26_商談
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陰湿な目つきのイケすかない男——。
それが、灯真が抱いた烏丸の印象だった。きっと鷲尾侯爵の件がなくても、その印象は覆らないだろう。
「どうだ、何か問題はあるかね?」
烏丸は、最初に灯真に声をかけた燕尾服の男に向かって聞くと、一瞬だけ不服そうな表情をしたものの、口を一文字にして首を振り、「もちろん、侯爵閣下からどうぞ」と声を落としながら言った。
烏丸は満足そうに相手を見下した後、
「だそうだ。ここではなんだから、あちらへ移動するとしよう」と言った。
侯爵が顎で指した場所は、少し離れた、商談スペースとして設けられたソファだった。個室ではないが、あまり人は寄り付かない柱の裏側。観葉植物が衝立代わりになっているが人が立てば見えるくらいの高さと密度。つまり観葉植物の裏で盗み聞きもできないだろう。
烏丸は飜ると、そちらにスタスタと歩き出す。ボディガードと思われる黒服の三人も烏丸について行く。
「ちょっと灯真、大丈夫なの?」
詩乃舞が小声で聞いてくる。明らかに怪訝そうな顔をしていた。
「ここだけの話、要注意人物よ。あんまり評判は良くないわ」
うん知ってる、とは言わない。でも詩乃舞のような若手の商人でも知っているくらい評判は広まっているらしいことが分かった。
「私も行こうか?」
「大丈夫だよ。詩乃舞はここの人たちの要望聞いておいてくれ。受けられそうな注文なら後で連絡するから。あ、金田一が来たら途中でも切り上げてもらって良いからな」
「わかったわよ。成果報酬でちゃんと給金いただきますからね」
灯真は「へへ」と笑って誤魔化し、烏丸の後を追うことにした。
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烏丸はどっかりとソファに腰を下ろすと、葉巻に火をつけ、それを吸った。
さてどうしようか、と灯真は考える。
烏丸とは初対面。相手は灯真のことを知らないだろうが、灯真は烏丸のことを福丸から聞いている。
(鷲尾侯爵の惨殺指示を出したのもお前だろう——とは言えないしな。証拠もないし)
そんなことを考えていると、烏丸の方から切り出してきた。
「先ほどの人形。見事だった」
「そりゃ……どうも」
——小僧、口を慎め——、と黒服の一人がすごもうとしたところを、烏丸が手で制する。
「…すまんな。普段侯爵である私は君のような者とは会う機会がない。ということは君も身分の高い人間に会う機会もないだろう。本来なら口の聞き方を指導するところだが私は寛大だ。職人は口の聞き方を知らんこともわかっている」
だから今日この刻は許そう、と大仰に言った。
「君の腕を見込んで、私から依頼をしたい。引き受けるな?」
「いや、それは内容に…」
よるだろ、普通。しかもこっちは、福丸から烏丸のことを聞いているのだ。
ボディガードの三人は黒眼鏡をかけている。だから左右の目の色が違う人間がいるのか。今はわからなかった。
(男二人、一人は女か…土蜘蛛の封印を解いた奴はこの三人の中にいるのか……?)
灯真の考えなどわかるはずもなく、烏丸はふん、と鼻で嗤って煙を吐き出した。
「単刀直入に言おう…私はね。遊郭を作りたいのだよ」
「…遊郭だと?」
灯真は眉を寄せて聞き返す。
「あぁそうだ。最近の帝都は法やら規制やらが厳しくなって裏を無くそうとしている。影が明るみになってきている。不健全だと思わないか?」
何を話そうとしているのか、灯真は黙って先を待つ。
「表があるから裏がある。光があれば影ができる。当たり前の話だ。だから私は遊郭を作り、合法的にその場所では人間のもつ本能や欲求が満たせる場所を作るのだ」
「給仕用の自律人形なら、俺の人形じゃなくても良いだろ」
灯真の言葉に、烏丸はクックと泡立つような笑い声を漏らした。
「お前の言うとおりだ。給仕用ならその辺の人形で構わん」
「なら」
「私が欲しいのは、夜伽ができる自律人形なのだよ」
「なん……だと…?」
何を言っているのだ、この男は。
「もちろん全員ではない。大くの男客は人間目当てだろうが、中には物好きもいてね」
巫山戯るな……。
話の筋が見えたからこそ湧き上がる嫌悪感。
「物好きや人間に飽きた男どもは、必ず人形を抱いてみたいと思うだろう、そんな構想をしていたところで、お前の人形を見た。素晴らしい出来だ」
「やめろ……」
「特注で局部の開発は必要だろうが、協力は惜しまん。それともあそこまで完成度の高い身体を作っているのだ」
——あるいは、今日踊っていた人形で、もう試しているのではないかね——
「やめろ!!!」
下卑た笑みに耐えらえず、灯真は立ち上がり、激昂した。
この会場ごと燃やしてしまおうか、そう思うほどに。
黒服の三人が灯真の動きに反応するように一斉に動く。
だが、烏丸はまた手で制した。葉巻から口を離し、灰皿の縁で、こつ、と灰を落とす。その顔に、驚きはなかった。あるのはほんの僅かな怪訝さだった。
「……なんだね、いきなり」
烏丸は不思議そうに立ち上がった灯真を見上げる。
「まぁ座りたまえ。話は途中だ」
灯真は立ったまま動かない。今動いたら、少なくともこの四人を殺してしまうかもしれない。そう思って必死に気持ちを落ち着かせる。
「職人は気が短くていかんな。お前に遊女の人形を専門で作れと言ってるんじゃない。だが成功すれば大きな利益が入る。当然お前にもだ。私は対価をきちんと払う男だ」
だめだ、こいつは他人の気持ちなどに興味がないのだろう。
職業の貴賤の話ではない。どんな場所でも、そこで誇りを持って働いているならプロの仕事だと思う。だが椿をはじめ、灯真は自分が作る人形に対し、自分の子のような愛情を持っている。だからこそ自分の子を遊郭に売り飛ばして儲けろと言われ、あるいは既に手を出したのではないかと言われて腹を立てたのだ。
——酷く、侮辱されたと感じたのだ。
(わかってる。これはある意味、俺のエゴだ。だけど…)
「悪いが、断る」
「……ほう」
烏丸は目を細め、今更ながら品定めをするように灯真の頭からつま先までを睨め付けた。
「まだ金額の提示をしていないが」
「金の話じゃない」
烏丸は煙と共に大きなため息を吐く。
「なるほどな。私の発想はいつも時代の先を行く。凡人の理解を得るには時間がかかるか」
「失礼する」
灯真が歩き出すと、烏丸は立ち上がり、すれ違いざまに「待ちたまえ」と言った。
「私はね、断られるのが嫌いなのだ」
身体を正面に向きながら、目線だけを灯真に向ける。
「今日のところは挨拶としよう。しかしよく考えたまえ。この帝都で仕事をしたければな」
「ボディガードの三人は黒眼鏡をかけている。だから左右の目の色が違う人間がいるのか。今はわからなかった」>7_文福福丸、を参照




