4_土蜘蛛
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裂けた背広の下から顕になったのは、橙の地肌とそれを埋め尽くすように生えている黒く、鋼のような毛に覆われた蜘蛛の背中。
背から、脇腹から、節くれだった黒い脚が一本、二本、四本、八本。
ぎち、ぎち、と関節を鳴らしながら伸び広がり、闇を支える梁のように灯真と椿の前に立ちはだかった。
虎のような面には赤く鈍い光を放つ目が八つ。
そして牙を剥き出し咆哮した。
「——土蜘蛛か」
灯真は、独り言のように呟いた。かつて、何者にもまつろわぬ古き地の主として幾度も都を脅かし、そして、ついに安倍晴明によって、地の底へと封じられたはずの古妖。
「センネン、ダ」
声はすでに人のそれではない。
八つの目から地鳴りのように響いてくる。
「千年、あの、あの憎らしい晴明ノ糞に、このオレが、地の底に縫い止メられておった。う、ウごくことは愚か、喰うことも叶ワズ、ダが、解かれた。トかれタのよオ!」
ぐるりと、八つ目の全てが灯真に照準を合わせる。
「陰陽師ガ、解いた。そして、教えてクレたのヨ。晴明の血ガ、まだ、この世ニ、残っておると——」
「……それで、御影を」
「苛立たしい恨めしい憎らシい——忘れるものカ、忘れるものカあの忌々シい血の匂いヲ!」
「へぇ、活き血の匂いは嗅ぎ分けられるか」
黙れ!と激昂するほどに土蜘蛛の声は低く鳴り響く。
「き、キサマなぞ喰ろうても腹は満たされんだろうが、晴明の末裔——喰らわねば腹の蟲ガおさまらんわ!」
言い終わるより、早かった。
土蜘蛛の八つの眼の下、ぱくりと裂けた顎から、白い糸が、灯真めがけて、放たれた。
——速い!
灯真が術を使おうと構えた刹那、緋色の振袖が音もなく前に出た。
「椿!」
灯真の前に滑り込むようにたち、さしていた簪を抜くと襲いくる妖糸を薙ぎ払った。
幼女の姿をした人形のしなやかな腕が、目にも止まらぬ速さで小刀を振うようだった。
「灯真様には、触れさせません」
静かな声。薄く磨かれた白木に淡い胡粉を重ねた肌は、間近で見るほど美しさが際立つ。
「キサマ…なるほどその簪の付喪神カ」
土蜘蛛が、右の前足を鉈のように椿めがけて振るった。
椿はその前足を跳躍で交わし、逆手に持った簪を土蜘蛛の胴体に突き立てる。
しかしギィン!!と音を立てて簪は左の脚ではらわれる。
「面白い……自律人形とやら、千年前ニはなかった術ダ」
椿は古妖の話に耳を貸すことなく、連続で攻撃を繰り出す。
右に、左に、前に、後ろに。
その攻撃を土蜘蛛は八本の脚でいなしているが、それでもダメージは蓄積されていた。
そしてついに、ぐさり、と。
椿の簪が前足の関節を抉った。
「ぐ、ァぁぁぁ」
土蜘蛛は激痛に悶えるように振り払う。その反動で椿も吹き飛ばされ、灯真の横に着地した。
「お、おのれ人形風情ガ——!!」
巨岩のような身体が上下に揺れている。白い霧がどす黒く変色し、呼吸そのものが瘴気となり漂い始めた。
「……まずいな。このままじゃ内臓を破壊される」
「こ、コロしてやル、ごろぢでヤる!!!!」
灯真は懐から紙符を出し宙に放つと、まるで意思を持ったように八方に散る。
「椿、下がってて」
「しかし、灯真様」
「大丈夫だよ。俺が出る」
そう言うと右手の二本指を唇にあて、呪文を唱えた。
「縛しめよ」
札が、燃えた。
白い光が、八枚の符から、糸のように奔り、土蜘蛛の脚へ、胴へ、巻きついていく。御影の縛の術——千年の昔、安倍晴明がこの同じ妖を地の底へ封印した、その業の写しだった。
「キ、貴様!これは晴明の術!」
「天網恢恢」
その言葉が響いた瞬間、土蜘蛛の胴が深く沈み地中の闇がうめいた。
地面が盛り上がる。
「させルか!!」
次の刹那、石畳を砕いて巨大な脚が突き出した。
槍のように鋭い黒脚が、灯真の胸を狙って一直線に迫る。
「灯真様!」
椿が飛び出そうとする。
だが灯真は動かなかった。
「天網よ、人の怨念を持つまつろわぬ蟲に墜ち、今一度地底の闇に縫い留めん」
唇に添えた二本指を、そのまま前へ突き出す。
「急急如律令」




