44. カインの思惑、キースランの策略
バディ戦が始まる。
戦闘の中で、失ったと思った感覚が少しずつ戻ってくる。
けれど、この総合試験は単なる試験ではなかった――
カキン
高速で金属が激しくぶつかる音があたりを支配し、息をするのもためらわれるほどの緊張感が漂っている。
最終試験開始から五分――バディ戦は戦場さながらの迫力だ。
「すげぇ」
「攻撃がほとんど見えないぞ」
騎士志願者たちが、食い入るように四人の戦いを見つめている。
『無敗の双剣』と呼ばれたカインとアナスタシアの連携は、空白の時間など存在しなかったかのようにぴったりと息が揃っている。
「相変わらず容赦ないな。」
フィルが笑いながら切り込んでくる。
「お前たち相手に、手加減なんかできるかよっ。」
その死角からの攻撃を弾きながら、カインが同じように笑う。
「ブランクなんかまるで皆無だ。」
弾かれた剣のタイミングを計っていたかのように、エリックが間合いを詰める。
「っ……!」
「アナスタシア、遅いぞ。」
「うるさい。文句ならあとで聞いてやる。」
エリックの剣を半歩遅れて受け流すと、カインがすかさずダメ出しをする。
その指摘にさえ、アナスタシアは笑って切り返すことができた。
――この感覚。
剣を受けた腕がしびれ、踏ん張る足が悲鳴をあげそうになっている。
それでも、アナスタシアは確かに『感じていた』。
――この距離、この呼吸......そして、この間合い。
呼吸するように、周囲の空気が動くのが見える。
肩を少し落としてしゃがむと、カインがそこから前に飛び出した。
「……ナイス」
肩越しに、カインがにやりと笑ったのが見えた。
一筋の光のように、相手と自分と、仲間の動きが連動していく。
戦場でしか得られなかった『感覚』だ。
「おい、危ねぇだろ!」
「試験っていっても、本気のバディ戦だ。甘いこと言ってんじゃねぇよ。」
「この、戦闘狂がっ!」
文句を言いながら、フィルも遠慮のない攻撃を打ち返している。
攻撃がかわされようが、危うく一撃を打ち込まれそうになろうが、カインは心底楽しそうだ。
激しい攻防の真っただ中にいながら、アナスタシアは鳴り響く剣の音が全身に沁み込んでいくことに喜びを感じ、嬉々として戦うカインを見た。
――こいつ、やっぱり……
その笑顔に、どうしようもないほど胸の奥が熱を持った。
研ぎ澄まされていく感覚に合わせて、攻撃のテンポが上がっていく。
「おい、あれをどうやって受けているんだ?」
「これが本物の騎士団の戦い……なのか」
「……すご過ぎる」
緊迫した攻防と試験とは思えない応酬に、周囲のつぶやきが次第に大きくなっていく。
それでも、周囲のざわめきは四人には届かない。
「ようやく戻ってきたんじゃないか?」
「何がだ。」
「戦うって実感、戦闘の感覚だよ。」
「そうかもなっ。」
剣を避けながら軽口を交わし、それでもアナスタシアの身体は次の動きに備えて自然と反応する。
――そうか……いま、わたしは戦えているのか。
自覚と同時に、剣捌きと攻撃がさらに速度を上げる。
そのスピードに応じるように、エリックが再びアナスタシアに切りかかる。
迫りくる剣の軌道を切り落とし、二人の攻防で出来たその死角からカインがフィルに攻撃を仕掛ける。
バランスを崩したフィルの隙を見逃さず、カインが足場を崩すように踏み込んだ。
「うぁ、ちょっと待てっ!」
フィルの慌てた声にエリックがわずかに動揺する。
「隙を見せるなっ!」
アナスタシアの鋭い声と同時に、エリックの肩に剣が振り下ろされる。
「そこまで!」
アナスタシアの剣先がエリックの肩を直撃する寸前で、冷ややかな声が響いた。
膝をつくフィルと、よけきれず肩元で寸止めされた剣を見つめるエリック。
動きを止めたまま、カインとアナスタシアもその声の主を見た。
――キースラン……さま?!
