22_いざ、帝都機巧展示会
桜が満開を少し過ぎた頃、帝都機巧展示会の朝は、日の出前から始まった。
灯真が袖を通していたのは、普段の着流しの着物ではないし、油の染みた前掛けもしていなかった。黒に近い濃紺の着物に、灰銀の羽織。袴には細い縦縞も入っている
一見すれば若い士族のようにも見えたが、腰には符と精密工具を収めた革鞄が下がり、懐には使い込まれた真鍮の懐中時計が収まっていた。
羽織の背には、御影の紋。近づいて目を凝らせば、生地の中に歯車と五芒星を思わせる細かな模様が織り込まれている。
「……やっぱり動きにくい」
灯真が袖を持ち上げてぼやくと、椿は満足そうに彼を見上げた。
「よくお似合いでございます」
「重いんだよ、いろいろと」
襟元に指を入れて、灯真は何度も引っ張った。そのたびに、椿の手が伸びてきて、しゅっ、と直される。
髪も撫で付けるよう勧められたのだが、それは固辞した。
「——おお、これはこれは」
その時、母屋のほうから、下駄の音がした。
祖父の巌である。まだ夜明け前だというのに、もう起きていたらしい。徳利を片手に、目を細めて孫を眺めた。
「見違えたぞ、灯真。どこぞの若様のようじゃ」
「爺ちゃん、朝から飲むなよ」
灯真が呆れたように言う。
「祝い酒だ。孫が晴れの舞台に出るのだからな」
からから、と巌は笑った。
が——ふと、その笑いを収めた。
「灯真」
「なんだよ」
「烏丸のこと、探るのはよい。……だが、やりすぎれば、お前も探られると思え」
灯真は、襟を直す手を止めた。
「聞けば鷲尾侯爵の事件は、警察もとうに捜査をやめておるらしいしな」
「え、そうなのか?」
「あぁ。原因不明と、早々に迷宮入りを宣言したらしいわ」
巌は呆れるように首を振る。
「機械文明が台頭し、妖の存在が人々の意識から薄れているのも事実。陰陽師は存在するも、自律人形に式神札を入れる程度の仕事が増え、呪詛や呪殺といった強い闇の力を扱える者は少なくなった」
「つまり、そんな強い力を持つ奴がいたら、対処できる人間もいない」
「そういうことじゃ。だが厄介なのは烏丸は侯爵家。金も人も、いくらでも動かせる。奴は怪しいが、だからこそ嗅ぎ回って証拠を掴んだ時、お前に罪をなすりつけるかもしれんな」
巌は、徳利をあおった。
「まぁ、深追いはせん方が賢明じゃな」
「……ああ」
灯真は、短く頷いた。
それにしても、と言って巌は椿に目を向けた。
「お前も今日は一段と綺麗ではないか」
「まぁ。ありがとうございます。大旦那様」
椿は袖を揃えて、深々と頭を下げた。
今日の衣装は、この日のために誂えたものだ。
白練りの地に、裾へ向かって淡い緋がさす、上等な一枚。袖には、こまかく金糸で椿の花が縫い取られている。
「やるからには、このくらいしないとな」と式神札を用意しながら灯真が言う。
工房の土間には、四体の人形が並んでいた。
いずれも大人ほどの背丈で、まとっているのは、若草色の装束。春の若葉を思わせる、澄んだ緑だ。頭には小さな烏帽子を被せ、顎の下で紐を結んである。顔は白く、目は伏せられたまま。まだ動かない。
灯真は、その一体ずつの胸に、式神札を入れていく。
——かちり。 札が収まると、人形の胸で、小さな音がした。
伏せられていた瞼が、す、と持ち上がる。硝子の目が、まっすぐ前を向いた。
一体ずつ式神札を入れ、最後の一体に札を納め終えると、灯真は一歩下がって、手を打った。
「よし。——運べ」
四体が、いっせいに動き出した。一体が笛の箱を、一体が太鼓の箱を、一体が鼓を、そして最後の一体が三味線の箱を、それぞれ抱え上げる。動きは滑らかだが、迷いがない。というより、迷うという概念がない。決められた道筋を、決められた速さで、正確に。 そして、一列になって、土間から表へと歩き出した。
「……何度見ても、不思議な光景でございますね」
「そうか?」
灯真は、袖をまくって、最後の荷を確かめている。
「こいつらは、椿とは違うけど、出来はいいだろう?」
「はい、人形たちも灯真様に作っていただいてさぞ幸せと思います」
うん。それはよくわからないが、褒められているので良しとしよう、と切り替えて、灯真は表へ出た。
「——おらは! おらは、どうなるんじゃ!」
工房の隅で、茶釜の福丸が、ぽん、と湯気を噴いた。
「留守番だ」
「なんじゃとぉ!」
「人が多すぎるんだよ。お前、あの人混みで顕現してみろ。大騒ぎだぞ」
「ぐぬぬ……」
「うーん、一級品の茶でも買ってきてやるよ」
「約束じゃぞ! 絶対じゃぞ! 特級品じゃぞ!」




