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4_土蜘蛛

***

裂けた背広の下から顕になったのは、橙の地肌とそれを埋め尽くすように生えている黒く、鋼のような毛に覆われた蜘蛛の背中。

背から、脇腹から、節くれだった黒い脚が一本、二本、四本、八本。

ぎち、ぎち、と関節を鳴らしながら伸び広がり、闇を支える梁のように灯真と椿の前に立ちはだかった。

虎のような面には赤く鈍い光を放つ目が八つ。

そして牙を剥き出し咆哮した。


「——土蜘蛛か」


灯真は、独り言のように呟いた。かつて、何者にもまつろわぬ古き地の主として幾度も都を脅かし、そして、ついに安倍晴明によって、地の底へと封じられたはずの古妖。


「センネン、ダ」


声はすでに人のそれではない。

八つの目から地鳴りのように響いてくる。


「千年、あの、あの憎らしい晴明ノ糞に、このオレが、地の底に縫い止メられておった。う、ウごくことは愚か、喰うことも叶ワズ、ダが、解かれた。トかれタのよオ!」


ぐるりと、八つ目の全てが灯真に照準を合わせる。


「陰陽師ガ、解いた。そして、教えてクレたのヨ。晴明の血ガ、まだ、この世ニ、残っておると——」


「……それで、御影を」


「苛立たしい恨めしい憎らシい——忘れるものカ、忘れるものカあの忌々シい血の匂いヲ!」


「へぇ、活き血の匂いは嗅ぎ分けられるか」


黙れ!と激昂するほどに土蜘蛛の声は低く鳴り響く。

「き、キサマなぞ喰ろうても腹は満たされんだろうが、晴明の末裔——喰らわねば腹の蟲ガおさまらんわ!」

言い終わるより、早かった。


 土蜘蛛の八つの眼の下、ぱくりと裂けた顎から、白い糸が、灯真めがけて、放たれた。


——速い!


灯真が術を使おうと構えた刹那、緋色の振袖が音もなく前に出た。


「椿!」


灯真の前に滑り込むようにたち、さしていた(かんざし)を抜くと襲いくる妖糸を薙ぎ払った。

幼女の姿をした人形のしなやかな腕が、目にも止まらぬ速さで小刀を振うようだった。


「灯真様には、触れさせません」


静かな声。薄く磨かれた白木に淡い胡粉を重ねた肌は、間近で見るほど美しさが際立つ。

「キサマ…なるほどその簪の付喪神(つくもがみ)カ」


土蜘蛛が、右の前足を鉈のように椿めがけて振るった。

椿はその前足を跳躍で交わし、逆手に持った簪を土蜘蛛の胴体に突き立てる。

しかしギィン!!と音を立てて簪は左の脚ではらわれる。


「面白い……自律人形おーとまたとやら、千年前ニはなかった術ダ」


椿は古妖の話に耳を貸すことなく、連続で攻撃を繰り出す。

右に、左に、前に、後ろに。

その攻撃を土蜘蛛は八本の脚でいなしているが、それでもダメージは蓄積されていた。

そしてついに、ぐさり、と。

椿の簪が前足の関節を抉った。


「ぐ、ァぁぁぁ」


土蜘蛛は激痛に悶えるように振り払う。その反動で椿も吹き飛ばされ、灯真の横に着地した。


「お、おのれ人形風情ガ——!!」


巨岩のような身体が上下に揺れている。白い霧がどす黒く変色し、呼吸そのものが瘴気となり漂い始めた。

「……まずいな。このままじゃ内臓を破壊される」


「こ、コロしてやル、ごろぢでヤる!!!!」


灯真は懐から紙符を出し宙に放つと、まるで意思を持ったように八方に散る。


「椿、下がってて」

「しかし、灯真様」

「大丈夫だよ。俺が出る」


そう言うと右手の二本指を唇にあて、呪文を唱えた。


(いま)しめよ」


札が、燃えた。

白い光が、八枚の符から、糸のように奔り、土蜘蛛の脚へ、胴へ、巻きついていく。御影のばくの術——千年の昔、安倍晴明がこの同じ妖を地の底へ封印した、その業の写しだった。


「キ、貴様!これは晴明の術!」

「天網恢恢(かいかい)


その言葉が響いた瞬間、土蜘蛛の胴が深く沈み地中の闇がうめいた。

地面が盛り上がる。

「させルか!!」

次の刹那、石畳を砕いて巨大な脚が突き出した。

槍のように鋭い黒脚が、灯真の胸を狙って一直線に迫る。


「灯真様!」


椿が飛び出そうとする。


だが灯真は動かなかった。


「天網よ、人の怨念を持つまつろわぬ蟲に墜ち、今一度地底の闇に縫い留めん」


唇に添えた二本指を、そのまま前へ突き出す。


「急急如律令」

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