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17_ミッション・インポッシブル②

 灯真は、駅の改札で金田一とぶつかった男を思い出した。


 あの時は人波に紛れて見えなかったが、考えてみれば不自然だった。

 男は金田一の真正面からぶつかり、必要以上に身体を寄せていた。


「……やられた…!あいつ、スリだ」


 灯真は前方の車両を睨んだ。

「まずいぞ。このまま福溜めに運を吸われ続けたら、悪いものまで引き寄せる」



 ***

 その頃。

 金田一もようやく、異変に気づいていた。

 紅茶で濡れた髪を拭き、上着の内側へ手を入れる。


「……ない」


 詩乃舞から渡された魔除けの守りが見当たらない。


 胸ポケット。

 内ポケット。

 ズボンの左右。

 鞄の中。

 何度探しても、どこにもなかった。


「まさか、あの男……!」


 改札でぶつかった痩せた男の顔が脳裏に浮かぶ。

 盗まれたのか!と金田一はぎりぎりと歯噛みした。


「おのれ、スリとは卑劣な……!」


 今すぐ列車を降り、帝都へ引き返すべきだろうか。

 だが、窓の外はすでに見知らぬ山間である。

 引き返したところで、男を捕まえられる保証はない。

 何より。

 金田一は鞄の中を確かめた。

 そこには、福溜めの守りと、詩乃舞から渡された届け先の書かれた紙が入っている。


『私、その友人に、これを届けたいのです』


 ——届けたいのです。——のです。——です——。


 憂いを帯びた詩乃舞の顔が浮かび、声がこだました。


 金田一は、ぐっと拳を握る。


「……帰れるものか」


 金田一は自信家である。

 尊大で、思い込みが激しく、己こそ選ばれた人間だと信じて疑わない。

 だが同時に、自分で引き受けた約束を、途中で投げ出すことを何より嫌った。


「麗しの君が、僕を信じて託したのだ!ならば、果たす。それだけだ!」


 誰も聞いていない車内で、金田一はくわっと目を見開き胸を張った。

 直後、彼の頭上にある荷物棚の緩んでいた金属部分が、何故かギチギチと外れ、棚の鉄棒が金田一の頭の上へ落ちてきた。


『——させるか!』


 後ろの車両で灯真がまた紙符を弾く。

 荷棚の鉄棒は僅かに軌道を変え、金田一への直撃を避けた。だが白いスーツの背中の生地に鋭利な部分が掠り、少しだけ生地が切れた。


「ぬおおおおおっ! なぜだ! なぜ僕ばかり!」


 なんなら、後ろの車両にいても声が聞こえてくるほどではあるのだが、それはそれで生存確認という意味では役に立っている。

「大事には至っておりません」と椿が淡々と報告し、

「賑やかなやつじゃのう」と福丸が他人事のようにのんびりと言った。



 ***

 その後も虫が入ってくる、何故か知らない赤ん坊のおむつを交換する羽目になるなどアクシデントは続くが、怪我をするような事態には陥らずに無事に(?)鉱山の最寄駅に到着した。



「くそッ……なんで俺がこんなに神経をすり減らさねばならんのだ…!」



 手を膝に置き、ぜぇぜぇと息を切らしながら灯真がボヤく。


「お見事でございました。赤子のおむつ交換の際、お小水の軌道を変えた時はさすがにバレるかと思っておりましたが、気づかれなかったようです」


 椿の賞賛に、「それはあいつが鈍感なだけだと思うぞ」と福丸がツッコむ。


 ***

 灯真と詩乃舞によって鬼が退治されてからすぐ、鉱山の最寄駅から集落までは、乗合の荷馬車が復活した——はずだった。


「なに? 本日はもう出ぬ、だと?」

「へえ。日暮れ前の便が、最後でごぜぇやして」


 駅前の茶屋の親父に、金田一は食い下がる。


「では、馬を貸せ! 金なら払う!」

「馬なんぞ、ここらにゃおりやせんよ」

「なんということだ……!」


 金田一は天を仰いだ。空は、もう茜から藍へと沈みかけている。


「……仕方あるまい。歩く!」


「およしなせぇ。あの山道は、日が落ちると真っ暗だ。それに——」


 親父は、言いかけて、口を噤んだ。


「それに?」

「……いや。なんでもごぜぇやせん」


 言葉を濁す親父を尻目に、金田一は鞄を掴み、大股で歩き出した。

 その様子を、茶屋の陰から眺めていた灯真は、深いため息をついた。


「歩くのかよ……」

「あの者、なかなか根性があるのう」

「褒めてる場合か。夜だぞ、夜」


 灯真は、指の間に挟んだ紙符の枚数を確かめた。帝都を出るときは懐にたっぷり詰めてきたはずが、もう心もとない。全部、あの男の不運を逸らすために消えていった。


「灯真様。お顔の色が優れません」

「そりゃそうだよ。半日ずっと、他人の厄を捌いてるんだから」

 ぼやきながらも、灯真は歩き出す。

 夕闇の中、意気揚々と山道を登っていく白いスーツの背中を、追いかけて。

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