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17.アフロとマッチョ

 若田部はフロントで支配人と翌日の打合せをすると、コンペに参加するメンバーに挨拶をするため、ロッジを訪ね歩いていた。そして、自分の部屋に戻ると、小林のかつらを自分で付けた。

「俺は今から出掛けるから、お前はここで留守番していろ。飯はここへ運ぶように支配人に頼んである」

「そういう事だったんですね。つまり、俺が影武者になるための変装だったんですね」

「呑み込みが早いな。これなら、運転手が俺を残して出掛けたことになるだろう」

「黒木さんたちと合流するんですか?」

「そうだ。何もないとは思うが、もし、何かあったら連絡してくれ」

「分かりました。ごゆっくり」


 業務を終えた後、吉田は普段着に着替え、ロッカーにしまっておいたバッグから拳銃を取り出しジャンバーのポケットに押し込んだ。それから、若田部が泊まるロッジへ向かった。

 吉田がロッジのそばまで来ると、ちょうど若田部とアフロの子分がロッジに入って行くのが見えた。そのまま木陰に潜んで様子を窺っていると、やがて、アフロの子分がロッジを出て行った。


 旧軽井沢の街並みは一昔前とずいぶん変わっていた。1年前はゆっくり楽しむ余裕はなかったから、俊彦はその変わり様に驚いていた。それでも、軽井沢という土地は俊彦にとって何とも言い難い雰囲気を漂わせていた。

 予約していたのはメイン通りから少し脇道に入った場所にあるフレンチのレストランだった。

「黒木さん、お久しぶりです」

 オーナーシェフの矢部は10年前の事件があった時、そのホテルで料理長を務めていた。その後、独立してこの店を持ったのだという。

「こちらこそ、覚えていてもらって光栄です」

「ええ、忘れられるはずがありませんよ…」

 俊彦と話をしながら、矢部が奈美恵の方をちらちら見ているのに俊彦も気付いた。

「あの…。失礼かもしれませんが、こちら…」

「川村奈美恵です。きっと、麻紀さんと勘違いされているんですね」

 奈美恵は微笑みながらそう言った。

「それじゃあ…。ご存じなんですね」

そう言って二人を見た矢部は今までとは打って変わって嬉しそうな笑みを浮かべた。

「おめでとうございます」

それを聞いた俊彦は慌てて人差し指を立て、矢部をたしなめた。矢部はすぐに事情を察したと見えて、そのまま厨房へ引き上げていった。


 ロッジが点在しているエリアはこの時間になるとほとんど一通りが無くなる。

その後、途中で食事が運ばれてきたが、子分が戻る気配はない。どこかで酒でも飲んでいるのかもしれない。若しくは元々、ここには若田部しか泊まらないのかもしれない。そうこうしているうちに部屋の明かりが消えた。

「今しかない」

 吉田は深く息を吸い込み静かに吐き出した。


 今の俊彦と矢部の会話を聞いて、奈美恵は大体の事情が呑み込めた。ただし、俊彦が矢部に口止めしたのには何の意味があったのだろう。そのことだけが気になっていた。

「あんなホテルに泊まって、こんなところで食事をするなんて夢みたい。年末年始の休暇と引き換えにしてでも来た甲斐があったわ」

 和子がしみじみと言った。俊彦も奈美恵もそんな和子を見てふと気持ちが温まる思いがした。そんな時だった。一人の男が店に入って来た。その男は真っ直ぐに俊彦たちのテーブルに向かってくる。俊彦は一瞬、身構えた。しかし、次の瞬間、俊彦も奈美恵も腹を抱えて笑っていた。アフロヘアーの男が俊彦たちの目の前でそのかつらを取ったからだ。

「会長、何の悪ふざけだ?」

「あんたが変なことを言うからだろう」

 俊彦たちは若田部から変装してきた経緯について話を聞くと、更に笑い声を大きくした。俊彦たちがあまりに大笑いするので、若田部の表情が暗くなった。

「なかなかのアイディアだと思ったんだがな」

「私、それを被ったマッチョくんを見て見たかったわ」

 奈美恵が言うと、若田部はようやく笑顔を見せた。

「奈美恵さん、いいところをついてくる。あれは見ものだぞ。明日はヤツにこれを付けさせたまま出席させよう」

「会長!」

 またしても俊彦が何かを口止めしようとした。奈美恵の予想が当たっていたのなら、奈美恵にとって明日は最高の1日になるはずだ。







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