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18/37

18_だが良い奴だ

 ***

 山に近づくにつれ、日は落ち、空気も少しずつ冷たくなってくる。

 灯真たちは月明かりを頼りに、足音を消し、金田一と距離を保ったまま相変わらず尾行していた。


「灯真よ、やっぱり一緒についてやれば良いのではないか?」

 福丸が小声で聞く。


「うーん。俺は良いけどあいつがどう思うか」


 だが確かに、夜道をこのまま歩いていてはいつ妖につけ入られるかわからない。その上一本道なのでバレないように後をつけるにはそれなりに距離を置く必要がある。


 三秒ほど考えた末、灯真は「しかたない」と言った。

「福溜めの守りのこと、正直に話して納得してもらうしか——」


「灯真様、あれは」


 椿が見ている方に、灯真も視線を向ける。

 見ると金田一が立ち止まり、手にしていた鞄の中に手を入れ、がさごそと何かを探しているようだった。

 そして中から、円筒らしきものを取り出した。


「携帯電灯だね。良いもの持ってるじゃないか」


 舶来のものだろう。灯りは大事なので灯真も納得するように頷く。


 ———……が、


「むむ?」

 金田一が唸りながら、かちかちとスイッチを入れるが、うんともすんとも反応はしない。


「……さすがに不憫に思えてきたのう」

 不運に呆れた福丸がそう呟いた時。


 ふっと、闇が濃くなった。

 灯真が空を見上げる。

 月が雲に覆われていた。

 そして。


 ——ぴちゃり。


 湿った足音がした。

 一つではない。

 前から。

 左右から。

 背後から。

 闇の中で、何かが金田一を取り囲んでいた。


 人の形をしていない。ぬめる、スライム状の黒い塊。その表面に、白く濁った眼玉が、いくつも、ばら撒かれたように浮いている。ぼたぼたと粘つく汁を垂らしながら、それは金田一へと、にじり寄ってきた。


「——ヒヒ。ヒ、ヒ。、ニンゲン」


 嗤っていた。


「ニンゲンの、ニオイ……」

「んん?よく見えんが、なんだお前たちは!?」


 金田一は、怪訝そうに眉を寄せる。


「まずい」

 灯真の顔色が変わる。

「金田一!そこを動くな!」


 声を張った瞬間、妖の一体が弾けるように飛び出だした。

 スライム状の妖は自らの身体を、金田一をすっぽりと飲み込むほど薄く引き伸ばし、頭上から襲いかかった。


「ちぃっ!!」


 距離がありすぎる。灯真は懐から紙符を放つが、すでに妖は金田一の額にかかりそうなほどの近さだ。

 間に合わない、そう思った時。


「お、おわっとっとと」


 後退りする金田一が石に躓き、後方に吹き飛ぶように尻餅をついた。

 そのおかげで妖は目測を誤り、転んだ金田一の足元に着地してしまった。


 さらに。


 その瞬間、金田一が手にしていた携帯電灯が、突然ぱっと点いた。


「おぉ!直ったか!」


 喜ぶ金田一が、襲ってきた相手を確認しようと電灯を妖に向けると、妖が明らかに苦しそうに甲高い声を出した。


「ギィィ!!」


 光を真正面から浴びた妖は、白濁した眼玉もろとも、体がどろどろと液化し、ぬかるんだ土のようになってしまった。


「こ、こいつは妖怪というやつか?!」


 しかし妖怪は一体ではない、残りの数体が一斉に金田一に飛びかかろうとしたその時——。



「四方清浄(しょうじょう)



 金田一の周りに立方体の光の壁が現れ、妖の攻撃が弾かれた。


「んん?お前は…?!」

 目を凝らす金田一の前に、灯真の姿があった。


「御影灯真!我が好敵手ではないか!何故ここにいる!?」


 お前を守るためだよこの野郎!と心の中で叫ぶが、おかしな伝わり方になりそうなのでぐっと堪える。


「……偶然だ!!」

「そうか、偶然か!」


 こいつアホなんか、と福丸の声が聞こえてきたが無視した。今はその方が都合が良い。


「だけど間に合ったみたいだな」

「何がだ?」

「——ここから、お前には良いことしか起こらないってことだよ」



 ***

 そこからは、あっという間に片付いた。

 もともと湿地帯によくいる雑魚妖である。熱や光に弱いし、よほど運が悪くなければ普通の人間を殺めるほどの力も、本来はない。


「ま、こんなものだろ」


 ぱんぱんと手を払う灯真に、金田一が近づいてきた。


「礼を言うぞ、御影灯真」

 その表情は柔和ではないが、憎い対象を見るものでもないことも、容易にわかった。


「お前は陰陽師だったのだな。お前がいなければ——、僕はやられていたかもしれない」

「いや、そんなことないと思うぞ」

「何?」

「お前の持ってるそれ」


 といって灯真は、金田一の持っている鞄を指差す。

 そしてその鞄を開くと、「これは…」と驚いた声を出した。


「福溜めの守りだよ」


 金田一がそのお守りを手に取ると、ぽう、と蛍のような柔らかな光が中から見えた。


「妖からの最初の攻撃は、そのお守りで防げたんだ」

「なんと……そういうことか……」


 ここにくるまでの道中で、金田一の運をさんざん吸い上げた福溜めの守りは、満タンになり、その運を強化して放出に転じたのだ。


「さすがは!麗しの君から預かったお守りだ!!」

 はっはっは、笑う金田一だが、「いや待て」とすぐに真剣な表情に戻る。

「しかし、ここまでの道中、結構不運に見舞われた気がするのだが……」


「……お守りの効果はここぞ、ってとこであるもんなんだよ」

「なるほど、そう言うことか!」


 良かった。信じやすい奴で本当に良かった、と灯真は思う。


「しかし、しかしだ」


 尚も真顔の金田一に、あれ、流石に納得できないだろうかと思い、言い訳がぐるぐると頭の中で回転する。


「御影灯真よ、それでもお前が私を助けたのは事実だ。改めて礼を言う」


 そう言うと、金田一は右手を差し出した。

「へ?」と灯真は少し驚いた後、「あ、あぁ」と言って同じく右手を差し出し、握手をした。


「ふっ……だが御影灯真!勘違いするなよ!」


 手を離すやいなや、金田一は灯真に向かってビシッと指を向けた。


「貴様が麗しの君の恋敵であることは変わりない!私は必ずや詩乃舞のハートを奪って見せるぞ!」


 だから、そんなんじゃないって。


 思う灯真だが、今日一日の疲れが、急にどっと押し寄せ、言い返す気力がなくなり、代わりに「へへっ」と力無く笑った。



 ***

 その夜。

 福溜めの守りは、無事、集落のめし屋のお上のもとへと届けられた。


「まあ……まあ、まあ! わざわざ帝都から、こんな山の中まで……!」


 泥と紅茶にまみれ、上着の破けた御曹司から、うやうやしくお守りを渡され、お上は目を潤ませて何度も頭を下げた。


「山があんなことになってから、みんなまいっておりましたのでねぇ。……ああ、なんて有難い。詩乃舞ちゃんにも、よろしゅうお伝えくだせぇ」

「なんの! 麗しの君のご友人ならば、僕の友も同然! 遠慮は無用だ!」


 胸を張る金田一の、その泥まみれの背中を。

 灯真は、少し離れた土間から、湯呑みを片手に眺めていた。


 ——二十万円。


「……ま、いいか」

 灯真は、小さく笑った。


「善行は、善行だしな」

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