21_成長すれば良いんだよ
翌日の昼下がり。灯真は椿を連れて、雨月堂の暖簾をくぐった。
「すんませーん」
「いらっしゃ——って、なんだ、灯真じゃない」
店奥の座敷から、ひょい、と詩乃舞が顔を出す。手には算盤を持っていた。
「お邪魔いたします」
「あら、椿ちゃんも。……いらっしゃい」
灯真は、勝手知ったる調子で、店の長椅子に腰を下ろす。
「報告に来たんだよ。……例の福溜めの守り。無事、お上に届いたよ」
「……そう」
詩乃舞は、算盤を置いた。
いつもなら、ここで「よかった」の一つも出るはずだ。だが、彼女は目を落としたまま、しばらく黙っていた。
「……聞いてるわ」
やがて、ぽつり、と言う。
「金田一様、昨日、うちに寄ってくださったの。わざわざ報告に」
「へえ。律儀だな」
「福溜めの守りは届けたけど、魔除けを道中で掏られたって。頭を下げられたわ。せっかく預かった品を失くしてしまって、申し訳ないって。ぼろぼろの格好で」
詩乃舞は、そこで、口を閉じた。
「ねぇ灯真」
「なんだ?」
「本っっ当にごめんなさい!」
詩乃舞はそういうと、がばっと、音が鳴るほど勢いよく頭を下げた。
「お、おいなんだよ、急に」
「なんだよ、じゃないわよ。魔除けのお守りが盗まれるのは、完全に想定外だった。ううん。お金持ちの坊ちゃんのことだから、ちょっと嫌な目に遭えばすぐに投げ出して返してくると思ったの」
バツの悪そうな、少し泣きそうな顔で詩乃舞が首を振った。
「私、間違ってた。読みの話じゃないわ。良い商人は、顧客に絶対損をさせない。祖母さまからあれほど言われてたのに……」
灯真は口を真横に結んで、鼻から大きく息を吐いた。
責めるつもりはないし、結果無事だったからよかったのだ。
「あー、うん。まぁそうだな」と灯真は頭を掻いた。
「けどあいつ、20万は安かったって言ってたぞ」
「え……?」
「紅茶も浴びてたし、上着も少し破けたけどな。『妖が僕の前に立ち塞がり、しかもそれを退治して人助けもできた』ってな」
「ちょっと!妖も出てきたの?それは聞いてない!」
「湿った日にたまに出る雑魚妖だよ。実際、金田一は自分で対処できてたしな」
「そう言う問題じゃないわよ。もう…」
詩乃舞は顔を上に向けたまま、おでこに手をあて、大きくため息をついた。
「だから、千鶴ばあさんの言う顧客に損をさせないってのは、守られたと思うぞ」
「——ありがとう。あぁ……でもますます断れなくなったわ」
詩乃舞は、勘定台の下にある引き出しから、二つ折りの厚手の紙を取り出した。金の縁が取られていて、デザインも高級そうだ。
「帝都機巧展示会に招待された」
「へぇ」
「昨日来た時に渡されたの。一緒に見て回ろうって」
「良いんじゃないか」
あっけらかんと即答する灯真を、詩乃舞がじとりとした目で見る。
「……良いの?」
「え?良いんじゃないか?誘われたなら」
灯真の反応に詩乃舞は「もぅ」と言って、ぶすくれた顔をした
「行きますよ。謹んでお受けしたわよ」
「俺たちも参加するぞ」
と言って灯真は椿の肩に、ぽんと手を置いた。
「え?ちょっ、あんたが?椿ちゃんと?」
あたふたとした反応の詩乃舞に、椿は「はい」と静かに応え。
——なぜか、詩乃舞を見て少しだけ勝ち誇った顔をした。
「あぁ。金田一が椿のことを気に入ってな。御影人形工房の技巧展示を特別枠で設けたいんだと。俺は正直気が進まないんだが……」
「私が、灯真様の名を知らしめたいと進言したのです」
知らしめる。それはちょっと攻撃力の高い言葉では、と思う灯真だが、椿のきらきらした瞳を見ると横槍を入れるのがためらわれ、タイミングを逸してしまった。
「……まぁそういうわけで、展示する側で参加することになりそうなんだよ」
「な…なるほどねぇ。そういうこと」
と言って、詩乃舞は汗を拭いながら納得した。
「でも、まぁこれは私にとってもチャンスではあるわ」
「チャンス?」
「そうよ。あの会にどれだけの上客が来ると思ってんの」
詩乃舞の目がきらりと光る。
「財界の名士、大店の主、目利きのバイヤー、そして華族の方々。うちみたいな古物商が、普段口をきけるような相手じゃないのよ? それが同じ招待客として、対等に話ができるの。二年に一度しかない機会よ」
「はいはい」
「持っていく品は、もう目録を作ってるわ。派手なのは駄目。あの手の方々は、"わかる人にはわかる"って品を好むから。それと、その場で鑑定をやってみせられるように、仕込みも——」
「お前な」
灯真は、半ば呆れ、半ば感心して、幼馴染を見た。
招待状が届いたのは、昨日である。それから一日で、もう戦略が組み上がっている。
「相変わらず、抜け目ないな」
「なによ。褒めてる?」
「褒めてる。……たぶん」




