6 展望
「うめえうめえ」
「こりゃうめえなぁ、嬢ちゃんまた腕あげたべ」
「本当ですか?嬉しい。たくさん食べてくださいね」
カノンはここ最近、新作の創作料理に精を出していた。自ら耕した農地で新しい穀物を収穫することができ、それを使って様々な試作品を作っていたのだ。小麦粉にしたものをよく練って自然発酵させ、円盤状にしたものや、細い麺にしたもの、捻りを加えたコロコロしたものなど、一度作ってしまえば塩を加えて茹でるだけで美味しくなるものであった。
「ツルツルしてて美味しいね」
「お母ちゃんのこの『ピザール』っていうのもモチモチしてて美味しいわよ」
「おねいちゃんのお料理で、ボクの病気も治ったよ」
淡い光が覆う室内で、仲良く親子が小さなテーブルを囲む姿を、カノンは目を細めて眺めていた。森の中に微かに差し込む陽の光が天井と壁の窓から入り、魔導の明かりをつけなくとも、昼間は十分に採光を得られていた。
「なんだいねこれ、びよーんって伸びるわ」
「おばあちゃん、うちのチーズらしいでこれ」
「美味しいし面白いし、アタシの膝は治るし、いいこと尽くめだのぅ……」
カノンが村の民から奉納という形で貰ったたくさんのチーズ、それを工夫を凝らして様々な形に変えて料理にしていた。チーズのほかにも貰っていた牛乳を温めて混ぜ、チーズをガリガリ削ってそこに落とし、麺のパスタを加えたものが特に好評だった。
「ちゅるちゅるちゅるちゅる…………」
「濃厚で……ズルズル……しょっぱくて……ズルズル……おいしいわぁ……ズルズルズルズル…………」
「やっぱりカノン様のお料理は、元気が出るわぁ……」
夢中で食べ続ける客たちは、すっかりカノンの料理に魅了され、はるばるこの鬱蒼とした森の中へと突き進んで通うのだった。
「まてこら〜〜!」
「ピギィ!」
覚醒してからというもの、聖なる獣神『フェンリル』の末裔こと「リルル(カノン命名)」は、これまで野良犬として放浪し、魔物界隈でも虐げられて生活していた。カノンと共に悠々自適に暮らす今の生活はとにかくぬるま湯であった。その鬱憤を晴らすかのように毎日魔物を退治してはカノンの元へと獲物を持ち帰ってくるものだから、その処理にカノンはほとほと困り果てていた。
「リルル、あんまり豚さんを狩ってこられても困るの」
「だってボク、カノンのためをおもって……」
「あぁ、いいのよリルル。元気が一番!沢山遊んでおいで!」
「ほんと?やったぁ!じゃあもっともーっとたくさんぶたをかってくるね!」
「えええ!?」
裏庭にどんどん山積みとなっていく豚の魔物『マジカルピッグマン』を眺めながら、カノンはどこか遠い異国の地を思うような目をしていた。途方に暮れる、そんな言葉がぴったりな現状であった。
「全部捌いて干し肉にすべえよ」
サントモール村の村長がそんなことを言い始めた。
「干し肉にしたらどうなるのですか?」
「『ベイケン』ってもんにできるんでサァ」
村長おつきの職人が言う『ベイケン』、それは干し肉をさらに燻製にした保存食である。塩も大量に漬け込んであるので塩抜きには少々骨が折れるが、カノンはその現物を見て、これは様々な料理に使えそうだと考えた。
「普通はちゃんとした豚肉で作るんじゃけどな、こないだ嬢ちゃんがやったみたいに、赤身と少し脂を取り出せば問題ないじゃろうて」
そう言うと村長は職人たちとともにピッグマンを捌き始めた。なにせリルルがわんさか狩って持ってくるものだから捌く人員も足らず、サントモール村の住人だけでなく、近くの街の仲間にも手伝ってもらうことになった。
その途中で出た肉を大量に使って、カノンはこれまた大勢のための大量の料理を作り始めた。大鍋で煮る細麺の『パスティーア』とチーズと肉、さらには少し匂いはするものの体力回復効果のあるハーブを使い、たっぷりの油で炒めていった。
「休憩をなさってくださいな」
カノンがそう言うと職人たちは一旦手を休め、出来上がった『ペペロチニアス』を頬張った。職人たちの疲れた身体に染み渡るように、そのピリッとした辛さと塩気がじんわりと胃袋を支配していくのだった。
「もうこれほどの美味い料理とバリエーションがあれば、本格的な店を開けますな」
「そんな、大袈裟ですわ、ニコラ様」
「いんや、ニコラ様のおっしゃるとおりじゃぞ、嬢ちゃん」
ある日、カノンのダイニングにて、辺境伯ニコラ・ヴァランタインと、サントモール村の村長らでいつもよりも少しだけ真剣な話し合いが行われていた。ニコラお墨付きとなったカノンの腕前は、すでに森の中で営むにはその域を超えているようだった。そしてこのままでは、はるばるやってくる来客の数にも対応しきれなくなっていくのは目に見えていた。
「この森を離れるつもりはございませんか、カノン様」
「ええ、ニコラ様、わたくし何故かここが気に入っておりますの」
静かに、そしてひっそりと暮らしたいというカノンの願いは、既にその体を成していなかった。自ら始めたこととは言え、これほどまでに自分を求めてきてくれる人が多いことは見込んでいなかったし、たまに人と会話できればいいなどというのは、もはや都合のいい話でしかなかったようだ。それはもうカノン自身もわかっていることでもあった。
「諦めるしかないぞい、嬢ちゃん」
「うふふ、そうですね。でもとてもありがたいですわ」
カノンは決意した。これから先に訪れる困難、そして高い山、それに挑んでいこうと強く思うカノンであった。
「私の屋敷はこの森から約二十五里ほど、私がこの森にくるまでに訪れる村や街の数はサントモール村を入れておよそ二十箇所、そのそれぞれの区間は約一里半でございます。そしてサントモール村から一番近いゴルゴンゾーラ町までは道が整備されておりますが、この森までとなると一度様々な基盤を整備しなければなりません」
ニコラはダイニングのテーブルを二つ合わせて、その上に部下が作った簡易的な地図を広げ、指を指しながらカノンとサントモール村村長に説明をした。ニコラが治めている領地・ネオカントリーサイドは山岳や渓谷はあるものの、穏やかな平野が広がっていて、これまで進められなかった社会基盤を整備するには比較的難しくはないだろうということだった。
「では道が繋がって、この森まで馬車やお馬さんが通れるようになれば、お客様も訪れやすくなりますね」
「さようです。またこの森は西の海にも近く、そちらまで開発が進めば訪客が増えるばかりか、食材の調達や王都までの海路、そしてセンチュリオン王国への海路も広がります」
「まぁ、それは素敵なことですわ。人との関わりが増えますわね」
「ええ、文化の発展にもつながりますし、我々は大きな飛躍を遂げるでしょう」
カノンの人生においてこれまで全くの無縁であった文化的な生活。芸術やレジャーだけでなく、他国独自の料理や食材を取り入れられたらなんと素晴らしいことだろうと胸を熱くするカノンだった。




