4 もてなし
その後、カノンはニコラ・ヴァランタインと、遅れてようやく追いついた護衛たち、さらには村長たちも交えて、新しく改装した小屋のダイニングへと招き入れた。テーブル席を二人で囲み、しばし歓談の時を持ったのである。
「改めて、辺境伯ニコラ・ヴァランタインであります。ここネオカントリーサイド地方はご覧の通り王宮の威光が届かぬ辺鄙な地ですが、かえってこのように町や村の者たちは何にも縛られることなく安らかな暮らしを享受しております」
「わたくしはそれを肌で感じておりますよ。最初に訪れたのがこちらの村長さんの村で、とても温かく迎えてくださいました」
「そうですか。それは重畳」
ニコラはそう言って胸を撫で下ろした様子であった。それ以上に恐縮していた村長をはじめとする村の者たちは「それほどでもないです」と恐縮しながら、ダイニングの隅の方で固まっていた。
「ニコラ様がこうやっていつも巡回してくれるので、我々は安心して暮らせるんだべ」
村長はペコペコと頭を下げながら言った。ニコラは目を細めてそれを見つめながら頷いていた。
「サントモール村の村長が申す通りではあります。私はこのような立場ですが、せめて片腕が動く限りはこの土地の安寧を願いたい一心で警備を続けております。もっとも大変なのは部下たちの方でしょうが」
ニコラは窓の外に目をやり、小屋の周辺を警戒する部下たちの姿を眺めた。辺境伯自らが先陣を切って突進するため、追う側も一苦労だということだ。
「うふふ、働き者なのですね」
ニコラはその言葉に目を見張った。その屈託のない笑顔があまりにも眩しかった。少し崩した親しみやすい口調と、唇を隠すようにして微笑むカノンの姿に、ニコラは胸の奥が熱くなるのを覚えた。
実のところカノンはそれほど裕福な生い立ちではない。孤児院で育ち、王宮へ召されるまで高等教育を受けてこなかった。しかしそれを意に介さず、陰でたゆまぬ勉学と魔法の修練に励んだのだ。こうして時折のぞく気さくな語り口も、彼女の愛すべき人柄というべきであろう。
「はは、左様でございますな。貴方様にそう言っていただけると気恥ずかしくもありますが、そのようにお話しされるお姿は誠に尊く感じられます。格式に囚われぬ温かさも、まさに聖女の有様でありましょう」
ニコラもまた笑みを浮かべ、少し語り口を和らげてみたのだった。互いに微笑み合い、温かな空気に包まれたその光景は、周囲から見ればまるで小さなオーラに守られているかのようであった。
「そうだ」
少し会話の区切りがつき、思い立ったカノンは作り置きしておいた薬草と果実のミックスジュースを、ニコラや村長らのガラスカップ注いで差し出した。
「なんとも不思議な味わいですな……されど後から抜ける甘さが極めて優しい」
ニコラはいたく気に入った様子で、口の中で転がすように味わいながらその不思議なミックスジュースを堪能した。
「うめえなぁ」
「やっぱり嬢ちゃんの作るものはなんでもうめえべ」
村長たちも絶賛の声をあげた。カノンの手料理を口にすると、心が穏やかになり、全身の五臓六腑が整うように染み渡るのだった。
「よかった。おかわりもございますから、たくさん召し上がってくださいね」
カノンはそう言うと、空になったグラスへ注いで回った。屋外の護衛たちにも分け与え、玄関の踊り場でくつろいでいた愛犬にも与えた。
その場にいる全員に活力が宿った。ニコラはみなぎる力を抑えきれず、部下たちと狩りに出かけると言い出す始末であった。
やがてニコラは一頭の大きな豚の魔物を仕留めて戻ってきた。この地方に生息し、山を荒らす魔物の一種である。
「まあ、なんて大きな獣でしょう。こちらはいただけるのですか?」
カノンが尋ねると、ニコラや部下たちは一瞬呆気にとられた。そしてすぐさま朗らかな笑い声が弾けた。
「カノン様。貴方は誠に胆力が据わっていらっしゃる」
ニコラは込み上げる可笑しさと嬉しさを顔全体に浮かべた。
「あら、とても美味しそうな豚さんではありませんか」
カノンもまた、何がおかしいのかと首をかしげる。
「これはマジカルピッグマンと申しまして、脂身が非常に多く、とても食用に耐える代物ではございません」
部下が説明を加えた。魔力を溜め込む袋があり、独特の臭みも強いため食用には不向きだという。
「村長さん、この豚さん、解体していただけますか?」
村民たちは贅沢とは無縁の暮らしであったが、さすがにこのピッグマンを口にすることまではなかった。しかしカノンの指示に従い、職人たちは見事に裁いていった。
「カノン様、これをどのようになさるおつもりで」
ニコラは解体されたピッグマンを見つめ、やはり食べられる部位などないのではないかとカノンに懇々と説いた。しかしカノンはものともせず、切り分けられた部位を己の趣向で調理してみることにしたのである。
「臭みはハーブと薬草で抑えられます」
孤児院時代に培った院長仕込みの調理技術がここで活きた。あの頃は何でも食べさせられたものだと、懐かしそうに振り返るカノンであった。
赤身の部分を切り出してまずはハーブと果汁に漬け込み、脂の多い部分は様々な用途に活用できる油脂を抽出するために取り分けた。
屋外に大きな石窯のオーブンを職人たちに築いてもらい、漬け込んだ肉にすり潰した岩塩をまぶして焼き始める。大量の肉を次々と焼き上げていき、カノンの手際が滞ることはなかった。
「いかがですか?」
焼き上がった肉を恐る恐る口に運ぶ職人や護衛たちは、目を閉じての試食からいつしか夢中でかぶりつくようになっていった。
「嬢ちゃん、こりゃうめえなぁ」
村長たちは何度この言葉を口にしたことだろう。男たちの表情は、香ばしく焼き上がった肉の柔らかさのようにとろけていた。
「カノン様。あなた様は一体どれほどの力を秘めていらっしゃるのか」
毒味が終わった後、ニコラも焼き肉を頬張り、思わず目を見張らせた。これまでに経験したことのない調理法やその深い味わいに、ただ感嘆とするばかりであった。
「うふふ、わたくしはただ思いのままに、素材に感謝を込めて作っているだけですよ」
「なんと……命と自然のすべてに感謝を捧げるということですな。誠に見習わねばなりません」
ニコラはそう言うと肉を乗せた皿をテーブルに置き、静かに手を組んで祈りを捧げた。それに倣うように、その場にいた者たちも皆同じように食にありつける恵みに感謝を捧げるのだった。




