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21/37

21_成長すれば良いんだよ

 翌日の昼下がり。灯真は椿を連れて、雨月堂の暖簾をくぐった。


「すんませーん」

「いらっしゃ——って、なんだ、灯真じゃない」


 店奥の座敷から、ひょい、と詩乃舞が顔を出す。手には算盤を持っていた。


「お邪魔いたします」

「あら、椿ちゃんも。……いらっしゃい」


 灯真は、勝手知ったる調子で、店の長椅子に腰を下ろす。

「報告に来たんだよ。……例の福溜(ふくだ)めの守り。無事、お上に届いたよ」

「……そう」

 詩乃舞は、算盤を置いた。

 いつもなら、ここで「よかった」の一つも出るはずだ。だが、彼女は目を落としたまま、しばらく黙っていた。


「……聞いてるわ」

 やがて、ぽつり、と言う。

「金田一様、昨日、うちに寄ってくださったの。わざわざ報告に」

「へえ。律儀だな」

「福溜めの守りは届けたけど、魔除けを道中で掏られたって。頭を下げられたわ。せっかく預かった品を失くしてしまって、申し訳ないって。ぼろぼろの格好で」


 詩乃舞は、そこで、口を閉じた。


「ねぇ灯真」

「なんだ?」


「本っっ当にごめんなさい!」


 詩乃舞はそういうと、がばっと、音が鳴るほど勢いよく頭を下げた。


「お、おいなんだよ、急に」

「なんだよ、じゃないわよ。魔除けのお守りが盗まれるのは、完全に想定外だった。ううん。お金持ちの坊ちゃんのことだから、ちょっと嫌な目に遭えばすぐに投げ出して返してくると思ったの」


 バツの悪そうな、少し泣きそうな顔で詩乃舞が首を振った。


「私、間違ってた。読みの話じゃないわ。良い商人は、顧客に絶対損をさせない。祖母(ばば)さまからあれほど言われてたのに……」


 灯真は口を真横に結んで、鼻から大きく息を吐いた。

 責めるつもりはないし、結果無事だったからよかったのだ。


「あー、うん。まぁそうだな」と灯真は頭を掻いた。

「けどあいつ、20万は安かったって言ってたぞ」

「え……?」

「紅茶も浴びてたし、上着も少し破けたけどな。『妖が僕の前に立ち塞がり、しかもそれを退治して人助けもできた』ってな」

「ちょっと!妖も出てきたの?それは聞いてない!」

「湿った日にたまに出る雑魚妖だよ。実際、金田一は自分で対処できてたしな」

「そう言う問題じゃないわよ。もう…」


 詩乃舞は顔を上に向けたまま、おでこに手をあて、大きくため息をついた。


「だから、千鶴ばあさんの言う顧客に損をさせないってのは、守られたと思うぞ」

「——ありがとう。あぁ……でもますます断れなくなったわ」


 詩乃舞は、勘定台の下にある引き出しから、二つ折りの厚手の紙を取り出した。金の縁が取られていて、デザインも高級そうだ。


「帝都機巧(カラクリ)展示会に招待された」

「へぇ」

「昨日来た時に渡されたの。一緒に見て回ろうって」

「良いんじゃないか」


 あっけらかんと即答する灯真を、詩乃舞がじとりとした目で見る。


「……良いの?」

「え?良いんじゃないか?誘われたなら」


 灯真の反応に詩乃舞は「もぅ」と言って、ぶすくれた顔をした

「行きますよ。謹んでお受けしたわよ」


「俺たちも参加するぞ」

 と言って灯真は椿の肩に、ぽんと手を置いた。


「え?ちょっ、あんたが?椿ちゃんと?」

 あたふたとした反応の詩乃舞に、椿は「はい」と静かに応え。


 ——なぜか、詩乃舞を見て少しだけ勝ち誇った顔をした。


「あぁ。金田一が椿のことを気に入ってな。御影人形工房の技巧展示を特別枠で設けたいんだと。俺は正直気が進まないんだが……」

「私が、灯真様の名を知らしめたいと進言したのです」


 知らしめる。それはちょっと攻撃力の高い言葉では、と思う灯真だが、椿のきらきらした瞳を見ると横槍を入れるのがためらわれ、タイミングを逸してしまった。


「……まぁそういうわけで、展示する側で参加することになりそうなんだよ」

「な…なるほどねぇ。そういうこと」

 と言って、詩乃舞は汗を拭いながら納得した。

「でも、まぁこれは私にとってもチャンスではあるわ」

「チャンス?」

「そうよ。あの会にどれだけの上客が来ると思ってんの」


 詩乃舞の目がきらりと光る。


「財界の名士、大店(おおだな)の主、目利きのバイヤー、そして華族の方々。うちみたいな古物商が、普段口をきけるような相手じゃないのよ? それが同じ招待客として、対等に話ができるの。二年に一度しかない機会よ」

「はいはい」

「持っていく品は、もう目録を作ってるわ。派手なのは駄目。あの手の方々は、"わかる人にはわかる"って品を好むから。それと、その場で鑑定をやってみせられるように、仕込みも——」

「お前な」


 灯真は、半ば呆れ、半ば感心して、幼馴染を見た。

 招待状が届いたのは、昨日である。それから一日で、もう戦略が組み上がっている。


「相変わらず、抜け目ないな」

「なによ。褒めてる?」

「褒めてる。……たぶん」

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