試験官に代わってそこに立っていたのは、大公閣下――キースランその人だった。
***
総合試験の内容は、現役騎士とアナスタシアのバディ戦とされた。
――アナスタシアの相棒は、誰にも譲らねぇ。
試験内容が告知された瞬間から、カインはバディを組むと決めていた。
そして今――
アナスタシアが共に剣を振るっている。
相手に踏み込み、剣を受け、弾き返すうちに、彼女の動きが研ぎ澄まされていく。
――やっぱり、コイツは本物だ。
騎士であるべきなんだ。
わずかな肩の動きで、アナスタシアの次の攻撃が読める。
剣の揺れが、彼女の考えを伝えてくれる。
アナスタシアの身体が沈んだ瞬間、カインはその肩越しに飛び出した。
「……ナイス」
その絶妙なタイミングが嬉しくて、思わず軽口が漏れる。
機動力に長けたフィルさえ翻弄できるのは、アナスタシアとの連携だからこそだ。
――俺は、この瞬間を待っていたんだ。
こいつともう一度、戦場に立つ。
今度こそ、相棒として……並び立つんだ。
***
試合終了の号令に視線をあげると、そこには予想していなかった人物が立っていた。
「……大公、閣下……?」
手を止めたカインが小さくつぶやく。
会場に、戦闘とは違う別の緊張感が漂う。
「最終試験、終了だ。」
その一言に、静かな会場の温度が一気に下がる。
――相変わらず、この人は一瞬で場を支配する。
キースランの圧倒的な存在感に、自分たちのような戦い慣れた騎士でさえ無意識に力がこもる。
「誰だ?」
「最終試験……終了ってことか?」
戦いを見守っていた受験者たちのざわめきが大きくなり始めた。
カインは黙って、キースランの次の言葉を待つ。
「……団長試験、終了だ。」
戦いの場には不似合いな優美な容貌でありながら、百戦錬磨の戦士のような貫禄をまとい、キースランがゆっくりと近づいてくる。
そして、彼が繰り返した一言が波紋を呼んで、周囲がざわつく。
「団長試験……?」
アナスタシアが困惑して眉を顰める。
「閣下、どういうことでしょうか?」
丁寧な言葉遣いだが、カインの声に怒気が混ざる。
「言葉通り、この最終試験はアナスタシアに課せられた団長試験だったのさ。」
悪ぶれるそぶりもなく、キースランが笑う。
砕けた口調だが、その言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
「そんなこと……何も聞いていませんよ。」
「君に知らせる必要はなかったからな。」
「ちっ……仮にも俺は騎士団長ですよ。」
「まぁ、そう怒るな。」
キースランが舌打ちしたカインの肩を叩く。
「今回、新制度のもと制定された『騎士団長認定試験』を試験的に実施したんだ。」
その意図を瞬時に理解して、カインの視線が鋭くなる。
「俺を馬鹿にしてるのか!!」
仮にも現役騎士団長である自分に一言もなく実施されていい試験ではないはずだ。
カインはこみ上げる怒りを抑える術がなかった。
「……いつから計画していたのです?」
感情を押し殺す。それでも、自然とカインの声には抑えきれない殺気がこもる。
「『シアのしあわせのため』――新制度を作ったとき、そう合意しただろう?」
あふれだしたあからさまな殺気を受け流し、キースランが意味深に微笑む。
「だとしても、あなたが勝手に事を進めるのには納得がいかない。」
アナスタシアのしあわせを思えば、この判断が間違っているとは言えない。
むしろ、一足飛びにすべてを解決してしまえる方法だ。
――納得いかないのは、アナスタシアの選択の提示を、大公閣下がしているってことだ。
「こんな大事なこと、あなたが勝手に決めていいことではないだろう……」
相棒として、自分がふさわしいと証明したかった。共闘で震えるほど喜びを感じていた心が、静かにしぼんでいく。
――この手段を絶妙なタイミングで提示してしまえる大公閣下に、
俺はやっぱり……男として勝てないのか。
カインはこの怒りが嫉妬からなのだと気づくと、黙って拳を握りしめた。
その姿を見下ろし、キースランがわずかに口角をあげる。
そして、会場全体を見渡し、静かにアナスタシアへと視線を向けた。
「アナスタシア・マーベル――」
戦えることに喜びを感じるアナスタシア。
けれど、彼女の未来はもっと先へつながっている――
次回、最終話
「女性騎士団長、アナスタシア・マーベル」
アナスタシアが選んだ未来、そしてその隣に立つのは――
明日、公開。
お楽しみに!




