12_つがいの宝具
鬼は岩壁にめり込んだまま、がくり、と頭を垂れた。
白目を剝き、四肢から、力が抜けていく。糸の切れた人形のように、だらりと動かなくなった。
「……倒したの?」
詩乃舞が警戒を解かずに一歩近づく。
「いや……」
この程度で倒せるなら、さっきの爆符で十分だったはずだ。
灯真は鬼を見据えたまま、ゆっくりと歩み寄った。
「石のせいで鬼になっちまったんなら、持ってる石を浄化すれば…」
かろうじてボロ布として身体に張り付いている作業着のポケットか、それとも、石を飲み込んでしまったのか。
そんな可能性を考えていたが、灯真の視線が鬼の胸で脈打つ、ひとつの光を捉える。
「なんだ……?」
灯真が点衝を当てた場所が体表を破壊し、窪みができている。
その場所から、歪な形の水晶のようなものが赤黒く石が光り、放射状に根を張っていたのだ。
「まさか、石が根を張っている……?」
灯真が呟いたその瞬間。
——ドクン!
石が一回り大きくなったように見えるほど、音を立てて胎動した。
これまでとは比べ物にならない濃密な邪気がその石から噴き上がり、傷口を修復し始めた。
「——こ、こノ石は」
垂れていた頭が上がり、掠れた声で呻いた。
「誰にも……ダれにも、渡さんッ……!!」
石を庇うように背を丸め、鬼が再び、灯真へと襲いかかる。
「そういうことかよ!」
殴りかかる鬼の拳をいなし、真横に身体を滑らせると今度はこめかみに点衝を打ち込んだ。
激しい衝撃で再び鬼が吹っ飛ぶ。まるで弾丸になった頭に身体がついているように岩壁に突っ込む。
「ちょっと!そういうことってどういうことよ!」
「…石が根を張ってた。「誰にも渡さん」ってのは頭領の言葉じゃない。執着心が膨れ上がったんでもない。あの石が自分を守るために言わせた言葉だ」
灯真は少し悔しそうに下唇を噛んだ。
「石が、自分を守るためって…」
「石が宿主を食い潰しやがった。とにかくあいつはもう……人間に戻れない」
「あんた……ひょっとして救おうとしてたの?」
詩乃舞の言葉に、灯真は「え?」と意味がわからなそうな顔をした。
「そりゃそうだろ」
その言葉に詩乃舞は大きく息を吸い、そのまま飲み込んだ。
「あんたってほんと……まぁいいわ。でもそう言うことなら私に任せて」
詩乃舞はよろず巾着に手を入れると、迷いなく弓と矢を取り出した。
それに気づいた鬼が、今度は詩乃舞に狙いを定めて突進する。
しかし。
「——縛しめよ」
灯真が懐から放った紙符が四方に散り、鬼を囲むと光の糸を出しそのまま両手両足に巻きつき動きを封じた。
「ゴ、ォ……ッ」
「詩乃舞!胸の石だ!」
すぅ、と詩乃舞が目を閉じ、静かに二つの宝具を天に掲げる。
「謹請——広大無辺の蓮華王たる千手の宝弓、宝箭よ」
飴色に光る二つの宝具、宝弓である弓と、宝箭である矢が、ばちり、ばちりと白い雷を纏い始めた。
詩乃舞が静かに弓を構え、きり、と弦が引き絞り、眼を細めて狙いを定める。
「番いとなりて雷鳴を纏い、禍つ源を穿て!!」
鏃の雷光が収束し、目も眩むほどに、白く膨れ上がる。
「浄雷!!」
放たれた矢は数十もの光の線に拡散したと思うと、集中線を描くように、鬼の胸、宿主に寄生した石を貫いた。
「が———は……っ!!!」
石を貫かれた鬼が、びくり、と、大きく痙攣した。
噴き上がっていた濃密な邪気が、雷光に灼かれ、ちりちりと、掻き消えていく。石を核に、体中へ根を張っていた黒い脈が、逆流し、萎み——やがて、ぷつり、と途絶えた。
膨れ上がっていた巨躯から、力が抜けていく。
赤銅色の肌が、褪せる。角が、ぽろりと、落ちる。異常に盛り上がっていた筋肉が溶けるように萎んでいく。
そして、どう、と。
邪気の源を断たれた鬼は、その場に崩れ落ちた。
あとに残されたのは——、痩せ細った、一人の男だった。石にその生命力を全て奪われた男の亡骸が横たわっていた。張り裂けんばかりだった作業着が、今はその痩身に、ぶかぶかと余っていた。
ぴくりとも、動かない。
「……終わっ、た?」
詩乃舞が弓を下ろし、詰めていた息を吐く。
「ああ」灯真は、静かに頷いた。「石は砕いた。詩乃舞のおかげで、せめて人間の姿に戻してやれた」
——と、その時だった。
崩れ落ちた男の傍ら。射抜かれ、砕け散った石の、赤黒い破片。
その、ひとつひとつが。
ぞわ、と。
ひとりでに、宙へ、浮き上がった。




