鳴り響いた。
黒いタキシードの俊彦と純白のウエディングドレスを着た奈美恵が腕を組んで入って来た。小林は何度も頷きながら呟いた。
「姉さん、本当に良かったです。そして、とてもキレイです」
その頬にはいく筋もの涙がこぼれていた。
そんな小林を見て健二と奈美は呆気に取られていた。
「姉さんって…」
確かにどう見ても小林は奈美恵より年上だ。奈美恵の周りに東栄会の人間がこんなに身近にいる。どうやら相手の男がそれなりの人物なのだろう。しかし、健二の知る限りでは不動産屋の社長のはずだったが…。まあ、そんなことはどうでもいい。この際、奈美恵の幸せを祝福してやるのがいちばんだと思った。




