25_烏丸侯爵
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開場の時間になり、招待客も次々と入り始める。
少し離れた場所で金田一と詩乃舞がいる。何やら恰幅の良い黒スーツの紳士や、和装の上品な女性と話をしていた。
灯真たちはというと、神楽殿を模して造ったという舞台の上で準備をしていた。
「舞の時間は午前中と午後で二回ずつ。それまでは演奏だけだ」
「私は、ずっと踊っていても疲れはしないのですが…」
舞踊に使う扇を手にした椿が、少し、不服そうな表情をする。
「ずっとやってたら風景になっちまうだろ、演奏はそれでもいいけど。時間は演目表にも書いてもらってるから、どうせなら集めて見せたほうが驚くぞ」
灯真の言葉に、椿も「なるほど。さすが灯真様です」と頷いて納得してくれた。しかしそんなことを言いながらも灯真の方がドキドキである。
(あぁ、これが親の気持ちってやつか…!椿が人前で踊るだって?がんばれ、頑張るんだ椿!お前ならできるぞ…!)
そして、若草色の装束の演奏人形たちが、楽器を奏で始めると、それだけで歩いていた人々は立ち止まり、少しずつ人だかりができた。
「なんだ、あの演奏は…」
「見た目は自律人形なのに、なんとしなやかな動作…」
灯真の耳にもそんな言葉が入ってくる。ここにいるのは目の肥えた商人や華族たちも多い。ひと目見て巷に流通している人形とは違うことがわかったようだ。
「よし」といって灯真が椿の肩を優しく叩く。
「時間だ。椿」
「はい」
椿は灯真を見上げながら「行って参ります」と上品に言うと、舞台の中心に向かってゆっくりと歩み始めた。
笛が息を伸ばせば、琴が僅かに待つ。
鼓がぽんと弾かれれば、太鼓が半拍置いて叩かれる。
そして椿が観客の前に姿を見せると、さらにそのどよめきは大きくなった。
舞そのものが珍しいわけではない。からくりの舞人形など、名工の手になるものが、この会場にもいくつか出ている。決められた手順を寸分違わずなぞる。それが人形の舞だ。だが、椿の舞は違った。
袖を返すとき、ほんの一拍、ためる。振り向くとき、首が、わずかに遅れてついてくる。踏み込みの深さが、一歩ごとに、ほんの少しずつ違う。
揺らいでいる。
「……ばかな」
足を止めた誰かが呟いた。仕立ての良い羽織を着た、老いた職人だった。
「あれは、——息をしとるぞ」
もう一方で、演目表を確認しながら燕尾服を着た男が驚きの声をあげる。
「……本当に人形なのか?表情が…」
方々で上がるざわめきに引き寄せられ、さらに人が集まってくる。あっという間に舞台前に備えられた椅子では足りなくなり、人垣ができるほどになった。
演奏に合わせて椿がゆっくりと、時に足拍子を入れて緩急をつけながら舞い踊る。
舞台の端から見える幼い少女が、椿へ小さく手を振った。
椿は回転の途中でその姿に気づき、舞を崩すことなく、ほんの一瞬だけ微笑んだ。
娘が目を輝かせる。
「今、あの子を見たぞ」
「決められた方角へ顔を向けただけではないのか」
「いや、笑った。あの娘を見て、確かに笑った」
灯真は舞台の脇で腕を組み、人々の反応を眺めていた。
「良かったわね」
声の方向へ顔を向けると、詩乃舞がいつの間にか隣にいた。
「あれ?金田一は?」
「政府のお偉いさんと話してる。束の間の自由時間よ」
小声で言う詩乃舞に「そうか」と応える。
舞が終わる。最後の太鼓が「ととん」と小気味好く響いた。
椿は正座をしてから指先を床板に揃え、そのままゆっくりと間を持たせながらお辞儀をした。
そのお辞儀が終わらないうちに、大きな拍手が起こる。
「素晴らしい!」
「どこの誰が作ってるのだ!」
「御影人形工房だと!噂には聞いていたがよもやここまでとは…!」
舞台の脇にいた灯真へ、一斉に視線が集まった。
——しまった。
舞台の準備や、椿の心配に完全に気を取られていた灯真は、今更ながらここが帝都機巧展示会であることを思い出す。
つまり、椿の舞が終わった後で注目されるのは自分であることなど、すっかり頭から外していたのだ。
「君が作ったのか」
恰幅の良い燕尾服を着た紳士が、灯真の元へ近づいてくる。そこから一斉に人々が灯真を囲むように押し寄せてきた。
「私も話を伺いたい」
「おい、俺のほうが先だぞ」
「海外へ売り出すつもりはないかね?蒐集家を相手にしてるんだ!まずは五体でも良い!倫敦なら帝都の十倍の値がつく」
その言葉に、詩乃舞の目が光った。
「はいはい、商談を希望される方はこちらへ!御影人形工房の制作目録と価格の相談は、順番に承ります!」
「おい、何で詩乃舞が仕切るんだよ」
「あら。この状況、あんた一人で捌けるの?」
「……無理だな」
「でしょう?」
詩乃舞は満面の笑みで商人たちから名刺を受け取り始めた。すでに雨月堂の帳面まで取り出している。
と、その時。
「実に素晴らしい。ぜひ私が話を聞きたい」
それまでの賑わいがふっと静かに消えた。
人垣が自然と割れる。その隙間から姿を見せたのは、顎の細い紳士だった。
「悪いな、気持ちは嬉しいが順番に——」
と灯真が言い終わらないうちに、その紳士は「はっ」と侮蔑を込めたような表情で笑った。
「順番など不要だ。皆譲ってくれるさ。この——烏丸にな」




