31_呪詛返し
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椿と楽奏人形たちが別の大広間に向かってから、灯真のいる広間はそこまで手間取らなかった。
もともと灯真がいる展示区画には、御影製を除けば給仕人形がいるだけでだったので、もし灯真がいなくても、死人が出るような被害にはならなかっただろう。
ただ、そうは言っても突然暴走する自律人形は、その場にいた多くの人に恐怖を与えた。一斉に力の制御を失った人形たちは、自らの身体がもげようとも動けるうちは動く。
そして、それは何者かの術によるものである。
この展示会には三つの会場がある。そのうち一つは詩乃舞がいるはずだから大丈夫だろう。もう一つ、椿が向かった会場は新型の自律人形が多くいるところだ。本来なら、そっちに灯真自身が出向いてやりたいところなのだが——。
「——縛しめよ」
符から淡い光の縄が走り、ウェイトレス姿の給仕人形の身体を拘束する。
制服の上から縄が食い込み、ぎぎ、と腕の関節が軋んだ。
そのまま静かに近づき、札を貼った。椿たちに持たせたものとは別の札だ。
すると、しゅる、と一匹の黒蛇が這い出してきた。
「よっと」
さっきは視えなかったが、いると分かれば対処は簡単だ。灯真は、掴み上げたその黒蛇をしげしげと見る。
(妖じゃない。式神でもないな。自分の呪力を蛇の形に拵えたのか……。いい趣味してんな)
黒蛇にしたのは術者の趣味だろう。半ば呆れてしまうが、これを屋敷中に放っているのであれば、相当な実力者だと思う。
だが呪力で拵えたものなら、術者と繋がっているはずだ。凧の糸があるように、放った側と放たれた側の間に細い一本が伸びている。
(土蜘蛛の封印を解いた奴か、そいつを知ってる奴か……もし前者の場合はかなり用心しないとな)
一人で向かうべきか、一瞬だけ迷ったが、敵わなければ即撤退だ。
灯真は二本の指を揃え、黒蛇の頭にかざした。
「お前の主人のところに案内しろ」
そう言って手を離すと、床に落ちた黒蛇は、身体を捩らせながらしゅるしゅると階段のある方へと向かっていった。
さっき烏丸と話した商談区画とは別の方向だった。段の手すりを這いながら、黒蛇が上へと向かっていく。
「二階か…?」
灯真はその黒蛇の後を辿り階段を駆け上がる。
二階へ上がり右を見ると、赤い絨毯が敷かれた廊下といくつかの扉。
しかし今は誰もいないのだろう。気配は感じられなかった。
どの部屋だ、と思っていると、黒蛇は迷わずその内の一室に入って行った。
——扉は空いていた。
灯真は部屋の入り口からそっと顔を覗かせる。
甘い香の匂いがした。
烏丸との商談の時にいた、護衛の女。
しかし。
「誰もいない…?」
いや、しかし黒蛇はこの部屋にいる。どこかに潜んでいるのか。
そう思っていたら、黒蛇は壁を這い上がり、窓の外へと出て行ったのだ。
「え?」
灯真は急いで部屋の中に入り、窓の外を確認した。
「屋根の上か……?」
窓から顔を出し上を見上げる。この館は、敷地は広いが二階建てだ。黒蛇は外壁をつたいながら屋根へと上がっていた。
そしてそれが何を意味するのか、灯真にも理解できた。十中八九、誘われているだろう。
しかし灯真は躊躇せず窓から身を乗り出し、窓枠に足をかけた。
「よっ」と声をあげると、ふわりと宙に浮くように飛び、屋根の瓦に足を下ろした。
朝は晴れていた空が、いつの間にか雲がかかり、今にも雨が降りそうなほどに太陽の光が遮られていた。
館内の喧騒は遠ざかり、代わりに瓦を踏む乾いた音が耳に入る。
「やっぱりお前か……」
黒蛇が屋根の勾配を這いながら向かう先を見て、灯真が呟いた。
烏丸を護衛していた女。今は黒眼鏡を外していた。
「まぁ」
護衛の女が艶のある声でこちらを見る。
灯真は目を細めて女の顔を凝視する。
(左右の瞳の色は同じ。つまり土蜘蛛の封印を解いた奴じゃないってことか?)
黒蛇が女の足元へたどり着く。足首へ絡みつくように身体を這わせた後、黒い煙となって、そのまま消えた。
「まさか私の黒蛇を操作するなんて」
「呪詛返しの応用だよ。大したことない」
「……なるほど」
「お前は誰だ?何のためにこんなことする?!」
女は笑みを讃えながら灯真を見る。
「名前なんてどっちでも良いけど、そうね。私の元へ来たご褒美に教えてあげる。宝条吉利よ」
以後お見知りおきを、と言って、首を傾げながら優しげに微笑んだ。もちろん演技だろう。灯真は背中に冷たいものを感じながら鼻を鳴らす。
「本当はあなたの人形を暴れさせたかったのだけど、失敗してしまったわ」
「椿たちを……だと?」
灯真の瞼が、ぴくりと痙攣した。
「誰の指示だ」
「黙秘するわ」
「烏丸か?」
「さぁ、どうかしら」
「土蜘蛛の封印を解いた奴を知っているか?」
その質問に、宝条吉利と名乗った女は影が濃くなるような笑みを浮かべた。
「吐かせてみたら?男の子だったら」
「……そうさせてもらうよ」




