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女騎士団長、アナスタシア・マーベル~あなた以外の愛ならいらない〜  作者: Alicia Nish
第一章:騎士団長編

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10.迷い、不安、そして葛藤




 何をしたのかも思い出せない数日を過ごし、宿舎(オーベルジュ)に帰ってきた。

 それでも、毎日は繰り返される。

 淡々と執務をこなしながら、やり切れない気持ちに蓋をする。

 冷たい風が吹き抜ける廊下を踏みしめるように訓練場へ向かう。


 カキンッ


 大きな一歩を踏み込んだ先に、なじみのある鉄と汗の匂いがする。

 安心すると同時に、いつもと違う胸の重みを感じた。

 

 「整列!」


 団員の声に、自然と顔が引き締まる。


 「あらためて、みな討伐ご苦労であった。国王陛下からも、ねぎらいのお言葉を賜った。」


 誇りに満ちた団員たちの表情に、自身の生きてきた道の正しさを確信する。


 「スタンピードを防ぐことができたのは、何よりみな訓練の賜物、君たちの連携あってこそだ。我々第三騎士団は、今後も戦場を生き抜く訓練を続ける。この訓練を成し遂げることが、君たちの命を繋ぐことになる。心してかかれっ。」


 「はっ!」


 団員たちは足並みを揃え、一斉に敬礼する。


 各隊の隊長が指示を飛ばし、訓練が再開された。

 どの団員の目にも、決意と自信がみなぎっている。


 わたしがいなくとも……この団は大丈夫だな。


 訓練の部隊配置は、あの日の戦闘を思い起こさせる。


 『我が隊で必須の、生きるための訓練。』


 魔獣討伐の時にルーカスに笑ってみせたあの言葉を思い出した。

 あの時、戦況を動かし、団員たちの命を守ったのは、自身の判断だった。


 「わたしの誇りも、生き方も、間違っていなかった。」


 独り言のようにつぶやき、不安を押し殺すように拳を握った。


 「騎士として、"大切な人を守るために剣を振るう"。」


 迷いを振り切って訓練を見つめる。

 感情の揺れは、判断力を妨げる。

 恋愛感情は、自分には必要ない……切り捨てるべきものだ。


 わたしが迷えば、それは誰かの命を危険にさらす。


 厳しく見据えた先の団員たちの命の重みを感じていた。


 「騎士団長として、わたしが守るべきものを選ぶ。」


 大切なものを見失わないように、決意を胸に刻む。

 空高く燦々と輝く太陽を見上げた。

 心の中に巣くう暗闇に、この光が届けばいいのに……そう願わずにはいられなかった。




***


 「こんな遅くまで、仕事ですか?」


 日が暮れた執務室に、聞き覚えのある声が届いた。


 「ルーカスか。」

 「夜分に失礼します。」

 「失礼だとわかっているなら、明日でもよかったのでは?」


 なんとなく、いい予感がしなくて無下にする。


 「顔色が悪いですよ?」


 嫌味など気づかなかった様子で顔を覗き込んでくる。

 ルーカスの距離感はいつも絶妙だ。

 安心させておいて不意に距離をつめてくる。


 そして何より、声が――優しい。


 「少し眠れていないだけだ。」


 ルーカスを前にすると、本音がこぼれてしまうらしい。

 思わずため息が出る。


 「……何かを迷っている?」


 心を見抜かれたようで、ドキッとする。

 この場所が薄明りであることに、心から感謝した。


 「どういう意味だ?」


 笑みを作り、冷静を装う。


 「結婚……ですか」


 つぶやきは小さかったが、確かな声が聞こえた。

 予想していなかった言葉に動揺が隠せない。

 だが、ルーカスの言葉には好奇心も悪意も感じなかった。

 それがせめてもの救いだった。


 「知っているのか?」


 誤魔化したくなくて、彼の真意を探る。

 正直に言えば、この話題には触れてほしくない。

 けれど、この手の話は誇張も嘘も多い。


 「風より早く噂が届く――王都とはそういう場所ですよ。」


 つぶやくようにルーカスが答えた。

 妙に信憑性がある。

 受け答えに嘘がないことを感じて、嫌な予感が的中したのだと思った。


 「そうか……」


