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6_茶釜の仇討ち

 ***

 邸の中は、しんと静まり返っていた。

 玄関、というにはあまりに大きい入り口から奥に入ると、洋風の広間が、月明かりに灯されていた。舶来の長椅子、硝子の燭台。壁には、家族の写真。


 ——そして、血飛沫の跡。


 邸の者は皆喰われた、というのは本当だろう。

 先ほど放った紙符が、ふわりふわりと、さらに奥へと導いていく。


「本当に付喪神がいるのでしょうか?」

「多分…。人間ではない」


 広間を抜け、長い廊下を渡り、やがて紙符はアンティーク調の大きな食器棚の前でぴたりと止まった。


「ここだね」

 

 灯真はその棚をしげしげと眺める。

「うーん、しかしこの棚自体…ってわけじゃないな。中にいるのかな?」

 そう言ってしゃがんで一番下の引き戸を開けると。


「くそぅ!かくなる上はやけくそじゃ!!」と甲高い子どもの声が響いた。

「外道の妖め!くらえ!湯鉄砲!」

 食器棚の奥から水鉄砲、いや湯鉄砲が灯真の顔にかかった。


「あち!あちゃちゃちゃ!!」

「灯真様!」


 目がぁ!目がぁ!とのたうち回る灯真に椿が走り寄る。


「かかかっ!引っかかりよった!引っかかりよったぞ!」

「まったく、いきなり何だって——」


 灯真がうっすら目を開くと。

 狸、いや、狸の面を被った白装束の童子が灯真に向かってびしっと指をさしていた。


「ふん!何が怨念の妖怪じゃ!お前なんぞこの福丸様がけちょんけちょんにしてくれるわ!」


「あなた!灯真様に向かって何を……!」


 簪を手にしようとする椿を、灯真が手で制する。


「いや、椿。よすんだ」


 え、と言って彼女が顔を覗き見ると、熱湯を浴びせられたはずの灯真は火傷はおろか、水の跡すら残っていなかった。


「幻術だよ」


 椿は灯真の視線の先にいる付喪神に目を向ける。


「かかか!宗介よ!か、仇は取ってやったぞ!お前を喰った奴に一泡吹かせてやったわ!」


 自らを福丸と名乗った白装束の付喪神は、よく見ると足が震えていた。

「何じゃ!や、やるなら一思いにやるがいい!」


 灯真は跪いたままじっと福丸を見つめた。


「福丸…と言ったな。俺は御影灯真だ。土蜘蛛は俺が退治したよ」

「………え」


 福丸が呆けたような返事をする。


「灰になって消えた。だからもう大丈夫だ」

「ほ、ほんとうか?本当なのか?あ、あんな恐ろしい化け物を……」

「本当だ。お前も付喪神なら妖の気配くらいわかるだろう?」


 福丸は暗闇を見上げ、辺りの妖気を探るようにゆっくりと左右に首を回した。


「ほ、本当じゃ。土蜘蛛の妖気が消えとる……」


 狸の面の下から、一筋の涙が溢れた。


「……宗介、の、仇……ほんとうに、取れたん、じゃな……?」

「ああ」

「……っ、う、ぁああぁぁ——……っ」

 堰が切れたように、福丸は食器棚の下でわんわんと声をあげて泣き出した。


「おら、なんにも、できなかった……!屋敷中に悲鳴が響いて…その中に宗介の声も混じってたのに…!さぞ…怖かったじゃろうに——。おらは、おらは何にもできないダメな茶釜じゃぁ——」


 付喪神は、長年の月日を経て物に宿る精霊のような存在だ。

 だからその「物」が置かれている場所から動くことができないのだ。

 その時、灯真の傍らに立っていた椿が、すっと膝をついた。

 そして、泣きじゃくる福丸の、煤けた頬に、そっと、陶器の手を、添えた。


「それでも、あなたが無事でよかった」


 福丸がひく、と顔を上げる。


「お、お前人間じゃない、式神でもない…な?」

「えぇ、私もあなたと同じ付喪神です」


 簪の付喪神よ、と言いながら福丸の頭を撫でた。


「宗介…その人が、お前の主人だったのか」 

 灯真が聞くと、「そうじゃ」と言って福丸はぐい、と白装束の袖で目を擦った。

「この屋敷、鷲尾の坊ちゃんじゃった。まだちっこかったが、おらを見つけて毎日磨いて話しかけてくれた……」

「そうか」


 灯真は少しだけ目を伏せる。やり切れない思いだ。


「本当の銘は文福じゃが、宗介が「まるまるした茶釜で福が来そうだ」というて福丸と呼ばれとった」


 福丸は、その小さな右手で白装束の襟元をぎゅっと掴んだが、すぐに真っ直ぐに灯真を見た。


「灯真よ。礼を言う」


 そう言うと、福丸はぺこりと頭を下げた。


「おらも安心して、この家と共に朽ちていける」

「いえ、福丸、()()()()()


 ——安心なさい?と思って灯真が声の発声源を確認すると、椿が福丸の本体である茶釜を棚の奥から取り出し、慈しむような目で見ていた。


「あなたは、灯真様がお救いになるわ」


 そうですよね、灯真様。と言って椿はキラキラした瞳をまっすぐ灯真に向ける。


「いや、まぁ……そうだな」


 確かにそのつもりではあったのだが、先に言われたら俺のバツの悪さがあるのでは?

 いや、気にしすぎか。と思い直す。


「このまま朽ちるよりは、宗介の分まで生きた方がいいだろ。お前さえ良ければ御影(うち)に来い」

 

 灯真は、福丸の潤んだ目を、まっすぐ見て、敢えて淡々と言った。

「そんで——お前には、自由に動ける体を作ってやる」

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