38_脅し(改稿)
▪️第六章
展示会から、三日が過ぎた朝。
結局あの後、呪詛返しを仕掛けた場所には行かなかった。
というか、灯真は行っても良いと思っていたのだが、詩乃舞から強く反対された。
「あんたねぇ!政府の中枢に単身で乗り込んで「俺がやりました」なんて言ってみなさいよ!……はぁ?違うわよ!やるとかやられるとかじゃなくて、乗り込んだら最後、建物の損害賠償とか罪状つきつけられるとか、不利なことしかないって言ってんのよ!!飛んで火にいる夏の虫よ!」
——なのだそうだ。
そしてもし、政府の人間、それも一部の人間が仕掛けてきたことであれば、あまり事を大きくしたくはないはず。だからこちらから動かなければ、向こうから灯真を不利な立場に仕立て上げることもないだろう、とも言われた。
灯真としてはとてもモヤモヤするのだが、確かに詩乃舞の言う通りだと思う。
結果的には彼女の言う通り、今のところ政府の人間は工房に来ていない。この辺は冷静に計算ができる詩乃舞のおかげで先走ったことをしなくて良かったのだろう。
しかし……、それは一時的な話であって、いずれまた何かを仕掛けられるのではないか。
そう考えていた頃。
「灯真、いるか?」
福丸の依代となる人形を仕上げていた工房の戸が引かれ、聞き慣れた声がした。
「おー、清太!」
——西蔵清太。隣町にある仕立屋の職人仲間である。灯真と年齢が近いこともあって、何かと遠慮なく話せる、気心の知れた者の一人だ。
「頼まれてたもん、仕上がったぞ」
「お、もうできたのか」
「もう、じゃねぇよ!お前が早くしろってせっついてきたんだろ」
まったくよぉ、言いながら、清太は口を尖らせた。しかしその表情は自信がある時、早く見てほしい時だと灯真は知っている。
清太は、灯真が案内するまでもなく勝手知ったる足取りで作業台の空いている場所へ風呂敷を置き、結び目を解いた。
「おぉ」
思わず灯真が声をもらす。
風呂敷の中から現れたのは、小さな着物一式と下駄だった。
薄い金色の羽織には、藍色の刺繍が施され、華やかでありながら愛嬌がある。
そして下に重ねる着物も、その刺繍と同じ藍色が来ることで品よく引き締まっている。
腰に合わせる帯、そして童用の小さな下駄。
「すごいじゃないか!さっすが清太くん!いや清太さま!」
「こんな手のかかるもん、もっと早く依頼しやがれ」
そう言いながら清太は近くの椅子に腰掛ける。
「うん、善処するよ」
「言い方が軽い!それ、しない奴の言葉だぞ」
「そ、そんなことないさ。いやしかし、本当にすごいなぁ」
あははぁ、と笑って灯真は話をはぐらかすが、後半は本心である。
清太は半ば諦めたように、ふん、と鼻を鳴らした。
「ま、俺の腕が良いんだな」
「うんうん。そりゃぁもう信頼してますとも」
「素直に受け取っとくよ。しかしまぁ、お前のあの人形みせられちゃな。こっちも力が入るってもんよ」
そう言って、工房の真ん中にある、福丸の魂が入る予定の人形に目をやる。
「ありゃ俺から言わせりゃ芸術だ。わかる奴なら喉から手が出るほど欲しがるだろうよ。それこそ一生食うに困らない値がつくんじゃないか?」
清太は腕も確かだが、コミュ力が高い。その辺は灯真と決定的に違うところだ、と自分で思う。憎まれ口を叩いても最後には必ず褒めてくれるという、天性とも言える会話運びの才能があるのだ。
「いやぁ。それほどでもぉ」
だから、わかっていても灯真はデレつく。
「でも売らないんだろ?」
「あぁ……まぁね。今回は椿と同じなんだ」
「あぁ。椿ちゃん」
と言って、清太は、灯真の後ろに控えている椿を見る。
清太は、灯真が陰陽師であることも、椿という自律人形に付喪神が宿っていることも知っている。ただ、深追いはしない。それは決して、興味がないとか、冷たいからではない。灯真が仕立ての技巧についてあれこれ詮索しないのと同じだ。お互い領分というものがある。それだけだ。
