16_ミッション・インポッシブル①
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金田一は詩乃舞から届け先が書かれたメモを手に持ち、雑踏の中、意気揚々と蒸気機関車の駅へと向かっていく。
その、少し後ろ。
人混みに紛れて、灯真は椿を連れて、ぶらぶらと後をつけていた。椿の腕には、桐箱に入った茶釜の福丸もいる。
「のう、灯真」桐箱の蓋が、こと、と鳴った。
「なんでおらたちが、あの暑苦しい男のお守りなんぞせにゃならんのじゃ」
「仕方ないだろ」灯真はため息をついた。
「ほっとくと目覚めが悪いだろ。あいつ、今爆弾を抱えて歩いてるし」
「爆弾?」
「福溜めの守りだよ」
灯真は、金田一を目で追いながら言った。
「詩乃舞は運気を招くありがたいお守りって言ってたけど……それは運があのお守りに残ってる状態の時の話だ。今、あれの中身は空っぽなんだよ」
「空っぽだとどうなるんじゃ?」
「満タンになるまで持ち主の運気を吸い上げる」
灯真は顔を顰めた。
「金持ちは運も良いからな。割と短時間で溜まると思うけど……あいつ今、じわじわ運を吸われてるぞ」
と、言ったそばから。
視線の向こうにいる金田一が、何もないところですっ転んだ。
「……本当みたいじゃのう」
「一応、相殺するために魔除けも持たせてるから……。命に関わるようなことはないと思うんだが」
灯真は、懐から人形の紙符を一枚投げると、ひらひらとゆっくりと飛んでいき、金田一の白いスーツの背中にぴたりと張り付いた。
「灯真様、あれは?」
椿が灯真の顔を見て聞く。
「ここからじゃ音が聞こえないからな。ほら」
と言ってもう一枚の紙符を出す。
そこから、金田一の独り言やその周囲の音が聞こえてきた。
「これで少し離れてもなんかあったらわかるだろ」
その後、すぐに金田一は帝都中央駅の大時計を見上げ、足取りをいっそう速めた。
煉瓦造りの巨大な駅舎には、絶え間なく人が吸い込まれていく。
旅行鞄を抱えた家族連れ。軍服姿の男。大きな風呂敷を背負った商人。新聞を売る少年。その合間を縫って、荷物運びの小型自律人形が、頭頂部の煙突から白い蒸気を吐きながら行き交っている。
「急がねば! 今日中に届けられなくとも、一刻も早く詩乃舞の想いを友人のもとへ運ばなければ!」
誰に聞かせるでもなく宣言し、金田一はスーツの襟元を正し、改札へ向かう。
「暑苦しいのう」
灯真の持つ紙符から聞こえてくる、金田一の独り言に、福丸が呆れた声を漏らした。
「でも、真っすぐではあります」
椿が静かに言った。
そんな会話をしているとは知る由もなく、金田一が切符を見せ、改札の中へ入ろうとした、その時だった。
「おっと!」
人混みの中から飛び出してきた男が、金田一の肩へ勢いよくぶつかった。
くたびれた鳥打帽を被った、痩せた男だった。
「痛いではないか!」
「へ、へい、申し訳ございやせん! 急いでいたもので!」
男は何度も頭を下げる。
金田一は乱れた白い上着を払い、ふん、と鼻を鳴らした。
「気をつけたまえ。僕だから良かったものの、婦人や子どもにぶつかれば怪我をさせるところだぞ」
「へい、まったくもって仰る通りで!」
男は平身低頭しながら、するりと人混みの中へ消えていった。
「まったく。僕の輝きに目が眩んだのなら仕方がないが、前方不注意はいかんな」
金田一は胸元を整え、何事もなかったように歩き出した。
「あいつ、なんでも自分に都合よく解釈するな……」
遠くから見ている灯真は半ば感心しながら、金田一のあとを追った。
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蒸気機関車は、黒煙を噴き上げながら帝都を発った。
灯真たちは、金田一から一両離れた、三等客車に乗り込んでいた。
「どうして同じ客車に乗らぬのじゃ?」
座席の下に置かれた桐箱から、福丸が小声で尋ねた。
「気づかれたら面倒だろ。あいつ、俺を恋敵だと思ってるんだぞ」
「こいがたき、とは何じゃ?」
「知らなくていいよ」
灯真は窓枠に肘をつき、遠ざかっていく帝都の街並みを眺めた。
やがて煉瓦の建物は減り、田畑が広がるようになる。
機関車は一定の調子で車輪を鳴らしていた。
がたん、ごとん。
がたん、ごとん。
その音が、不意に乱れた。
前方で甲高い汽笛が鳴る。
車体が大きく揺れ、乗客たちがどよめいた。
「何事でしょう」
椿が顔を上げる。
機関車は急速に速度を落とし、やがて、田園の真ん中で完全に停止した。
車掌が客車を回りながら声を張り上げる。
「ただいま、機関部の圧力弁に不具合が生じました! 修繕まで、しばらくお待ちください!」
「圧力弁?」
灯真は眉を寄せた。
「出発前に点検しておるんじゃろ?」
「普通はね」
そう言いながらも灯真は腕を組んで「うーん」と唸る。
「……妙だな」
***
修理には半刻以上かかった。
ようやく機関車が動き出した頃には、金田一の乗る車両でも、別の騒ぎが起きていた。
「失礼いたします。お飲み物はいかがでしょう」
車内販売の女給が、湯気を立てる紅茶を盆に載せて歩いていた。
「では、一杯いただこう」
金田一が硬貨を出した、その瞬間。
客車が、がくん、と大きく揺れた。
「きゃっ!」
女給の指が盆の取っ手に引っ掛かる。
紅茶の杯が宙を舞い、琥珀色の液体が金田一の頭上へ降り注いだ。
「あっ——……!」
金田一が飛び上がるその瞬間。
察知した灯真は反射的に紙符を放っていた。
『散れ!』
囁くように灯真が命じると、符が客車の扉の隙間を抜け、風に乗って前方へ飛ぶ。
紅茶が金田一へかかる寸前、見えない力によって軌道を逸らした。
熱い液体の大半は座席へ落ちた。
ただし。
杯の底に残った一口分だけは、金田一の頭から顔へ、きれいに流れ落ちた。
「…………」
金田一は紅茶のかかった前髪をふっと、かきあげる。
「も、申し訳ございません!」
「き、気にするな。婦人を責めるほど、僕は狭量ではない」
声は震えていたが、女給を怒鳴りつけることはしなかった。
***
「ふぅ。間に合ったか」
「……少しかかってしまったようですね」
「無理だよ。あいつ今運気ゼロだもん」
いやいやーと苦笑しながら手を振った振ったところで、はたと気づく。
「いや……椿の言う通りおかしいな」
「何がじゃ?」と椿に抱えられた茶釜の福丸が声を出す。
「魔除けのお守りがある状態なら、今の術で完全に防げてもいいはずなんだけど……」
「では」
椿が金田一のいる車両へ顔を向ける。
「……あいつ、魔除けを失くしたんじゃないか?」




