23_主役
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そしてちょうど日の出の頃。
毎秒、明度がグラデーションのように高くなり、ようやく朝と呼んで差し支えない程の光が、帝都にも満ちてくる。
工房の前には、長い箱型の蒸気貨物車が一台停まっていた。
成益家から寄越された車で送迎と搬入を兼ねた特別仕様のようだった。黒く磨かれた車体の側面には、金色の紋が小さく刻まれている。
「御影様。お荷物はこちらでよろしいでしょうか」
運転手の長谷部と名乗る初老の男が、平坦な声で尋ねた。
「えぇ。壊れ物なんで、あんまり飛ばさないでもらえたら…遅れても全然いいんで」
「承知いたしました」
承知してくれたか、話のわかる人物だ。と思いながら、灯真は「よろしくお願いします」と頭を下げた。
もちろん、かなり慎重に走っても遅れることはないだろうから、灯真の軽い冗談は流されたとも言える。
四体の演奏人形が、笛の箱、鼓、太鼓、三味線の箱を抱え、それぞれの楽器の箱を抱えたまま、かたり、かたりと車の中に乗り込んでいく。
若草色の装束に、小さな烏帽子。四体とも演奏者として作り上げたから、椿のように表情豊かな細工は施していないが関節、特に指は軽やかに弦を弾くような演奏はもちろん、トランプを使った手品ができるほど繊細に仕上げていた。
「よし。これなら大丈夫だ」
長谷部に準備完了と伝えると、またも「承知しました」と短く入ってエンジンをかける。
そして貨物車は白い蒸気を吐きながら、ゆっくりと坂道を下り始めた。
***
帝都の中心へ近づくにつれ、通りを行き交う車と人の数は増えていった。
朝早くにもかかわらず、大通りにはすでに新聞売りの声が響き、荷車を引く男たちが威勢よく道を横切っている。
建物の谷間を走る高架鉄道から汽笛が聞こえ、その下を自律人形が掃除をしながら歩いていた。
桜の花びらが、蒸気自動車の吐く白い煙に巻き上げられる。その光景を窓から眺め、灯真は車中に視線を戻した。
「帝都の真ん中ってのは、朝から賑やかだな」
「活気がありますね」
「あぁ。帰りたくなる」
「妖のようなことを言わないでください」
と言って椿が小さく笑った。
やがて車が大きく曲がる。
その先に、今日の会場となる白亜の館が現れた。正面には天を支えるような洋風の列柱が並び、その上には黒々とした和瓦の屋根が載っている。
左右には帝都機巧展示会と染め抜かれた幟が立ち、入口へ続く石段には、背広や礼装に身を包んだ人々が列を作っていた。館の前に停められた蒸気自動車も、どれも灯真が普段目にするものとは違う。車体には華族や大店の紋章が入り、白手袋の運転手が扉を開け、着飾った客を一人ずつ降ろしている。
「雲がないな」
車のドアを開けて外に出たとたん、そんな言葉が灯真の口をついて出た。
椿も空を見上げる。
「そう……でございますね」
「はぁ。憂鬱だ。嫌なことが起きなきゃいいけど」
主人の弱音に、椿はまた、くすりと笑う。
「我らがおります。ご安心ください」
そして——。
かたり。かたり。かたり。かたり。
若草色の装束を着た人形が、四体。
それぞれの楽器を抱え、一列になり踏み板を降りてくる。朝日を僅かに反射させる白い顔は、まっすぐ前を向いたまま、散る桜の下を、迷いのない足取りで館へと歩いていく。
すぐに、列席者の一人が気付き、波紋が広がるように周囲がざわり、と揺れた。
「……おい、あれ見ろよ」
「まぁ、可愛らしい」
「なんだ?、あの動き……」
「——人間…?」
「ばか、人形だろ……多分」
「——あとで実演を見せてもらうとしよう」
紳士淑女が、足を止め、口々にささやき交わす。誰もが、行列を目で追っていた。
「灯真様。皆様、驚いていらっしゃいます」
「ふっ……まだまだこれくらいで驚いてもらっちゃ困るぜ」
ぼそぼそと誰にも聞こえない声量で吠える灯真だが、褒められているので気分は良い。
そして、入口の前で立ち止まった。
灯真は小さく息を吐き、呼吸を整え振り返った。
「さぁ……ここからはお前達が主役だ。頼んだよ」
「お任せください。灯真様」
椿が微笑みながら、四体の人形達と共に跪いた。




