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14.自転車とクーペ

 奈美の部屋にはあまり生活感がなかった。健二が出所して来てからのことも考え、何一つ贅沢な暮らしはしてこなかったからだ。そのせいで、健二がしばらく仕事に就けなくても養って行けるだけの貯えは十分にあった。

 健二が出所した日、奈美は腕によりをかけてご馳走を作った。その後、二人で風呂に入り、1年ぶりに体を交えた。布団に移ってからも愛し合い、明け方まで抱き合った。夕方、奈美は店に出るために部屋を後にした。

 店では奈美のことをひいきにしてくれる金持ちの得意客が何人か居た。その中の一人、杉本直則は奈美がこの土地に移って来た理由も知っていた。

「早く出てこられてよかったじゃないか」

「はい。本人はすぐに仕事を探すと言っているけれど、しばらくはゆっくりしてもらうつもりです」

「それがいい。こんな田舎じゃ、彼みたいな人間を雇うところも簡単に見つからんだろうしな」

「そうですね」

「そうだ!今度、彼も連れて一緒にゴルフにでも行かないか?」

「本当ですか?それはいい気晴らしになると思うわ。でも、彼、ゴルフ出来るかしら」


 吉田は軽井沢高原ゴルフクラブで管理業務を請け負う会社の下請けで清掃の仕事をやることになっていた。吉田に仕事をさせるために、赤城建設が手を回したのだ。東京を出た翌朝から吉田はここで働き始めていた。

「判らないことはなんでも聞いてくれよ」

 そう言ったのはそこで何年も働いているという井出という男だった。

「はい!よろしくお願いします」

 吉田はなるべく目立たないようにしたかったのが、下手に無視して反感を買われるのもよくないので適当に相槌を打ってやりすごした。


 和子は新聞配達の仕事を終えると、奈美恵に電話を入れた。

「このまま家に帰るわ」

「待って、私も一緒に行くから一度ここに戻って来てよ」

「だって、ここからの方が近いから。大丈夫だって」

 和子は電話を切るとそのまま自分の家へ向かった。


 電話を切った奈美恵は自転車で小林の家へ向かった。駐車場へ行くと、そこに止めてあったクーペのドアにキーを差し込んだ。

 黒いクーペは元々奈美恵のものだった。1年前の事件の後、小林に譲ったのだった。けれど、小林は殆ど若田部の車に乗っているため、必要な時はいつでも使っていいと奈美恵にキーを預けていたのだ。そのクーペで奈美恵は和子の家に向かった。


 俊彦は予想もしていなかった若田部の言葉に虚を突かれ狼狽えた。けれど、すぐに切り替えて若田部を見据えた。

「俺と奈美恵の結婚式とはどういう事だ?」

「そのつもりで軽井沢へ行くんじゃないのか?」

「ただのクリスマス休暇だ。少なくとも行こうと決めた時には…」

「だが、今になって気が変わった。それで俺のところに頼みに来た。あの場所を何とかしろと」

 俊彦には次の言葉が出てこなかった。すべて見透かされている。

「なぜ、そういう結論になった?」

「あの時、奈美恵さんの話を聞いて、きっとこうなると思ったのさ」

「あの時って…」

「ペニーレーンだったかな?店に会いに行った時だよ」

「奈美恵は何と言ってたんだ?」

「黒木君が軽井沢に誘ってくれたのはプロポーズをするためかもしれないとな。けれど、自分には自信がないとも言ってたよ。そこで聞いてみたんだよ。奈美恵さんは黒木君のことをどう思っているのかってな。そしたら、ずっとそばに居たい。そう言ったから俺は言ってやったんだ。俺に任せろってな」

 俊彦はしばらく黙っていた。そして、かすかに笑みを浮かべながら呟いた。

「もっと早くに自分の気持ちに正直になるべきだったよ」

「そうだな」

 若田部は頷いて俊彦の肩口に手を置いた。


 奈美恵は和子の住むアパートの前に車を停めた。ドア口の表札の名前を確認しながら和子の部屋のドアをノックした。

「はい」

 部屋の中から声がし、和子がドアを開けた。

「お母さん!」

 奈美恵の顔を見た和子は照れくさそうに笑って、奈美恵を部屋に入れた。







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