19.純白のウエディングドレスと黒のタキシード
鏡に映った自分の姿を見て奈美恵は涙を流した。和子がそっと肩に手を置き、ハンカチを差し出してくれた。
純白のウエディングドレス。10年前に麻紀が着たものと同じデザインのものだった。
「本当にお似合いですよ」
このホテルには結婚式のための専属のスタイリストが居る。彼女がそう言って微笑んだ。
そんな予感はしていたけれど、実際にドレスを着た自分の姿を目の当たりにすると、胸の奥からこみあげてくるものを奈美恵は抑えることが出来なかった。
昨夜、奈美恵は初めて正式なプロポーズを俊彦から受けたのだった。
「良かったわね。本当に良かった…」
和子もまたそんな奈美恵の姿を見て、一すじの涙をこぼした。
俊彦は奈美恵の目を見つめた。見つめたまましばらく何も言わなかった。若田部はじれったいと思いながらも俊彦が言葉を発するのを見守った。
「君がね…」
ようやく俊彦が口を開いた。
「初めて会った時に俺が君を部屋に連れて行ったのは君が麻紀に似ていたからじゃない。君は君で麻紀ではないことは理解していたからね…。あの時、いつかきっとこうなると感じたんだ。もちろん、その時君には恋人がいた。それでも俺はそう思ったんだ。運命だとかそんなものは信用していないけれど、その時だけは運命だと思った。今にして思えば麻紀と出会ったのだって君と出会うための布石だったんではなかったのだろうかとさえ思えてくる…」
そこまで話すと、俊彦はまた言葉を切った。奈美恵はそんな俊彦の目を見つめ続けた。そして、再び俊彦が口を開いた。
「ずっと一緒に居たいと思う。君のそばにずっと。結婚しよう」
「はい」
奈美恵は“はい”と一言だけ答えた。一言しか言葉を発することが出来なかった。目から涙が溢れてくる。俊彦の顔がかすんで見えなくなった。
パーン!店のあちこちからクラッカーを鳴らす音が聞こえてきた。感極まったのか、若田部も涙を浮かべている。和子は奈美恵に寄り添いながらただ黙って頷いている。矢部がシャンパンを持って来た。
「さあ!私からのお祝いです。さっきまで、これを出す機会があるのかとハラハラしてましたよ」
「矢部さん、あなたも…」
「はい!若田部さんからすべてうかがっておりました。明日も、披露宴の料理は私が担当させてもらうことになっています」
それを聞いた俊彦は若田部を睨みつけた。けれど、すぐに顔をほころばせた。
「今回だけはあんたに感謝するよ」
スコアは散々だった。俊彦と奈美恵の披露宴のことが気になってゴルフどころではなかった。それでも、若田部は笑顔を絶やさずにクラブハウスに戻って来た。そこで、一組のパーティーが入って来たのに気が付いた。これからコースへ出るようだ。どうしても断りきれないメンバーが居るのだと支配人から聞いていた。彼らがそうなのだと若田部は理解した。
彼らとすれ違った瞬間、若田部はその中の若い男に声を掛けた。
「お前さん、確か…」
式の時間が迫っていた。係の女性がドアを開けて入って来た。
「そろそろ時間ですよ」
奈美恵は振り向いて頷いた。その顔にもう涙はなかった。
俊彦は黒のタキシードに身を包み、チャペルの入り口で待っていた。和子にエスコートされてきた奈美恵を見て思わず呟いた。
「綺麗だ…」
そして、自分の腕を奈美恵に差し出した。奈美恵はそっと俊彦の腕に手を回した。
和子は静かにその場を離れ、参列者の席へ歩いて行った。
日が暮れる少し前に健二たちはクラブハウスに戻って来た。健二と奈美はそこで杉本と別れた。外に出ると、体格のいい男がベンツのドアを開けた。
「早くして下さい!こんな時に俺も遅れたくはないんで」
二人が車に乗り込むと男はすぐに車を出した。
「ちょっと飛ばしますからね」
その男は怒っているようにも感じたけれど、表情にはこれから楽しいことが始まるのだという時の子供の様な気持ちがにじみ出ている。
それだけ、奈美恵の結婚式がみんなから望まれているのだと健二は感じた。




