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37_呪いをほんの少しだけ

 ***

 曇天の隙間から夕陽が差し込んでいるのを見ながら、灯真は屋根瓦の上で腰掛けていた。


「お疲れ様」


 声が聞こえた方を見ると、詩乃舞が立っていた。


「あぁ。よくここがわかったな」

「わかるわよ。あれだけ大きな音と妖気。金田一様だって気づいたくらいなんだから」

「あいつ、変なところで勘が良さそうだからなぁ。……そっちはどうだった?」

「騒ぎはなんとか収まった。びっくりよ。いきなり自律人形たちが暴れ出すんだもん」


「だよな」と言って改めて詩乃舞を見た時、灯真は「えっ」と声を上げた。

「おい、そのドレス……」


 灯真は目を丸くする。

 彼女のスカートの一部がビリビリに破れていたのだ。


「あぁ、これ?怪我人を止血する時に使ったの」


 詩乃舞は落ち込む様子もなく普段通りだ。

 無理をしている様子もない。

 だが灯真の中では、ふつふつと怒りが込み上げてくる。


「やっぱりちゃんと懲らしめるべきだった……ごめん」


 なんとなく申し訳ない気持ちになって口から出てしまったが、詩乃舞は「なんであんたが謝るのよ」と言って、笑った。


「あんたがその術者、やっつけてくれたんでしょ?でも……なんだったの?あんな気配……屋敷内にも私たちと同じ陰陽師は何人かいたけど、みんなビビって見に行くこともできなかったわよ」


 その気配は、八蛇神のことだろう。

 確かに、あれは奈落の神。陰陽師といえど、見れば石のように固まってしまう者もいるはずだ。


「奈落の大蛇を口寄せする宝具の使い手がいた。逃げられたけど…」

「っ……!それって、まさか土蜘蛛の封印を解いた奴?!」

「いや。そいつじゃなかったけど、知ってるみたいだった。逃げられたけど」


 なんで二回言うのよ、と詩乃舞が苦笑いする。


「そっかぁ。うーん惜しかったわね」

「でも、もしかしたら、もうすぐ分かるかもしれないぞ」

「え?どういう——」


 詩乃舞が言いかけたところで、微かに「どぉん…!」と、何かが破壊されたような重々しい音が響いてきた。


「なに?!」

「なるほど、あの辺か」


 ここから数町先。

 大きな洋館らしき一角から、土煙が上がっていた。

 灯真は右手をかざして庇を作りながら、音が鳴った方を眺める。


「思ったより近いな」

「ちょっと!どういうこと?ちゃんと説明しなさいよ!」


 頬を膨らまして迫る詩乃舞に、灯真は「悪い悪い」と笑いながら両手を前に出す。


「この屋敷に呪力を込めた蛇を放ったのが、宝条吉利って奴だったんだけど、多分そいつの親玉が土蜘蛛の封印を解いた奴なんだと思う。だから——ちょっと細工してやった」

「細工って……」

「あいつは蛇使いみたいだったからな。その蛇の一匹に、奴がアジトに戻ったら巨大化して位置を教えてくれって命令を忍ばせたんだ」


「呪詛返しってこと?」

「呪詛ってほど強い力は流石にバレるからな。びっくりさせるくらいだよ。ま、やられっぱなしってのも癪だからほんの少しだけ」

「ほんの少しって……あんた、えげつないことするわね」


「そうか?」


 灯真としては仕掛けられた悪意の、ほんの僅かを返したくらいだ。


「向こうは土蜘蛛の封印を解いて御影(うち)にけしかけさせたんだ。なんなら、これから行ってみるか」


 立ち上がる灯真に、「ちょっと待って」と詩乃舞が声をかけた。


「…あの辺って……もしかして」

「ん?」

「内務省があるところじゃない?」


「え?」


 遠くで、もう一度。

 がらがらがら、と建物の一部が崩れ落ちた。


「えぇーー…」


 灯真は指で頬を掻きながら、目を細めた。

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