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女騎士団長、アナスタシア・マーベル~あなた以外の愛ならいらない〜  作者: Alicia Nish
第一章:騎士団長編

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9. 縛られていく未来





 「夜分遅く失礼します。団長、ご実家から急報が届いております。」


 真夜中の報せが、良い報せなはずはない。

 けれど、急報と言われて無視することはできない。

 震える指先を叱咤して、アナスタシアは受け取った封書を開けた。


 『話がある。早急に、王都の屋敷へ来い。』


 たったそれだけだった。

 これでは状況整理もあったものじゃない。

 文面から、父の苛立ちを感じる。

 意を決して最初に受け取っていた封書を読むことにする。


 『領地の鉱山にて、落石事故が発生した。

  ジョシュアが軽傷を負ったが、何人か重傷だ。

  大事な話がある。近いうちに一度、王都の屋敷を訪れてくれ。』


 気づかないフリをしてはいけない封書だった。

 その内容にショックで言葉が出ない。

 あまり火急ではないだろうと、勝手に判断した結果、封書を放置した。

 そして、二度目の急報が送られてきた。


 「お兄さま……。」


 罪悪感と恐怖で、指先が冷たくなる。



 マーベル伯爵家は、鉱山でとれる鉱石の加工と輸出入で富を築いた。

 農地が限られ、限定の農作物の生産しかできないため、鉱山産業が主流だ。


 その要である鉱山で事故だなんて……。


 「ジョシュア兄さまは……無事、なのよね?」


 騎士の自分に怪我はつきものだが、生粋の貴族令息である兄は、傷にはあまり縁がない。

 幼いころから身体を動かすことが大好きだったアナスタシアとは対照的に、兄は座学の方が得意だった。


 「武術はお前に任せた!その代わり、頭脳戦は任せてくれ。領地は必ず発展させる。」


 一緒に体術と剣術の稽古を始め、思い切って騎士になりたいと告げたとき、兄がそう笑ってくれた。

 確かに兄は戦いには不向きな性格で、興味もないようだった。


 「でも、あれは兄さまの優しさだったのよね。わたしが存分に稽古できるようにって……。」


 優しい兄の笑顔が浮かぶ。

 

 「今でも感謝してる。」


 くよくよ考えるのは性に合わない。

 絡め取られて闇に引きずり込まれる前に、負の感情を断ち切った。


***


 「これはいったい、どういうことですか?」


 不安を振り切って訪れた実家で、最初に呼ばれたのが父の執務室だった。

 変に気まずい空気が流れ、挨拶もそこそこに、沈黙のまま父から絵姿を手渡された。


 「ノックス・ミルグレン公爵殿だ。」


 あの時の……。


 聞き覚えのある名前に、祝宴でのルーカスとの会話と、遠目に見た紳士が脳裏に浮かぶ。


 「お前に縁談だ。追って知らせるが、準備はしておけ。」


 有無を言わさない父の言葉に、これが決定事項だと理解する。

 アナスタシアは手を強く握り込み、何も言えずにうつむくことしかできなかった。




 部屋へ戻る途中、母の待つサロンを訪れた。


 「お父さまから聞いたかしら?」


 優しく落ち着いた母の声が、逆に現実を連れてきた。


 「はい、わたしに縁談の話があると」


 アナスタシアは自分が思うより混乱していた。

 うつむいて、優しい香りを立てる紅茶を見つめる。


 騎士になると決めたとき、令嬢としての人生は考えないと決めた。

 女であることを突きつけられながら、女であることを捨てなければいけなかったからだ。

 騎士訓練も仲間もわかりやすい。

 その一方で、騎士団のしがらみはどこまで行っても理不尽なことばかりだった。


 「政略結婚だと、理解すればいいでしょうか。」

 「ごめんなさいね。」


 俯いた母の姿に、この結婚の意味の大きさを悟った。


 「鉱山の落石事故で、たくさんの重傷者が出てしまったわ。補償も必要で……事業は中断し、立ち行かなくなってしまった。」


 力ない母の声に、深刻さがうかがえる。


 「そんな中、ミルグレン公爵さまが事業提携を提案してくださった。そして、今後の両家のことを考えて、あなたとの婚姻を申し出てくださったのよ。お父さまも、随分悩んでいらしたの……」


 肩を落として俯いた。 


 「お兄さまは?」


 事業の中心は兄だ。事業提携ならば、兄と結べばいい。そうではなく婚姻の話になったことで、突然、兄の様子が心配になった。仕事が継続できないほど"深刻な状況"なのだろうか。ぐらりと地面が揺れた気がした。鼓動が激しくなり、ぐっと足に力を入れて立つ。


 「ジョシュアは大丈夫よ。」


 母の言葉に、ひとまず大きく息を吐く。


 「婚姻のことは、よくわかりました。準備を……しておきます。」


 少し冷めてしまった紅茶を一口だけ飲んで席を立った。


 令嬢としての自分に求められているのは、理解でも納得でもない――ただ受け入れること。

 自分で選ぶ人生ではなく、与えられた未来に生き方を見出すこと。

 わかっていても、それを受け入れられるほど大人になれない。

 騎士団長としての立場は、それを許してくれない……都合よく言い訳している自覚がありながらも、その立場が自分に猶予を与えてくれている。


 「逃げ場は……ないよな。」


 領主である父から、伯爵家としての決定事項だと言われたのだ。

 アナスタシアのあずかり知らないところで、「隊服を脱ぐ日」は、そう遠くない確実な未来となっていた。



 兄が数週で回復すると聞けたことは嬉しかった。


 それでも、胸の奥におしかかる重みは、少しも軽くなることはなかった。

 兄の無事と引き換えに、アナスタシアは自分の未来が神に求められたような気がした。


 誰も悪くない。

 間違ってなどいない。


 明白な事実だけがそこにあって、行き場のない感情は胸にたまっていく。


 騎士として剣を握る理由は、いつだって明確だった――そこには、誇りと人生をかけた目的がある。


 けれど、令嬢としての「役割」は、こんなにも息苦しい。

 ただ、その息苦しさから逃げる術はない。もっとも、騎士としての自分が「逃げること」を許さない。


 それでも――変わってしまった自分の未来をどう受け止めればいいか、それだけはわからなかった。

 王都に戻れば「騎士団長としての日常」が待っている。

 アナスタシアには、自分の未来が確実に揺らいでいる事実に気づきながらも、まだ「騎士でいること」以外の答えを選ぶ覚悟はなかった。


 夜の帳が真っ暗な闇を連れてくる。

 その漆黒に呑み込まれまいと抗う心だけは、はっきりしていた。

 

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