20_私、売り込みしたいです!
▪️第四章
灯真と金田一は、昼前には帝都中央駅で別れた。
その後、灯真は工房に戻り、また人形作りに没頭していた。
灯真にとっての日常。仕事であり至福の時。だがいつもと違うのは、気を抜くとふとした瞬間に、頭の片隅に追いやっている金田一の言葉がぬっくと出てくる。
振り払うように集中する。ぬっくと出てくる。思い出す。
そんなことを繰り返して結果、いつもよりも遅くまで作業をしていた。
「……ふぅ」
いつの間にか天井から吊るされた裸電球が点いていた。
「今日はこのくらいにしておこうかな」
うーん、と伸びをすると、固まっていた背中に血液が流れる感覚がする。
「お疲れ様でございました」
椿が、時間を測っていたかのように、淹れたての茶が入った湯呑みを、ことりと灯真の前に置いた。
「ありがとう」と礼を言う。
「——それにしても、まいったな」
自然とぼやきが、口をついた。
「金田一のやつ、人の話をまるで聞きゃしない」
——椿を、帝都機巧展示会に出展させよ
話を聞いて、灯真は一度は断った。椿は商品ではないからだ。
しかし相手も一歩も引かない。
『彼女を売る必要などない!御影人形工房の職人技巧展示として特別枠を設ければいいではないか!』
結果、考えさせてくれ、で終わりはしたのだが。
厄介なのは、金田一は本気であることだ。
「あの調子じゃ、引き受けるまで言われそうだけど」
「あの成益金田一という方。灯真様がお作りになった人形の価値がわかるのですから、見どころはございますね」
もちろん、灯真様の素晴らしさは分かって当たり前ですけど、と言って、ふんす、と蒸気が上がった。
どうやら椿の金田一に対する評価はなかなかのものらしい。
「灯真様は、その帝都機巧展示会というものをご存知なのですか?」
「昔、親父に連れて行ってもらったことがある」
「どんなところなのですか?」
椿はどことなく嬉々とした様子が滲み出ている。
灯真は「うーん」と唸って思い出す。何しろ幼少の頃の話だ。
「なんかカラクリ人形や機械がいっぱいあって、楽しかったのは覚えてるな」
そう、確か二年に一度開催される展示会なのだが、参加者は招待された人間のみという、わりと制限のある会だったはずだ。
要は最新技術のお披露目や商談も兼ねているはずで、商人や華族などが多い社交会のような場だと、聞かされた気がする。
そのことを椿に伝えると、彼女はさらに目を輝かせた。
「灯真様。私、考えておりました」
「ん?」
「どうすれば、いちばん、目立てるか」
「……はい?」
灯真は、湯呑みを持ったまま固まり、椿を見た。
「せっかく、大勢の御方が集う晴れの舞台でございます。ただ立っているだけでは、勿体のうございます。……たとえば、そう」
椿はすっと、袖を翻した。
「舞などいかがでしょう。「伊達さんさ」であれば、伊達政宗公が凱旋の際に陣中で唄わせた祝い唄としても有名ですし、人形があでやかに舞えば、皆様、さぞ驚かれましょう。……灯真様のお名前も、きっと広まります」
「いや、待て待て待て」
灯真は慌てて手を振った。
「そんなの、しなくていいって」
「琴も考えてみたのですが……、楽器は式神札の入った自律人形でもできますし、自在に話すのは私が付喪神であるからと心得ております。それならむしろ、舞いが一番、灯真様にいただいたこの身体を存分にお魅せすることができると思うのです」
え、なに言ってんの。この子やる気なの?と思いながら、灯真は口をぱくぱくさせる。
「いや、違うんだ。俺はそんな目立たなくても」
「なぜでございますか?」
「それは」
と言って息を止め、そして吐いた。
「……お前を見せ物にしたくないからだよ」
「まあ」
椿は、目を、ぱちり、と、見開いた。
そして——ふ、と、口元を、ほころばせる。
「私のことを、案じてくださっているのですね!」
「え……って、それはそうだろ」
灯真にとって人形は、自分が作り出した子どものような存在だ。もちろん大半が人の手に渡るものではあるのだが、それでも大切に扱われて欲しいと思っている。
そして自分の側に置いている椿が、人の目に晒され値踏みされるなど、灯真にとっては望まないものだ。
しかし椿は、そんな灯真の心情を汲み取ったのか、「ご安心ください」と言ってにこりと笑った。
「灯真様、私はお役に立ちたいのです」
「それは十分…」
「いいえ、金田一様もおっしゃったではありませんか。灯真様の持つ技巧は時代の遥か先を進んでいると。そんな灯真様の名がもっと知れ渡るよう、私も御影人形工房の椿として売り込みをしたいのです」
「俺はそんな有名になりたいわけじゃないんだが……」
「だからこそ、参加される方が限られるこの展示会は良いではありませんか」
ずい、と灯真に近づく。
「もちろん、商談相手はのべつくまなしではなく、金田一様のような価値のわかる御仁に限ります。それに…」
と言って椿は部屋の隅にいる福丸の茶釜を見た。
「烏丸侯爵も、いらっしゃるかも知れません」
「それは…」
悩みの種が増えてしまった、と灯真は思う。
そうなのだ。灯真はこの誘い自体は魅力には思っていないのだが、椿の言う通り、もしかすると烏丸侯爵がどんな奴なのか、掴むことができるかも知れないのだ。
灯真はうんうん唸りながら考える。
椿は乗り気だし、烏丸侯爵、そしてその後ろにいる陰陽師のことも気にはなる。このまま手をこまねいて待っていても、いずれまた何かを仕掛けられる可能性だってある。
なんだか彼女の口車に引っかかってる気もするけれど。
「考えてみるかぁ」と言って、灯真は口をへの字に曲げた。




