10_帝都の腕利き
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次の日、灯真は詩乃舞の案内で蒸気機関車と乗合の荷車を乗り継ぎ、最後は己の足で歩いていた。
「まだか…」
舗装されていない畦道を歩き始めて二時間が経過している。その間、誰ともすれ違っていない。
「だらしないわね。鍛錬が足りないんじゃない?」
「いや、普通に疲れるだろ……本当にこの先に集落があるのか?」
周囲を見渡す。日が落ち始めていた。この辺りは本来ならトロッコが通るらしい。確かにレールが少し離れた場所に敷かれているのが見えるが、半月ほど前から止まっているという。
「あるわよ。もう少しだから。ほら、水飲んで」
そう言って詩乃舞は腰につけた巾着をごそごそとまさぐり、竹の水筒を出して灯真に渡した。
「なんじゃ、その袋。袋よりもでかい水筒が出てきよったぞ」
椿に抱えられた茶釜の福丸が驚いた声を出した。
「これはね、雨宮家に伝わる秘伝の呪いをかけて作った、よろず巾着よ。見た目以上に何でも入るの」
詩乃舞は、自慢するように茶釜に向かって話しかける。何でも、は言い過ぎだと思うのだが、福丸も「ほぉー」と感心した。
「これを量産して売れたらがっぽりだと思うんだけど。祖母様がダメだって」
「がっぽりってお前な」
「あ、ほら見えてきた」
詩乃舞が指差す方向を見ると、確かに開けた場所に小屋がいくつか見えた。
「へぇ…ここが鉱山の入り口…」
山の麓にある集落、という感じだ。
「……わかってたけど静かね。前に仕入れで来た時は、こんなじゃなかった」
詩乃舞は勝手知ったる足取りで、集落の右手にある一番大きな建物に入る。
その建物には、大きく「めし」とだけ書かれた看板がかけられていた。
「お上さん、久しぶり! 雨月堂です」
店の奥で、店主らしい女性が、びくりと肩を跳ねさせ——相手が誰か分かると、強張った顔を少しだけ緩めた。
「……なんだい、詩乃舞ちゃんじゃないか。こんな時によく来たね」
「こんな時だからよ。ねぇ、山のこと、聞かせてくれない?」
お上は、疲れの混じった、躊躇するような表情をした。
「……やめときな。悪いことは言わないから。私らも逃げようと思ってたところさ」
と言って厨房に目を向ける。顔は出さないがきっと主人か従業員がいるのだろう。
「この人も、拝み屋なの」
詩乃舞が、ぐい、と灯真の袖を引いて、前に出した。
「帝都の腕利きよ」と要らぬ一言を付け加える。
「そうか、そういえば詩乃舞ちゃんも陰陽師だったわよね。そう、その子も…若いのにねぇ」
灯真と詩乃舞、椿が食堂の椅子に座ったところでお上は少し考えた後、意を決したように口を開いた。
「ひと月ほど前さ。新しい鉱脈を掘り当てたって聞いた。この辺で取れるのは主に鉄鉱石だけど、たまに緋緋色金も採れるからね。その日はここら辺は祝い酒で賑わったよ」
だけどね——、と言って声が沈む。
「現場を仕切ってた頭領が、妙な石ころを拾った。そっからさ。人が変わっちまった——」
——人が変わった。その言葉を聞いて灯真は烏丸侯爵の話を思い出す。
烏丸侯爵も、野心家ではあったが「まるで人が変わってしまった」と。
「『こいつはわしが見つけた』って言ってね。懐にしまって。近づくとまるで石が取られるんじゃないかとか妄想が激しくなって、そのうち仲間を一人殴り殺しちまった」
「そんな…」と詩乃舞が顔をしかめる。
「何人かが取り押さえようとしたがまるでダメさ。鉱山で働いてるんだから、みんなそれなりに力には自信のあるやつらだ。それが歯が立たない。そう、あれはまるで……」
——妖だ。
そう言って、お上は押し黙った。
「今、その頭領ってどこにいる?」と灯真がお上に問いかける。
「今は、多分鉱山の中にいるよ。警察も何人か入ったが帰ってこない。ここは交通の便も悪いからね。大勢で来るには時間がかかるんだと」
お上は何かを振り払うように首を振った。
ここを離れたとて、店を出すにも出費がかさむ。
解決するのは時間がかかるが、稼ぎがなければ食えなくなるのはあっという間なのだ。
灯真は、「よし」と言って立ち上がった。
「これから行こう」
「これからって、もう夜だ。危ないよ」
お上が止めるが、灯真は「大丈夫。これでも帝都の腕利きなんだぜ」と言ってにっと笑った。
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めし屋を出ると、日はすっかり落ちて暗くなっていた。
集落を抜け、坑道へと続く山道を登る。詩乃舞の足取りには、迷いがなかった。索道の下をくぐる。それほど高い山ではないが、それでもトロッコ用に敷かれた線路に沿って徐々に標高を上げていく。
やがて。
山肌に、ぽっかりと、黒い口が開いていた。
坑道の入り口である。組まれた坑木はまだ新しいが、蒸気削岩機が置き去りのまま、冷えて沈黙している。
「……ここよ」
詩乃舞が知らせると、椿の腕の中に収まっている桐箱の蓋が、かた、と鳴った。ぽん、と湯気が上がり狸面の福丸が顕現する。物珍しさより、緊張の面持ちで坑道の闇を見据え——それでも、ぐっと拳を握った。
「お、おらも行くぞ。……おらの体の、ためじゃもんな」




