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34_八蛇神(改稿)

 ***

 異様な程の圧を放つ傲慢な大蛇。

 この者を殺れば良いのだな、と言った後、承諾を待たずに視線を灯真に移す。


「我が出よう」


 最も大きな一匹がずるりと巨体を前に進めた。


「ま、待ちなさい!全員でかかれば——」

「黙れ!」


 大蛇の怒号が屋根を震わせた。

 吉利が「ヒッ」と小さく掠れた音を出した。


「我ら八蛇神(はちじゃしん)、貴様の指図は受けぬ!!」

 黒炎がぶわりと膨れ上がり、吉利の髪と衣服を激しくはためかせる。


「左様。これ以上口出しすれば、貴様を喰らうぞ」

 後ろの一匹が、静かに凄んだ。


「……っ」


 吉利の喉は貼り付いたように動かなくなった。

 圧倒的な存在感。牙を剥かれたわけでもない。

 ただ睨まれただけで、身体が竦んだ。

 大蛇は興味を失ったように再び吉利から視線を外し、灯真を見た。


「貴様のその気配、懐かしいぞ…」

「懐かしい?」

 灯真が身構えながら聞き返す。

「あぁ。忌々しくも忘れ難い気よ」


 大蛇はそれ以上答えなかった。

 代わりに、ゆっくりと頭を持ち上げる。

 灯真も破魔の剣を握り直した。


(あいつ、身の丈に合わない厄介なものを口寄せしやがったな……)


 さっきまでの黒蛇とはものが違う。目の前にいるのは呪力で(かたど)った紛い物ではなく、気の遠くなるような長い年月を生きた伝説級の蛇神。

 自ら本体の十分の一と言っていたが、それだけでも十分に本物であることが理解できた。


「では、見せてもらおうか」


 その瞬間、灯真の右手が考えるより先に動いた。


(やばいものが来る!)


 二本指を揃えると、曇り空ながらも足場の屋根瓦に映っている影が、灯真の目の前に伸びるように立ち上がり、見た目も背格好も同じ分身が立ち上がる。

 遅れて、大蛇の目が妖しく光った。


蛇眼(じゃがん)


 大蛇の視線が影分身を射抜く。

 すると分身体の頬から色が失われ、灰白色かいはくしょくへ変わった。


 顔、首、胸、腕。

 あっという間に全身に広がり、灯真そっくりの石像が屋根の上に立っていた。


(まじかよ!?影を石に変えやがった!!)


 灯真は素早く足場を蹴り、横に跳ぶ。

 大蛇は大きく口を拡げ、石化した灯真の分身に向かって咆哮を轟かせると、パキリと亀裂が入り、ばらばらと屋根瓦の上に崩れ落ちた。


「ほう」

 とのんびり観戦している別の大蛇たちが、関心するように喉を鳴らした。

「目を合わせなかったか」

「影を分身にするとは、面妖な術を使う」


 面妖なのはお前らの方だろ、と灯真は思うが、後ろの大蛇たちはどうやら本当に加勢する気はないらしい。

 ならば。


「——破魔の剣よ」


 灯真が呼びかけると、破魔の剣はそれに応じるように木刀の皮が剥がれ、そこから光輝く刀剣が露わになった。


蒼焔(そうえん)を纏え」


 刀身から青い焔が、ごう、と噴き出す。


「その剣…そうか千手の……道理で懐かしいはずだ」


 対峙する大蛇が舌をちらつかせながら目を細めた。

「ならば、我も応えるとしよう」

 大蛇の口の端から、黒い火の粉が零れ落ちる。


「——喰らえ」


 光を呑み込むような黒焔が、大蛇の大きく開いた口から放たれた。

 まるで空間を黒く塗りつぶすように、黒焔が奔流となり灯真に迫る。


(躱せばこの屋敷ごと焼き尽くされる!)


「はぁぁぁ!!」

 灯真は両手で柄を握り直し踏み込んで、蒼焔を纏った破魔の剣を振り下ろした。


 ——ごぉうッ!


 青と黒の焔が真正面からぶつかった。

 衝撃で瓦が波打ち、屋根全体が悲鳴を上げる。

 蒼焔が焼き裂こうと押し進み、黒焔がそれを呑み込もうと逆巻く。

 せめぎ合う焔の境目から火の粉が渦を巻いて噴き上がり、低く垂れ込めた雲の腹を焦がした。


「受け止めおったぞ」

 闘いを眺めている別の一匹が、感心したように言った。

「しかも余力を残しておる」

「小癪な奴だ」

「だがそれは黒縄(こくじょう)とて同じこと」


 八蛇神は全員同格だが、個体としての純粋な強さでは、灯真と対峙している黒縄が最も強い。

 押しも押されもしない拮抗した状態を壊したのは黒縄だった。

 灯真の視界の下端で、黒いものが大きくしなった。

 尾だ。

 黒焔を吐き続けたまま、大蛇は瓦の上に長々と伸ばした尾を、真横から薙ぎ払ってきた。


「四方清浄!!」


 灯真を中心として、四方に光が走り、透明な壁が瞬時に組み上がる。

 直後、ドォン!!と、大蛇の尾が結界へ激突した。


「ぐっ……!」


 四方清浄の結界にヒビが入る。

 灯真は踏ん張りながらも、ガラガラと足元の瓦が砕け、後方に押しやられた。

 激しい衝撃によって生じる土煙。

 その煙が、灯真を中心に濃く舞い上がる。


「むぅ、手応えはあったが気配がせぬ」


 煙の中を探るように黒縄が目を凝らす。

 すると、未だ舞い続ける土煙の中から、きらりと刃の光が見え、灯真が凄まじいスピードで突進するように切りかかる。


「ははっ!そうでなくてはな!」


 黒縄の目が再び妖しく赫く光り、邪眼を放った。

 しかしその瞬間、灯真はふっと音もなく消える。


「むっ?」


 黒縄が見失った灯真を探していると、闘いを見ていた大蛇たちの一匹が呟いた。


「上だ…」

 それは、同胞である黒縄を援護するための言葉ではなかった。

 むしろ、口出し、手出し無用。それが暗黙の了解でもあったはずだ。

 即ち、その言葉が出たのは、純粋な驚き。

 自らの目を一瞬でも眩ませたことによる賞賛の念も混じっていた。


「蒼焔斬!!」


 灯真の叫びと共に、破魔の剣が黒縄に届いた。


「ぐおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 切り付けられた大蛇は全身を蒼い焔で焼かれ、雄叫びのような声を上げた。

 身体が硬直し、紫だった身体が炭のように黒くなる。


「……やったか…?」

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