 事実を見つめようとする視線が痛い。

 何をどう話していいのかもわからず、重い沈黙が流れる。


 「あなたの実力は確かだ。」


 戦場を共に生き抜いたからこそ、この一言の重みを知っている。

 ルーカスの魔術師戦闘部隊の隊長というのは仮の立場だ。

 本来の先鋭の魔術師戦闘団――団長からの言葉ならばなおさらだ。


 「ただ、その鎧が重くなり、脱ぎ捨てるというのなら、それは誰にも止められない。」


 ルーカスが何を意味するのか分かって、息を詰める。

 空気が軋んで肌を刺す。


 任務も、信頼も、誇りも、何一つ変わっていない。

 ただ、自分の中にあった自信だけがぐらぐらと揺れていた。

 その揺らぎを足元に感じる。


 「団長殿。」


 足場が崩れる感覚に、身体が大きく揺れた。

 ――次の瞬間、わたしはルーカスに抱きとめられていた。


***


 ガタンッ


 執務室に入ってきたカインが目を見開く。

 ルーカスの腕の中に、アナスタシアが抱きとめられている。

 一瞬で、頭に血が上る。


 「貴様っ!」

 「揺らすなっ!!」


 胸をつかもうとしたカインをルーカスが静止する。

 その迫力に、びくりと肩が揺れた。


 「おそらく貧血だ。」


 その言葉で初めて、青白い顔のアナスタシアに気づく。

 カインは、いつもと違う状況にかえって冷静さを取り戻した。


 「わたしが運ぶ。任せてくれ。」


 そう告げて、躊躇するルーカスの腕の中からアナスタシアを奪って抱き上げる。

 思うよりはるかに軽い彼女の重みに少し驚く。

 

 「助けてくれたことには礼を言う。」


 平静を装い、短く告げた。

 アナスタシアの様子がいつもと違うことには気づいていた。

 気づいていながら何もできなかった。

 ルーカスに遅れをとったことが腹立たしかった――結果、アナスタシアは奴の腕の中にいた。

 自分の不甲斐なさに腹を立てながら、何より説明のつかない苛立ちを抱えたまま、カインは執務室を出た。


***


 重い瞼をあけると、日差しが刺すように眩しい。

 医務室だということはわかるが、何が起きたのかまではよく思い出せない。

 ベッドサイドには、カインからのメモが残されていた。


 ――今日は、ゆっくり休んでください。

   仕事のことはご心配なく。


 簡潔に書かれたメモに、彼らしい思いを見つけて思わず笑う。

 窓の外で小鳥がさえずり、光が柔らかく部屋に差し込んでいた。


 「わたしは……。」


 自分の心の弱さを思い知らされた気がした。

 迷いを押し殺し、責務を優先してきたが、心はすでに限界だったのかもしれない。

 

 「思うより悩んでいたということか。」


 眠れていない自覚はあった。

 それでも責務を果たしているつもりだった。

 個人の感情より、何より重い騎士の誇り。


 ――今はまだ、わたしは騎士だ。


 ゆっくりと窓辺に歩み寄る。

 日差しを浴びて、大きく息を吸う。


 全身に広がったぬくもりに、わずかだが不安が溶けている気もした。


 カインが好きだという気持ちを、捨てることも、忘れることもできない。

 胸の奥で揺れる想いを受け入れた。

 それでも、騎士であることはわたしのすべてなのだ。

 確かに、政略結婚という現実は未来を制限する。


 「守りたいものを守る――わたしの幸せは、わたしが選ぶ。」


 訓練場の騎士たちの誇らしげな顔を思い出す。

 ルーカスの意味深な言葉。

 同期の頼もしい仲間の笑顔。

 そして、カイン――


 迷いも不安も、未来に対する葛藤も……答えは何一つ出ていない。

 それでも心は少し晴れていた。

 見上げた空に浮かぶ真っ白な雲が、これからの未来にも続いている気がした。

今週もお読みいただき、ありがとうございます。


次週――

強い覚悟と責務を胸に、アナスタシアが戦場へ

王宮から利己的な命令が下り

カインとルーカスと共に命懸けの共闘へ

その中で芽生える感情は――信頼だけではないかもしれない

「最悪の予感」の序章


魔獣討伐の戦場でアナスタシアと仲間たちの絆が試される――


どうぞ、お楽しみに!!


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