5_破魔の剣
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——土蜘蛛。
古の時代、大和朝廷にすら従わなかった者たちが蔑まれ、虐げられ、そして討たれた末に怨霊となり、以来幾度も都を恐怖に陥れ、ついにかの安倍晴明の手によって地の底深くへと封じられた大妖怪と、御影一族にも口伝されている。
「お前の封印を解いたのは誰だ」
灯真が呪力を高めると、八方の霊符が、さらに光を強め、一斉に鈴のような澄んだ音を鳴らした。
その音に応えるように、糸が縄のように太くなり、土蜘蛛の八本の脚と胴体、首の付け根を縛り上げる。
「グ、ギ、ギィィィィィ!!」
土蜘蛛が絶叫した。
「キ、貴様なんぞニ、死んでもオ、教えルか——!!」
「こいつ、性格が悪いな」
「灯真様、心の声が漏れております」
「黙れ!ダマレ晴明の末裔!キサマらは根絶やしにシる!」
封印術が発動して尚、古妖はあらぬ限りの怨念を灯真に向けた。
「四方清浄」
波打つような瘴気の波動を感じて灯真が唱えると、立方体の薄い光の膜が灯真たちを囲み防御結界が張られる。
——と同時に、周囲の草木は土蜘蛛の放つ瘴気にあてられ、酸の風呂を浴びたように溶けた。
「ぐ、ぐははは!」
苦しそうに悶えながらも、土蜘蛛は不気味な笑みをその顔に浮かべる。
「や、やはり。やはりだ……キサマの術は晴明には遠く及ばん」
ぜえぜえと息を切らしながらも、その眼力は衰えない。
「晴明の末裔、キサマに、俺は封印でキん……!!」
「勘違いするな」
灯真が冷徹に言い放つ。
「俺はお前を封印するわけじゃない。——滅する」
「滅すルだと?何ヲ……」
理解できない、という表情を見逃さず、灯真は一気に呪力を高める。
脚の関節がめきめきと音を立てて曲がり、白い光の糸に黒い瘴気が絡みつく。
「椿!宝剣を」
「はい」
すぅ、と椿が目を閉じ祈る。
「謹請——御影の蔵よ、千手の宝剣を我が君灯真様の御手に」
ちりん、と鈴のような音と共に、灯真の目の前に五芒星が刻まれた黒い木刀が現れた。
御影の法具は、本来、宝物庫に秘される宝。だが御影一族が代々受け継ぐ簪であり付喪神たる椿は、その宝物庫と繋がる回路を持っており、灯真の求めに応じて宝具を口寄せることができるのだ。
灯真がその木刀を手にすると、皮が剥がれるように光輝く刀剣の姿が露わになり、月光が、刃をつう、と滑った。
「——破魔の剣よ」
灯真の声に応えるように、刀身から焔が、ごう、と噴き上がった。
火の粉が金砂のように舞う。
灯真は、その切っ先を、藻掻く古妖へと真っ直ぐに向けた。
「な、ナんだ、その剣は——」
土蜘蛛の八つの目が、初めて恐怖に揺れた。
ふわり、と灯真が宙に浮く。
「ほう、強さだけが取り柄のお前でも、身に迫る危機を感じるだけの頭はあるか」
「お、俺が恐怖してるダと——?!」
言葉とは裏腹にぜえぜえと息を切らし、力が抜けているのがわかる。
灯真が破魔の剣を握る手に力を込めると、刀身に刻まれた五芒星が輝き、刃から噴き上がる炎がさらに膨れた。
「喰らった魂を引き剥がし、怨を祓う、そして魔を滅する焔だ」
そう言って剣を構え一振りすると地獄の釜をひっくり返したような業火が土蜘蛛の身体を灼いた。
「ギ、ガアアアアアアアアアアア!!」
土蜘蛛が絶叫する。
縛られた脚が一本地面に叩きつけられるたび、石畳が轟音を立てながら紙屑のように飛び散っていた。
「許さん!許さンぞぉぉおぉオおおぉ」
土蜘蛛の顎が大きく裂ける。
その奥から、先ほどとは比べものにならない量の白い妖糸が噴き出した。
糸は束となり、槍となり、無数の蛇のように灯真へ殺到する。
だが灯真が宝剣を一振りすると、それもあっという間に灼かれ、灰燼と化した。
「無駄だ」
「馬鹿ナ……!」
土蜘蛛の眼が怯えの色に変わる
「千年……千年、恨ミ続ケタ! 晴明ヲ、都ヲ、人ヲ、すべてヲ呪い続ケタ! それヲ、こんな小僧ガ!」
「恨むことしかできない哀れな妖よ……ここはお前が生きて良い時代じゃない」
「巫山戯るナ!お前にナニがわかル!!!」
「あぁ、分からない」
二本の指を唇にあて、ふっと息を吐いた。
すると焔は青白く光り。
その瞬間、土蜘蛛の体に亀裂が走った。
橙の地肌が割れ、黒い毛が灰になり、八本の脚が根元から崩れていく。
八つの眼がひとつずつ光を失い、牙は砂のように砕けた。
「まだ……まだ、喰イ足リぬ……」
土蜘蛛の声が遠のいていく。
「恨ミは……まだ……」
「もういい」
灯真は刃を下ろした。
土蜘蛛は最後に地鳴りのような低い咆哮を上げ、跡形もなく消え去った。
***
土蜘蛛が消滅した後、灯真は残っていた瘴気を祓い、結界を解いた。
「お見事でございます」
椿が灯真を見上げながらそう言った。
「いやぁ……」
夜の冷たい空気の戻りを感じながら、灯真は深く息を吸った。
「結構やばかったよ」
「そうなのですか?」
椿が不思議そうに首を傾げる。灯真が当然のように勝ったとでも言いそうなその表情には、主人に対する絶対の信頼が見てとれた。
灯真は苦笑する。
「あぁ。千年の封印でかなり弱体化してるようだったね。おかげで助かった」
かつて、灯真の祖である安倍晴明は土蜘蛛を地の底深くに封印した。
しかしそれは「封印するしかなかった」という証左でもある。
人間の怨念を糧に膨れ上がる古代の妖怪は、千年の封印で全盛期とは程遠いほど弱々しくなっていたはずだ。
それでも尚、灯真の封印術に抗うほどの力を持っていた。
確かに灯真は最初から滅するつもりではいたが、それでもあと百人、いや数十人でも人間を喰らっていたらどうなっていたか分からない。
灯真は、無意識に目を細めた。
「それより、問題は」
「土蜘蛛の封印を解いたもの、でございますね」
「あぁ」
灯真は裂けた背広の残骸を見下ろす。
陰陽師が封印を解いた、と言っていた。
その陰陽師は、安倍晴明の血が残っていると教えた。
聞き出す方法はあっただろうか、と自問するが、直ぐに「あり得ない」と結論が出る。
邸の者は皆喰われた、と言っていた。
正式な儀式は僧侶に任せれば良いが、せめて妖が寄ってこないように弱い結界を張っておこうか、と思ったその時。
「……ん?」
邸の方を見る。
「灯真様?」
「待って」
彼は懐から紙符を一枚取り出し、指先で軽く弾いた。
紙符はふわりと宙に浮かぶ。
しかし、妖を探る時のように激しく震えることはない。
代わりに、屋敷の奥へ向かって、ゆっくりと傾いた。
灯真の表情が変わる。
「これは……」
椿も屋敷を見る。
「まだ何か、潜んでおりますか」
「妖じゃないね。…でも弱々しい。行ってみようか」
「はい」




