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16_ミッション・インポッシブル①

 ***

 金田一は詩乃舞から届け先が書かれたメモを手に持ち、雑踏の中、意気揚々と蒸気機関車の駅へと向かっていく。

 

 その、少し後ろ。


 人混みに紛れて、灯真は椿を連れて、ぶらぶらと後をつけていた。椿の腕には、桐箱に入った茶釜の福丸もいる。

「のう、灯真」桐箱の蓋が、こと、と鳴った。

「なんでおらたちが、あの暑苦しい男のお守りなんぞせにゃならんのじゃ」

「仕方ないだろ」灯真はため息をついた。

「ほっとくと目覚めが悪いだろ。あいつ、今爆弾を抱えて歩いてるし」

「爆弾?」

「福溜めの守りだよ」

 

 灯真は、金田一を目で追いながら言った。


「詩乃舞は運気を招くありがたいお守りって言ってたけど……それは運があのお守りに残ってる状態の時の話だ。今、あれの中身は空っぽなんだよ」

「空っぽだとどうなるんじゃ?」

「満タンになるまで持ち主の運気を吸い上げる」

 灯真は顔を顰めた。

「金持ちは運も良いからな。割と短時間で溜まると思うけど……あいつ今、じわじわ運を吸われてるぞ」


 と、言ったそばから。


 視線の向こうにいる金田一が、何もないところですっ転んだ。


「……本当みたいじゃのう」

「一応、相殺するために魔除けも持たせてるから……。命に関わるようなことはないと思うんだが」


 灯真は、懐から人形の紙符を一枚投げると、ひらひらとゆっくりと飛んでいき、金田一の白いスーツの背中にぴたりと張り付いた。


「灯真様、あれは?」

 椿が灯真の顔を見て聞く。


「ここからじゃ音が聞こえないからな。ほら」

 と言ってもう一枚の紙符を出す。


 そこから、金田一の独り言やその周囲の音が聞こえてきた。


「これで少し離れてもなんかあったらわかるだろ」


 その後、すぐに金田一は帝都中央駅の大時計を見上げ、足取りをいっそう速めた。

 煉瓦造りの巨大な駅舎には、絶え間なく人が吸い込まれていく。


 旅行鞄を抱えた家族連れ。軍服姿の男。大きな風呂敷を背負った商人。新聞を売る少年。その合間を縫って、荷物運びの小型自律人形が、頭頂部の煙突から白い蒸気を吐きながら行き交っている。


「急がねば! 今日中に届けられなくとも、一刻も早く詩乃舞の想いを友人のもとへ運ばなければ!」


 誰に聞かせるでもなく宣言し、金田一はスーツの襟元を正し、改札へ向かう。


「暑苦しいのう」

 灯真の持つ紙符から聞こえてくる、金田一の独り言に、福丸が呆れた声を漏らした。

「でも、真っすぐではあります」

 椿が静かに言った。


 そんな会話をしているとは知る由もなく、金田一が切符を見せ、改札の中へ入ろうとした、その時だった。


「おっと!」


 人混みの中から飛び出してきた男が、金田一の肩へ勢いよくぶつかった。

 くたびれた鳥打帽を被った、痩せた男だった。


「痛いではないか!」

「へ、へい、申し訳ございやせん! 急いでいたもので!」


 男は何度も頭を下げる。

 金田一は乱れた白い上着を払い、ふん、と鼻を鳴らした。


「気をつけたまえ。僕だから良かったものの、婦人や子どもにぶつかれば怪我をさせるところだぞ」

「へい、まったくもって仰る通りで!」

 男は平身低頭しながら、するりと人混みの中へ消えていった。

「まったく。僕の輝きに目が眩んだのなら仕方がないが、前方不注意はいかんな」

 金田一は胸元を整え、何事もなかったように歩き出した。


「あいつ、なんでも自分に都合よく解釈するな……」


 遠くから見ている灯真は半ば感心しながら、金田一のあとを追った。


 ***

 蒸気機関車は、黒煙を噴き上げながら帝都を発った。

 灯真たちは、金田一から一両離れた、三等客車に乗り込んでいた。


「どうして同じ客車に乗らぬのじゃ?」


 座席の下に置かれた桐箱から、福丸が小声で尋ねた。


「気づかれたら面倒だろ。あいつ、俺を恋敵だと思ってるんだぞ」

「こいがたき、とは何じゃ?」

「知らなくていいよ」


 灯真は窓枠に肘をつき、遠ざかっていく帝都の街並みを眺めた。

 やがて煉瓦の建物は減り、田畑が広がるようになる。

 機関車は一定の調子で車輪を鳴らしていた。


 がたん、ごとん。

 がたん、ごとん。



 その音が、不意に乱れた。



 前方で甲高い汽笛が鳴る。

 車体が大きく揺れ、乗客たちがどよめいた。


「何事でしょう」

 椿が顔を上げる。


 機関車は急速に速度を落とし、やがて、田園の真ん中で完全に停止した。

 車掌が客車を回りながら声を張り上げる。


「ただいま、機関部の圧力弁に不具合が生じました! 修繕まで、しばらくお待ちください!」


「圧力弁?」

 灯真は眉を寄せた。


「出発前に点検しておるんじゃろ?」

「普通はね」

 そう言いながらも灯真は腕を組んで「うーん」と唸る。


「……妙だな」



 ***

 修理には半刻以上かかった。

 ようやく機関車が動き出した頃には、金田一の乗る車両でも、別の騒ぎが起きていた。


「失礼いたします。お飲み物はいかがでしょう」


 車内販売の女給が、湯気を立てる紅茶を盆に載せて歩いていた。


「では、一杯いただこう」

 金田一が硬貨を出した、その瞬間。

 客車が、がくん、と大きく揺れた。


「きゃっ!」


 女給の指が盆の取っ手に引っ掛かる。

 紅茶の杯が宙を舞い、琥珀色の液体が金田一の頭上へ降り注いだ。


「あっ——……!」

 金田一が飛び上がるその瞬間。


 察知した灯真は反射的に紙符を放っていた。


『散れ!』


 囁くように灯真が命じると、符が客車の扉の隙間を抜け、風に乗って前方へ飛ぶ。

 紅茶が金田一へかかる寸前、見えない力によって軌道を逸らした。

 熱い液体の大半は座席へ落ちた。

 

 ただし。

 

杯の底に残った一口分だけは、金田一の頭から顔へ、きれいに流れ落ちた。


「…………」


 金田一は紅茶のかかった前髪をふっと、かきあげる。


「も、申し訳ございません!」

「き、気にするな。婦人を責めるほど、僕は狭量ではない」

 声は震えていたが、女給を怒鳴りつけることはしなかった。



 ***

「ふぅ。間に合ったか」

「……少しかかってしまったようですね」

「無理だよ。あいつ今運気ゼロだもん」


 いやいやーと苦笑しながら手を振った振ったところで、はたと気づく。


「いや……椿の言う通りおかしいな」


「何がじゃ?」と椿に抱えられた茶釜の福丸が声を出す。

「魔除けのお守りがある状態なら、今の術で完全に防げてもいいはずなんだけど……」

「では」


 椿が金田一のいる車両へ顔を向ける。



「……あいつ、魔除けを失くしたんじゃないか?」

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