11 危機
秋も深まり始め、カノンの棲む森の木々は様々な色に紅葉しはじめた頃、サントモール村の村長がいつもの職人たちと共に森を訪れていた。
「嬢ちゃんや、うちらの村ももう限界だで」
「そうですよね……」
深刻な様子で相談を重ねるカノンと村長であった。そこへニコラが一隊を率いてやってきた。巡回という名目を掲げつつ、実のところはカノンに会うことが目的であった。
「おや、どうなさいましたか皆様」
あまりに切迫した表情で対峙するカノンと村長を目にし、ニコラは思わず声を漏らした。
「ニコラ様、いらっしゃいませ。実はですね」
「ニコラ様、実はじゃな」
二人が抱える重大な相談の内容はこうであった。王都の城下町カマンベールの公園で行った炊き出し活動の噂が広まり、その影響は王都のみならず周辺の町や村にまで波及していた。どうせ王都に向かうならカノンのダイニングまで足を運ぼうとする者が現れ、さらにはカノンの近くに移り住もうと一大決心をする家族や、そこで一旗揚げようと商売に乗り出す者たちまで現れたのである。
それらの人々を受け入れる皺寄せが、森の目と鼻の先に位置するサントモール村に押し寄せていた。土地の余裕もなく、溢れかえる人々をどう扱うべきかという難題に直面していたのだった。
「なるほど……それは由々しき事態ですな」
「そうなんですよ。わたくしとしてはお店に来てくださるのは大変ありがたいのですけれど」
「変な者が紛れ込んでも困るんじゃよ」
人を選別するのも容易ではない。悪意を持つ者が混ざっている可能性もあるだろう。しかし、純粋に新たな生活を始めたいという思いを無駄にはしたくないとカノンは考えていた。
「街道の整備は概ね完了いたしました。これからは新たな集落を一つ二つと構築していく段階にございます。それに必要なのは単なる人材だけではありません。資源が必要であり、それらをさらに発展させる力と発想こそが不可欠です。今まさにこれらこそが、我がネオカントリーサイド地方に求められているのです」
ニコラは力強く言い放った。思いがけない事態ではあったものの、この寂れた土地をいつまで管理できるのか、発展は望めるのかと苦慮していた矢先のことである。喉から手が出るほど欲していたのは、人材というかけがえのない財であった。カノンの魅力によって人々が集まり始めているこの状況を、ニコラは歓喜せずにはいられなかった。
「わかりました。この森を開放しましょう。どうですか、村長さん?」
「ええ?この森をかね?嬢ちゃん、こんな鬱蒼とした木ばかりの土地に何があるというんじゃ」
「うふふ、わたくし、リルルと無意味に歩き回っていたわけではありませんわ」
カノンは暇さえあればリルルと共に森や山を散散策していた。食材や薬草を探すだけでなく、どのような土地であるか、地質や川、土壌の様子を常に書き留め、記録としてまとめていたのだ。
「なるほど……清らかな川があれば水資源に事欠くことはありませんし、鉄や石炭も採掘できれば新たな産業を生み出せそうですな」
「何かできそうですか?」
「ええ、極めて大きな需要を見込めそうですぞ、カノン様」
ぎゅっと拳を握り締め、眉間に力を込めながらも笑みを浮かべるニコラであった。
その頃、王都では
「なんだと!?市民の流出が止まらんだと!?」
「は、はいゲオルク様。どうやら例の件で噂が広まり、さらには辺境伯ニコラ・ヴァランタインの治める地で新たな事業を起こそうとする者たちが後を絶ちません」
「ぬぅうう、ニコラめぇ!」
「それに、ここ最近の王都で多発している問題に対処しようとしない王政の姿勢にも、愛想を尽かし始めているようでして……」
「貴様!余が何もしていないとでも言うのか!」
「い、いえ!そうではありませんが、どうにもセリーヌ様のお張りになる結界があまりに『ガラクタ』でして……」
「おぬし、言葉を慎みたまえ。場合によっては首が飛ぶぞ」
「ひぃい!私はただ事実を述べたまででございますぅ!」
「もうよい、下がれ。まったく…………それにしても厄介事ばかり続くな…………」
その夜
「王子!ゲオルク王子!」
「……なんだ、余の眠りを妨げるほどの事態か」
「王都北の城下町に魔物の大群が押し寄せてまいりました!」
「な、なにぃ!?セリーヌは何をしているのだ!」
「で、ですので、セリーヌ様の結界では防ぎきれないと申し上げたばかりでして……」
「くっ……し、仕方あるまい。全軍、撃退に向かえ!」
「それが王子……昨今の結界に関する経費が嵩みすぎ、防衛費に資金を回せなくなっておりまして……」
「ええい、この役立たずどもが!余が先頭に立つ!兵のほかにも男どもをかき集めろ!市民だろうが何だろうが男手を集めるのだ!」
「承知いたしました…………」
その少し前、カノンの棲む森では
「かのん〜」
「なぁに?リルル」
「なんだかまもののにおいがするよ?」
「えぇ?この森にはリルルがいるから、もうしばらく魔物は近づいていないわよ?」
「いえ、カノン様。なにやら胸騒ぎがいたしますぞ」
「ニコラ様まで……いったい何があったというのですか?」
「この周辺ではございませんな……もしや王都の方角で何か」
「王都でですか?もしあのはりぼての結界が破られたとしたら、ひとたまりもありませんわ」
「私は一足先に向かいます。カノン様はいかがなさいますか」
「わたくしも参りますわ」
「かのん、ボクの背中にのせてあげる」
「本当?う〜ん……大丈夫?リルル」
ボンッ!
「わぁ!?」
「ほ、本物のフェンリルだ……!」
「―さぁゆくぞ、カノン―」
「リルル?大きすぎてお外に出られないわよ?」
「おいセリーヌ」
「あら王子。何用ですか?」
「何用もへったくれもあるか!お前の張る結界が役に立たなさすぎて、ついには魔物の軍勢が押し寄せているぞ!」
「だってわたくし疲れてしまうんですもの。こちらの体力のことも考えていただきたいですわ」
「いいからつべこべ言わず、しっかりと強い結界を張るのだ!」
「いやですわ。それに、結界を維持するための高価な魔石もとっくに底をついていますもの。追加の予算を出していただけないなら無理ですわね」
「くぅ……防衛費どころか魔石代にまで国庫を使い果たすとは……!俺はなぜこんな奴にうつつを抜かしてしまったのだ……!」
「ダメだぁ!魔物が次から次へと溢れ出てくる!」
「もうこの王都も終わりだ……」
「ええい!泣き言を言うな!立ち向かえ!」
「王子……兵が次々とやられております……」
「ウルカリア王国に……栄光あれ……」
「ダメか……余はなんという間違いを犯してしまったのだ…………」
「あ、あれは!!」
「なんだあの光は」
「流れ星……?いや、魔物か……?」
「王子、南西からも魔物の姿が見えます」
「もはや……これまでか……」
「いや、違う!銀色に輝くあの獣は!」
「フェンリルだ!」
「背中に誰か乗っているぞ!」
「カノン様だ!」
「フェンリルの背中にカノン様が乗っておられるぞ!」
「……カノン……だと?」
「王子!カノン様が来てくださいました!」
「ニコラもいるぞ!」
「ニコラ・ヴァランタインが兵を連れてきてくれたぞ!」
「王子!これを機にもう一度!」
「むぅ……!ゆ、ゆくぞ!」




