9_もう一つの末裔
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灯真は、椿と福丸を連れて帝都の目抜通りへと出た。
「いやぁ、いい天気だ」
灯真は空を見上げながら「おぉ、面白い雲の形だ」と言って指差した。
「灯真様は雲がお好きなのですね」
茶釜を入れた桐箱を持っている椿が三歩後ろからそう言った。
灯真は振り返って椿に微笑む。
「見ていて飽きないだろう?」
「そう、でしょうか」
椿は無表情で空を見上げた。
薄い春の雲。石畳を走る蒸気自動車の、しゅう、という音が聞こえた。
「あぁ。空には雲がないと」
「ないと?」
「表情がない」
「表情、ですか」
「——あぁ。快晴ってやつは、まったく救いがない」
「…ますます分かりません」と椿は困り顔をした。
灯真は、あはは、と笑う。
「良いんだよ。わかんなくて」
空よりも遠くを見るような眼差し。
言葉だけだと突き放すようにも見えるがそれは逆で、主人は今機嫌が良い。それは椿が一番理解できる部分だった。そして、そのままどこまでも想いを、思いのままに馳せてほしいと願っている自分がいる。後ろから見ているだけでも心が安らぐ。付喪神としての寿命も延びるのでは、と思うほどだった。
通りは、人々が往来し、ガヤガヤと賑わっている。
舶来の洋品を並べたショーウィンドウ。煉瓦造りの銀行。その賑わいの一角に、ぽつりと古めかしい一軒があった。そこだけ消音機能があるのでは、と思うほど落ち着いて凛とした佇まいの店。木看板には「雨月堂」と書いてある。
「着いたね」
灯真が入り口の戸を開け、「すんませーん」と言いながら入った。
古いが落ち着いた店内には古い掛け軸、どこの国のものかわからない甲冑と言った美術品のようなものや、左手には古書のコーナーまである。
「いらっしゃ——……って、なんだ、灯真じゃない」
店の奥からひょい、と顔がのぞいた。
はっきりとした二重。長い髪を後ろで結えていて、水滴が三つ巴になったような家紋が描かれた着物に店番用の前掛けをしている雨宮詩乃舞だった。
「久しぶりね。椿ちゃんもいらっしゃい」
「先月来たよ」
「お邪魔いたします」
灯真は眉を寄せ、椿はお辞儀をした。
詩乃舞は灯真の幼馴染であり、雨宮家もまた、御影一族と同じ安倍晴明の宝具を管理する分家である。
「あれ、今日は詩乃舞一人なんだ?」
「まぁね。祖母様からそろそろ一人で店番してみろって。でも、もちろん水晶で見てるわよ」
あぁ。と言って灯真は天井をぐるりと見渡した。
備え付けの何かが見えるわけではないのだが、きっとどこかに「目」があるに違いない。
「千鶴ばぁさんは覗き見が得意だからな」
「私は言ってないですからね」
詩乃舞が、わざと大きな声で確認した。
「で、今日は…って。椿ちゃん、あなたの持っているそれって……」
「お、さすが勘が良い。椿、開けてあげなさい」
椿は、桐箱をそっと台の空いているスペースに置いた。
結いた風呂敷を解き、蓋を開ける。
中から、手入れの行き届いた茶釜が現れた。
その茶釜が、ぽん、と白い湯気を噴いた。
「いやぁ、外界は楽しいのぅ!」
湯気が渦巻いたと思ったら、狸の面をつけた白装束の福丸が顕現した。
「あらあら」
詩乃舞は驚くでもなく、身を乗り出してきょろきょろと店の中を眺めている福丸を見た。
「へぇぇ…茶釜の付喪神?珍しい。しかも茶釜も逸品じゃない」
「お!なんじゃ。お前、おらの価値がわかるのか」
「お前じゃないわ。詩乃舞よ。あなたは?」
「福丸じゃ。よろしくな、詩乃舞」
それから、灯真は詩乃舞に先日訪れた珍客からの土蜘蛛、福丸と出会うまでの経緯を話した。
「——というわけで、福丸の自律人形を作ってるところなんだ」
「なーにが、というわけで、よ!はぁ?土蜘蛛?そんなの御影と雨宮家総出で迎え討たなきゃいけない大妖怪じゃない!」
「いや、だから千年の封印でだいぶ弱ってたから…」
「そういう問題じゃないわよ。もぅ……」
詩乃舞は頭を抱えるようにため息を着く。
「でも無事で良かったわ。そいつは倒したのね?」
「あぁ」
灯真は短く応える。詩乃舞は「そう」と言ってもう一度短いため息を吐くと気持ちを切り替えるように「まぁわかった」と言った。
「——で、その福丸ちゃんの自律人形を動かすための魂玉を作りたくて、材料の緋緋色金が必要ってことね」
「そーいうこと」
「わかったけど…緋緋色金って希少なのよ。一般的には空想上の金属って言われているくらい出回ってないんだから。そんな八百屋の大根みたいにはいかないわよ」
「だってここが一番置いてる確率高いだろ?」
「自慢じゃないけどそうよ。でもねぇ」
と言って、詩乃舞は店奥にある帳簿をぱらぱらと捲った。
「うん、やっぱり入荷の目処も立ってない」
「そこをなんとか」
灯真が拝むように手を合わせると、詩乃舞は「そうじゃないのよ」と言った。
「福丸ちゃんのこと考えると私も協力したいけど…ちょっと鉱山が大変みたいで」
「鉱山が?」
「ここんとこ立て続けに死人が出てるの」
死人が出ている——その言葉に灯真の瞼がぴくりと動いた。
「坑道に入った人が戻ってこない。戻ってきても正気を失ったりしているって。でも正直情報がなさすぎてどこまで本当かわからない」
「……ふぅん」
「仕方がないわねぇ」
と言って、詩乃舞が両腕をあげて伸びをした。
「え?」
「え?じゃないわよ。どうせ行くんでしょ」
「いやそう思ってたけど……いいって。場所教えてくれたら自分で行くよ」
「あの山、ふもとから坑道まで、入り組んでてね。土地勘のないよそ者が一人でうろうろしたら、緋緋色金にたどり着く前に坑道で迷って、野垂れ死によ。私が案内してあげる」
「詩乃舞……お前もしかして、店番に飽きてるんじゃ」
「そ、そぉんなことないわよー!なーにいってんの灯真ったらやーだー」
大きな声で水晶で見ている千鶴にアピールしているつもりだろう。
しかし詩乃舞はすっと潤んだ目で真面目な表情になった。
「祖母様、知っての通り御影は同士であると共に、大事な上客——……私若女将として店の売上のためにも頑張ってくるね!」
「大事な、のかかるところが違っとるぞ」
しかしこれが商魂というのだろうか。灯真はふっと頬を緩めた。