しばらく他愛のない話をした後、清太はかけていた椅子から立ち上がった。
「じゃ、俺は戻るわ。午後からまた仕立てがあるからな。代金忘れんなよ」
「忘れたことなんかないだろ」
「締めの挨拶だよ。じゃあな」
そう言って工房の引き戸を開けると、手を降りながら出て行った。
走るように出て行った清太を見送り、見えなくなったところで灯真は「ははっ」と笑う。
「まったく、清太は何でも早いんだよな」
「なんでも、でございますか」と椿が聞き返す。
「あぁ。足も話も、仕事も早い。あと食うのも」
「お食事もですか」
「あぁ。肉も魚も、ありゃ噛んでないな。飲んでる」
——さぁ。福丸の衣装も届いたし早速着せてみるか——、と言ったところで、椿が何かに気づき、作業台に手を伸ばした。
「灯真様、この風呂敷——」
椿が手にした風呂敷は、清太が福丸の着物を包んでいたものだった。
「ありゃ、あいつ忘れていきやがったのか」
「私、届けてまいります」
確かに、走っていたとはいえ、まだそう遠くには行っていないだろう。
「悪い。じゃぁお願いするよ」
「はい、行ってまいります」
と言って椿は微笑むと、風呂敷を持って出ていった。
そして、椿が出て行ってから間もなく。
「……?」
ドゥルル…というエンジン音。工房の前に、一台の黒塗りの蒸気自動車が止まったのだ。
今度は何だろうか、と思って眺めていると——。
そこから降りてきた男を見て、灯真の顔から笑みが消える。
「……あいつ……!」
顎が細く、陰湿な目つきの男。
無遠慮に工房へ入ってきたのは——、烏丸侯爵だった。
***
烏丸は、黒い背広を着た男の護衛を三人引き連れていた。今日は吉利はいないらしい。確かに、あの様子ではしばらくまともに動くこともできないだろう。
そんなことを考えながら、灯真は険しい表情で「何しに来た?」と尋ねた。
「おい小僧!口の聞き方に気をつけろよ!」
護衛の一人が前に出る。背広を着ているが口の聞き方はゴロツキのそれだ。
もっとも、灯真も烏丸に対し敬意を払う気は微塵もない。
「この前の女の護衛が何したか分かってんのか?!お前が命令したんだろ!」
椅子から立ち上がり問い詰める灯真に、烏丸は「あぁ」とわざとらしく惚けた。
「あいつは確かに私の護衛だったが、日雇いでね。もういないのだよ。しかし何か勘違いしているようだ。あの展示会の騒ぎは私も胸を痛めた。まさかあんなことになるなんてな。……もちろん私は何も命じていないし、知らんよ」
「お前——!」
「それよりも小僧。先日の話だ」
「先日の?」
分かっていながら聞き返したのだが、烏丸は気に留める様子はない。
「私の遊郭構想の件だよ。あれから私も考えてみたのだがね、やはりお前の人形が適している」
「……断ったはずだぜ」
「だから、考え直す機会を与えに来たのだよ」
「協力するつもりはないね」
即答した。
烏丸の眉が僅かに動く。
「金なら出すと言っているだろう。お前が今まで扱ったこともない額をな」
今すぐこいつを殴ってやろうか、という衝動に駆られる。口では灯真を評価しているかのように言っているが、灯真の気持ちは清太の時とは大違いだ。
「金の問題じゃない」
「なら、何が不満だ」
「ぜんぶ。とにかくお前の商売のために人形を作るつもりはないね」
分かったら帰ってくれ、と言って灯真は手をひらひらとはためかせた。
「……相変わらず身の程を知らんな」
ふんぞり返る烏丸の目が、灯真を見下す。
「小僧、お前は自分一人で商売をしているつもりじゃないだろうな」
「何?」
「人形一体作るにも、木材がいる。金属がいる。衣や硝子、細かな部品が必要だろう」
灯真の表情が変わった。
烏丸は口元に薄い笑みを浮かべた。
「そうだな。例えば——」
その視線が、外に向く。
「今しがた出ていったあの仕立て屋」
「てめぇ……!!!」




