39_老練の陰陽師
「てめぇ……!!!」
灯真の低い声が工房に響く。
「この帝都で仕事をしたくばよく考えることだ、そう言っただろう」
「清太や仲間に手ェ出してみろ。侯爵だろうがお前を八つ裂きにするぞ……!!」
「貴様!」
護衛の男が一歩前に出た。
灯真も一歩も引かずに睨み返す。
その場の空気が一触即発に張り詰めた、その時。
「朝から騒々しいぞ!」
工房の奥にある母屋につながる戸が、がらりと開いた。
母屋から出てきたのは、巌だった。
着流しの着物で、手には季節外れの団扇を持ってあおいでいる。きっと朝の鍛錬が終わって一息ついていたのだろう。
「爺ちゃん」
灯真の呼びかけには応えず、巌は黒い背広の三人と烏丸を順に見ながら「あぁ?」と顔を顰めた。
「なんじゃお前ら、ガラの悪いのがぞろぞろと」
その言葉に、護衛の男が苛立ったように舌打ちする。
「ジジイは引っ込んでろ!」
「五月っ蝿いのぉ」
巌が小指で耳をかきながら機嫌の悪そうな顔をする。
「近所迷惑じゃ。痛い目見る前にさっさと帰れ」
「おい……ジイさんだからって手加減しねぇぞ」
黒服の男の一人が、指を鳴らして巌に殴りかかる。
灯真が「あ——」、と思ったが遅かった。
鈍い、破裂音のような音が工房に響く。
「——!」
その場にいた者は、灯真以外なにが起こったか理解するまでに時間がかかることになる。
拳は巌の顔の前で止まっていた。片手で受け止められたのだ。
そして次の瞬間、
「帰れと言ったじゃろう」と言って巌が黒服の護衛を投げ飛ばした。
投げられた男は、バシィィン!!と受け身も取れず背中が床に当たる。
背骨が軋み、内臓に衝撃が走る。息を吸うこともままならず悶絶した。
「はぁ?威勢が良い割に大したことないのぉ」
立ち上がることもできない黒服の男を見下ろしながら、巌は団扇をあおぐ。
「この野郎!!」
残る二人も呆然としていたが、すぐに巌へ飛びかかった。
一人が右から。もう一人が左から。
「なんじゃ、まだやるのか」
巌は面倒そうに言ってから団扇をふわりと放った。
「はぁぁ!!」
一瞬だった。
鳩尾と顎に一発ずつ。
巌が動きを止めた時には、護衛の二人は白目を剥いてその場に、どう、と倒れた。
放った団扇が落ちてくる。
それをキャッチして、祖父は何事もなかったかのようにまた、団扇をあおいだ。
「き、貴様……」
三人の護衛をあっという間に倒された烏丸は、さすがに狼狽している様子で後退りをしていた。
「こ、こんなことをして……ただで済むと思うなよ……!」
「お決まりの台詞じゃな。では儂からもお決まりの台詞を返してやろう」
巌は眼光鋭く、烏丸を睨んだ。
「御影に手を出す奴は、誰であろうが容赦はせん。覚えておけ……!!」
「くっ——!」
烏丸は完全に気圧された様子でそれ以上何も言うこともできず、踵を返して工房の外にある車へ戻って行った。
「ほれ、お前もその二人を背負ってとっとと出ていけ」
最初に殴りかかった男に向かって巌が言う。
ダメージは残っているようだが、立てるようにはなったらしい。だがすでに戦意は喪失している様子で、すごすごと気を失っている二人を車に戻し、エンジンをかけて走り去って行った。
蒸気のエンジン音が聞こえなくなったところで、ようやく巌も一息つくように力を抜いた。
「で……あやつが烏丸か」
あ、烏丸って知っててやってたんだ、と灯真は心の中で驚きながら「そうだよ」と応えた。
「一番最初に逃げたあいつ」
「最初から脅すつもりで来おって」
「でも良かったのか?深追いするなって言ってたの爺ちゃんだぜ?」
巌は、ふん、と鼻を鳴らす。
「降りかかる火の粉は払うもんじゃ。それに孫を脅してくる奴を黙って見ておるほど、儂は耄碌しておらん」
といって工房の入り口近くにある椅子に腰掛け、外を見ながら「それより——」と続けた。
「烏丸、あやつの懐から、微かだが妙な気配を感じた」
「え?」
と言って灯真は烏丸の気配を思い出す。
「何かまではわからん。まるで自分の気を、烏丸と同化させて巧妙に隠れておるようだった」
「それってまさか……!」
灯真は、鉱山に行った時のことを思い出す。
鉱山で石に魅入られ、鬼と化した頭領。
それはやがて、頭領の体に根を張り、内側から食い潰していた。
灯真は、そのことを巌にも伝えた。
「しかし見る限り、あやつはまだ人間ではあるようじゃ。時間が経っておらぬからか、もしくは力を制御しておるのか——」
老練の陰陽師は、「後者だとしたらやっかいじゃな」と言って顎をさすった。




